第45話、憧れていたのは、間違った時に殴ってでも止めてくれる男友達
そんな事を考えていると。
「やいやい! こんな所に何の用だっ!」
ふいに聞こえてきたのは、頭上で騒ぎ立てる、そんな声。
顔を上げるとそこにはルッキーがいた。
たぶん、オレたちが近付いてくるのを見て、慌てて飛んできたんだろう。
それならそれでちょうどよかった。
「ルフローズの日の件で、挨拶に来たってキキョウさんに伝えて欲しい」
「……っ。ちょっと待ってろ。聞くだけ聞いてきてやる」
変わらない、尊大だけど心の広いルッキー。
オレたちの事を無碍にせず、そう言い残して踵返し飛んでゆく。
しばらくすると、キキョウ本人が、実際はそうでもないのに、随分と緩慢に見える動きでオレたちのほうへと駆け寄ってきた。
ルッキーの姿はない。
おそらく『夜を駆けるもの』と会ったってことは内緒だったんだろう。
ついてきたいのに駄目だと言われて、気が気じゃないルッキーの様子がありありと想像できてしまう。
「あなたがよるかけさんの代わりに出てくれるの?」
その場には当然リシアやワカホもいたが、キキョウは初めから分かっていたかのように、オレにそう問いかける。
かつてと変わらない、ほんわかした雰囲気。
もっと警戒されると思ったのに、そんな感じは全くない。
オレはその事が気になったけど。
嬉しい誤算でもあったので、その言葉にしっかりと頷く。
「はい、『夜を駆けるもの』に頼まれまして」
「知ってる。ノヴァキくんでしょ。後ろにいるのがリシアちゃんとワカホちゃん。特別クラスの子にはみんな声をかけるつもりだったからちょうどよかったよ。今回はうちじゃなくてカムラルさんちの教会でやるからよろしくね」
名乗ろうとするが遮られ、実に楽しげにそんな事を言うキキョウ。
考える間もない即決だった。
いっそ清々しいほどに。
思えば初めから彼女だけは変わらなかったのかもしれないけれど。
「よ、よろしくお願いします……」
あまりにあっけなさすぎて、オレたちは実感のないままにそう言うしかなかった。
気がつけばキキョウの姿はなく、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴っていて。
「あ、次の授業始まっちゃう」
オレたちは、そんなリシアの声とともに我に返り、慌てて駆け出す。
(カムラル教会、か……)
ただオレには、いつもと違う会場のことが気にかかっていて……。
※ ※ ※
結果で言えば。
オレは身体はいくらノヴァキでも、その魂までノヴァキのようにはなれなかったんだろう。
ルフローズの日までの一週間。
少しでもノヴァキの音色に近づけるようにと必死でトランペットの練習をした。
時には『夜を駆けるもの』として町へ向かい、楽器などを売ってるお店へ行って、こつなんかを教えてもらったりした。
だけど結局、その当日を迎えてもオレ自身が満足できるような……あのノヴァキの音色は少しも出せなかった。
何かノヴァキだけが知っていた特別な弾き方があったのかもしれない。
オレがその曲を知らないからなのかもしれない。
オレが聞いたのは、盛り上がりが頂点に達したところまでで。
その後は分からない。
お店の人に聞いてみても、図書館で調べても、風紀で一番うまい管楽器奏者の人に聞いてみてもその曲の正体は分からなかった。
おそらくはノヴァキの自作だったんだろうって結論に達しただけ。
途切れたその先を想像して足してみても余計に悪くなるばかりで、正直オレは後悔していた。
オレには、人を感動させることなんてできないのに。
何安請け合いをしているんだろうって。
そしてそれは。
今更ながら辞退したほうがいいのでは、なんて迷っていたその前日だった。
ふらりと立ち寄ったのは、カムラル家の隣にある、カムラル教会。
ユーライジアで一番大きな舞台がある場所だ。
「……よくもまぁ来れたもんだな。ま、ちょうどいいや。男手が必要なんだ、お前も手伝え」
「あ、うん」
そこでは明日のルフローズの日のための会場づくりが行われていた。
ルレインやタインをはじめ、うちの馬車つきだった風紀の人たちがそこにいる。
彼らはとにかく分かりやすかった。
カリウス・カムラルを殺した一番の容疑者であるオレに対しての嫌悪感を、包み隠そうともしない。
タインはノヴァキになって以降、話しかけてきてくれるどころか、視線すら合わせてくれなくなった。
逆にルレインは、余裕もってオレから視線を外さない。
少しでも不信なところがあれば斬る。
常にそんな雰囲気を保ちながら。
ヴァーレスト家にキキョウの姿はなく。
ここにいるのかと思っていたけど、あては外れたらしい。
だけどどこにいるかなんて聞ける雰囲気じゃなくて。
オレはルレインに言われるままに会場の設営を手伝っていく。
今までは間違っても任せてもらえることのなかった力仕事だ。
ルレインの指示は的確で。
新鮮なその感触を、オレは楽しいと、そう思ってしまっていて。
「……接してみれば分かる、か。確かに生きてるのが楽しそうだよ、お前」
設営の合間の休憩時間。
タインとは一度も会話できないまま、逃げるように立ち去られてしまったけど。
人一人分開いた舞台袖に腰掛けていたルレインが、ふいにそんな事を言ってくる。
「ご、ごめん」
お前にその資格はないと、暗にそう言われた気がして。
反射的に謝るオレ。
「どうして謝る? 何か謝らなきゃいけないようなことをしたのか?」
「だって……オレにはその資格がないから」
結果的に見れば、オレはノヴァキの人生を奪ったようなものだ。
ノヴァキに成りすまして、のうのうと自由を満喫している。
本当はそんな権利、ないはずなのに。
「卑屈だねぇ。魔人族ってのは。少なからず人間族のせいもあるんだろうけどさ。そう言う意味で言ったんじゃねえよ。なんつーかさ、お前には罪を犯したものに共通した澱みがない、そんな気がするんだ」
ルレインは、オレが呟いた言葉を少し勘違いしているようにも見えたけど。
「……澱み?」
オレには、そんなルレインの言葉が気になった。
顔を上げ、ルレインに聞き返す。
「ああ、澱みさ。何かしら罪を犯したやつらは、隠そうとしたって瞳の奥が澱んでるものだ。それは包む空気にも出る。だけどお前にゃそれがない。それだけ上手いんだろうって、根っからの悪なんだろうなって思ってた時期もあったけどな」
ルレインはそこで視線を外し、天井高い空を見上げる。
そして再び視線を戻すと、心なしか今まであったはずの棘のような空気が和らいだような気がして。
「でもあんたはそうじゃないらしい。カリスの死を悲しむものの中の誰よりも、傷ついているように見える」
「……」
発せられた言葉は、オレ自身未だ実感がないことで。
返す言葉は出てこない。
でも、そうかもしれない、なんて自惚れたことも思う。
だって死を迎えたのはオレじゃないってことを知ってるのはオレだけだったから
だ。
ノヴァキの死を悲しむことのできるのは、オレだけだったからだ。
「つまり、ルレイン……さんは、犯人が誰か分かると?」
人の罪が見えるのならば。
当然そう言うことになるんだろう。
オレは今考えていたことを必死に我慢して、話題を変える。
「さぁな。たとえそうだとしたって、ただの勘さ。証拠はない。それでお前が一番に疑われてるのと一緒だよ。断定するにはあまりにも無茶すぎる。人なんて、言えないようなやましいこと、いくらでもためてるもんさ」
曖昧に濁すようなルレインの言葉。
だけど気持ちはよく分かった。
オレと同じだ。
本当は疑いたくなんてないんだ。
決めつけ突きつけることがその人の人生を終わらせてしまうことを理解している。関係が壊れてしまうことを理解している。
それは、オレが今の今までオレが犯人じゃないって分かってて動けなかった一番の理由だった。
「そう言うお前こそ、本当は犯人分かってるんじゃないのか?」
「……ううん。まだ」
可能性のひとつは見つけた。
だけどそれは信じたくなかったから。
オレは首を振る。
「ま、どっちにしろ、強いよ、お前。犯人だって周りじゅうから決め付けられててさ、よくもまぁ心折れないもんだ。一般棟にいた頃、ひどかったらしいじゃねえか。オレならきっとすぐに流されるだろうな。もう俺が犯人でいいよってさ」
「だって、違うもん。ノヴァキは犯人じゃない。それは紛れもなく、オレ自身が証人だから」
流されてしまおうと、何度思ったことだろう。
確かにオレがオレのままだったのならとっくにそうしていたに違いない。
矛盾してるけど、命失ったのがノヴァキじゃなくオレだったのなら、オレはたぶん犯人探しをしようとすら思わなかっただろう、とすら思える。
だけどそうじゃない。
オレには責任がある。
ノヴァキとして生きる責任がある。
ノヴァキのためにも、ノヴァキとして支えれくれる人たちのためにも。
それは今、一番譲れないことだ。
だから諦めない。
ノヴァキを犯人だと決めつけようとする世界に視線を逸らすことなく戦い続けようと、そう思った。
「自分が証人か。たいした自信だよ、全く。初めて会った時はそんな印象なかったけど」
「ノヴァキは最初から強いやつだって」
「はは。分かった分かった。変なヤツだよ、お前。まるで……」
「まるで?」
何だろう?
楽しげな、懐かしげなルレインが気になったオレはそう聞いたけど。
「いや、何でもねえ。休み時間は終わりだ。とっとと終わらせるぞ」
その日。ルレインがその事に答えてくれることはなかった。
ルレインは何を言いたかったんだろう?
オレはその事をずっと考えていて……。
(第46話につづく)
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