第44話、照れた様子で語ってくれた素敵な夢を、嘘にしたくなかったから




とんでもないこと。

その事に気付いたのは、もはや我が家と化したノヴァキの家に辿り着いてすぐのことだった。


真実を知るために明確な歩み寄りの一歩を踏む。

それだけを考えればヴァーレスト家のパーティに参加するのはありだったと思う。

というより、その時オレが今が好機とばかりに、その事しか考えていなかった。

ノヴァキの『トランペット』ならきっとみんなが満足してくれるだろうって、得意げだった。




「……って、ノヴァキは今オレじゃん」


急なことで咄嗟に口から出た言葉とはいえ、あまりにあまりな失態。

ノヴァキならばオレの思っている結果が出せただろうが、ここにノヴァキはいないのだ。


ノヴァキでないのにノヴァキでいる偽者のオレには、本物のノヴァキほどに『トランペット』を演奏する技術なんてない。

カムラル家のたしなみとして、演奏の仕方を知っている程度だ。



「何自慢げに口走ってるんだよ……」


そう、確かにオレは誇らしげだった。

それは自分の力でもなんでもないのに。



「今からでも練習しなきゃ」


とはいえもう、後には引けない。

何よりオレは、一度口にしたことをなかったことになんてしなくなかった。

それが、たとえどんな無謀なことであっても。







「そんなわけで、パーティの参加の旨を伝えるために上のクラスに突貫します」

「ええっ?」

「いきなり何よっ、そんなわけって、意味分かんないわよ」


特別クラスに編入して早数日。

今は昼休み。

唐突なオレに、二人とも驚いて顔を見合わせている。



「実はさ、お願いされまして」


オレはそんな言葉を皮切りに、あったことを話す。

ルフローズの日に行われるヴァーレスト家のパーティ。

基本的に、四王家……それに類するものしか出席しない、敷居の高いそれに『夜を駆けるもの』に出演依頼が来たということを。


しかし、『夜を駆けるもの』は都合があって出られないので、ノヴァキ……オレに代わりに出るよう推してきたことを。

何とも嘘っぽい話であったが、そう外れてもいないだろう。

ひとしきり話し終えたが、二人の表情はあまり変わらない。

未だに何をいきなり言い出すんだって顔をしている。



「そう言えば最近は一緒にいるとこ見なかったけど、まだ付き合いあったんだねぇ?」

「まあね」


リシアとはノヴァキのオレと、『夜を駆けるもの』のオレと、二つの顔で接している。

今は両方ともオレなわけだからリシアの言い分ももっともだろう。

何だか、真意を問うような……意地悪そうな笑みを見せてくるのが気になったけど。

オレはそんなリシアの言葉に、曖昧に頷くことしかできなかった。

胸を軋ませる罪悪感を内に秘めながら。



「ノヴァキ様は『夜を駆けるもの』と仲がいいんですね。そんなお願い事されるなんて、流石ノヴァキ様です。しかも『トランぺット』が演奏できるなんて知りませんでした」

「はは……」


誇らしげな、ワカホ。

昨日のオレみたいだった。

さすがにそれが、とんだ出任せとは言えない。

昨夜家に帰ったら、運良く『トランペット』の吹き方の本があったから読んでみたけど、中々に厳しいだろう。


素人のオレがはたしてものになるかどうか、だ。

嘘を真にするのに、生半可な努力では足らない、そんな気がする。



「『トランペット』ね。そういうのアンタ嫌いなんだって思ってたけど」

「え? 何で?」


と、ふいに呟いたのは、意外さの混じったリシアの呟き。



「何でって。ほらその、似てるじゃない楽器って。かつてワタシたちの悪い先輩方が持ってたって噂の、世界を破滅させる道具に」

「……」


言いづらそうな、後半ひそめるようなリシアの言葉。

初耳だった。

それはもしかしたら、魔人族には常識なのかもしれない。

瞠目しそうになるのを、なんとかこらえる。



「えっと。確か、『ナシオ・トラン』でしたっけ? とても恐ろしいマジックアイテムで、十年前の事件にも使われてたって噂の……」


それにつられてワカホが小声になる。

ワカホもそれを知ってるんだって、オレはちょっと驚いて。



「似てる……の?」

「う、うん。たぶん。さすがにそんな危ないもの残ってるわけないからワタシも詳しくは知らないけど、確かに膨大な音系魔法を込めたやつで、楽器によく似てるって聞いたわ」

「ヴルックのマジックアイテムを研究してる人の中では、結構有名な話ですよね」


人を滅ぼす魔法と歌を一緒にしないで欲しい。

そう言って怒ったキキョウ。

十年前のあの日に魔人族によって使われたという覆滅の音系魔法。


それは、あくまでも噂だ。

事実、それが本当に使われたのかは分からない。

魔人族の姿を、はっきり見たものはいない。

例え見ていたとしても、おそらくはこの世にいない可能性が高かった。



でも、もしかして。

そんないやな予感がオレの頭を駆け巡る。


しかし、オレはそれをすぐに打ち消した。

そんなはずはない。

あの心打つノヴァキの演奏が、そんな怖いもののはずはない。

そう言い聞かせ、口を開く。



「歌と魔法は別物なんだって。楽器も、マジックアイテムも違う。似てるとか同じとか禁句だよ。特にキキョウ……さんの前ではね。せっかく仲良くなる好機がめぐってきたのに、台無しになる」

「わ、分かった。悪かったって。そんなに怒らなくてもいいじゃない」


怒る? 俺は怒ってたんだろうか?

それはたぶん違う。

オレは、怖かったんだ。

初めてあった時の感じた魔力の奔流。

驚いて逃げ出そうとしていたノヴァキ。

オレが来たことで演奏を止めたノヴァキ。


止めた音色は、今でもオレの中で一番の音で。

それらから導かれるもしかしての答えを認めてしまう、その事が。



今までは考えもしなかったこと。

その可能性に気付いてしまったことが。


「怒ってないよ。キキョウに怒られるって話さ」

「……まぁ、いいわ。ようはこれから一緒についてきてほしいから、その辺には気をつけろってことでしょ」


ため息つくリシア。

一人じゃ心ともないっていうのをちゃんと読みきってるところなんてさすがだ。



「うん。お願い。ワカホもいいかな?」

「あ、はい。もちろんです。私はもう逃げません。どこへなりともついてゆきます!」


オレが続けてワカホにも賛同を得ると、聞くまでもない元気な声が返ってくる。

オレは、それにつられるようにして笑顔を浮かべる。


嫌なことは考えないようにして。

そのまま連れ立って特別クラスのある中央棟を出る。




「先輩方のクラスに向かわれるのではなかったんですか?」


すると、別棟と中央棟に囲まれた中庭へ足を向けるオレに、そんなワカホの疑問の声がかかる。


「キキョウさんたちは昼はたいてい中庭なんだ。まだあったかいし、いると思うんだけど」

「もうそんな事まで調べてあったのね。何もしてなかったから疑い晴らす気がないのかなって思ってたけど……」


意外そうなリシアの言葉。

なんてことはない。かつてはオレもその中にいただけの話だ。

疑いを晴らすことに積極的になれなかったのは事実だった。


まずは心を通わせる。仲良くする。

それだけだと思っても、なかなかうまくいかない。

何もしないで手に入っていた頃を思い出し、ゼロとなった今と対比して戸惑っていたからだ。



「いつまでも止まってるわけにもいかないからね」



揺らいでいる今だからこそ、強くそう思う。


犯人なんていないのかもしれない。

そんな心に支配される前に、早く真実が知りたかった。



             (第45話につづく)






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