第43話、世が世なら、比翼の鳥のごとく共に歩む二人だったかもしれない



それからというもの。

オレは仕事を終えると、サミィの元へと足を運ぶようになった。


始めはぎくしゃくしていたとこもあったけれど、元々仲の良かったオレたちが打ち解けるようになるのにさほど時間はかからなかったと思う。

涙よりも笑顔の方が増えてきていたのが、その何よりの証拠で。

その点においてはいい方に進んでるなぁって思ってたんだけど。


ノヴァキとしての祭の代表を目指す道のりは、中々に困難だった。

オレがカリウス・カムラルを殺したという疑いが、特別クラスにおいても晴れていないせいもあるんだろうけど。

今まで一体どうやって仲良くできていたのだろうと首を傾げるくらいに、今まで友達だった人達との間に溝ができていたからだ。



たぶん、クラスが違ってしまったこともあるんだろう。

一つ上の学年になってしまったマイカ達とは話す機会すら乏しく、晴れて同じクラスとなったサミィやキミテは、基本的に口もきいてくれない。


それ以外のクラスメイトも言わずもがなだ。

陰湿ないじめのようなものはさすがにないが、極力オレに関わらないようにしているのが身にしみて伝わってくる。


それに遠慮してしまって、俺が一緒にいるのはリシアやワカホ、時々ヨースと言った、ノヴァキとして暮らすようになってからの、おなじみの面子に限られてしまう。


もちろん、その事に不満があるわけじゃない。

一緒にいてくれることには感謝の気持ちて一杯だ。


でもこのままじゃ駄目なのだ。

祭の開催日……オレの命の刻限が近付いてくればくるほど、なんとかしなくちゃって思いは強くなっていって。





そんなある日の夕方遅くのことだった。

高く聳えていた壁が、向こう側から崩されたのは。



「え? あれってまさか……」


いつものようにギルドが受けなかった仕事をもらおうと、ギルドの建物の前までやってきて、オレは思わず固まってしまう。

そこにはこんなところにいたらまずいだろう人物、キキョウ・ヴァーレストの姿がある。


ノヴァキとなっても、スクールで出会えば比較的まともに挨拶してくれる、のんびりとした空気は相変わらずの少女。

深めのフードを被ってはいるが、それが正体を隠すことにはならないんだろう。

何かを探しているらしくきょろきょろと落ち着かない。

それによりこぼれる、目を見張るような金糸の髪が、早くも注目を集めていた。


見た感じ近くにお付きの人物であるルッキーの姿はない。

かつてのオレのように街が見たくて勝手に抜け出してきた口だろうかと、ちょっと思って。



「あっ」


そんなキキョウの彷徨っていた視線が、ぴたりとある一点で止まる。

そう、オレのところでだ。

何かなって思って戸惑っていると、なんとキキョウ自らオレのほうへ駆けてきた。

それも何だか、嬉しそうに。



「あの、すみません。よるかけさんですかっ」

「よるかけ? あ、ああ。『夜を駆けるもの』ってのはオレのことだけど」

「よるかけさんが困ってる人を助けてくれる偉い人だって聞きました。わたし、ヴァーレストのキキョウって言うんですけど、困ってるんです。助けてくださいますか?」


きらきらと、曇りのない笑顔。

圧倒される。

しかも何だか『夜を駆けるもの』に対して偏った幻想を抱いているような気もしなくもない。

街に出てきたばかりのオレもだいぶはしゃいでいたなぁ、なんてことをちょっと思い出し、苦笑しながらそれに答えることにする。



「別に偉くはないよ。ただで請け負ってるわけじゃないし。生きるためだから」

「よるかけさん、人助けは生きがいですか。やっぱり偉いです。わたしの生きがいは歌だけだから」


オレの言葉に何か思うところがあったんだろうか。

とたんにしゅんとなるキキョウ。



「どうして落ち込むのさ。とても素晴らしいことじゃないか。オレは知ってるよ。キキョウ……さんの歌が、たくさんの人に感動を与えてくれるってことを」

「でもわたしの歌は誰かを助けることはできません。わたしの歌はただの歌だから。わがまま言わないでカリスちゃんの言うことを聞いていれば、カリスちゃんは助かったのかもしれないのに……」

「それは……」


キキョウが落ち込んでいる理由。

その原因がオレであることに気付かされ、オレは言葉を失う。




オレはかつて一度だけ、キキョウと喧嘩したことがあった。

【風(ヴァーレスト)】の魔法の一種である音系魔法。

それって歌と同じようなものだよねって何気なく口にしたオレ。

歌のうまいキキョウなら、その才能があるんじゃないのって。


悪気があったわけじゃなかった。

そう言っただけなのに急に怒り出したキキョウが、その時が訳が分からなかった。


ただ口での言い合いの、今となっては笑い話のような些細なものだったけれど。

何故キキョウがその時怒ったのか、それは後になって聞かされた。



キキョウは知っていたのだ。

音系魔法の恐ろしさを。

確かにその魔法はキズを癒したり、蘇生させる、なんて物凄いものがある。

だがその一方で、簡単に人の命を奪うことのできる恐ろしい力であると。

かつてユーライジアを恐怖に陥れたという魔人族が、その音系魔法の使い手である、ということを。


キキョウは許せなかったんだろう。

自分の大好きな歌が、その恐ろしい力と同一視されることが。

オレはキキョウに謝ることで許してもらったけれど。


キキョウはずっと気にしていたんだろう。

確かに音系魔法に対し、類まれなる才能があったのに、その力を習得することがなかったのだから。


そして今、キキョウはそのことを悔いているのだろう。

考えなしに言ったオレの言葉に対して。



「それは、君のせいじゃない。御霊を呼び戻す力に、結局は答えなかったのだから」


オレのいなかった空白の数日間。

何者かに殺されてしまったオレの身体の中にいたノヴァキ。

当然その魂を呼び戻し、蘇生する努力はしたはずだ。

キキョウでなくても、音系の魔法を扱うものは少なからずいたからだ。


だけど、蘇生は成功しなかった。

オレが戻ってきた時見た光景は、すべての手を尽くしたその後の光景だった。




「カリスちゃんは、この世界で生きるのがいやになっちゃったのかな……」


重くのしかかる、キキョウの呟き。

それはオレだけではなく、ノヴァキにも当てはまる。


オレが殺されると分かっていたのかもしれないのに、オレと入れ替わることに頷いたノヴァキ。

それほどまでに世界から逃げ出したかったのだろうか。

同じような気持ちを抱いていたオレが言えることじゃないのかもしれないけれど。



「そんなはず、そんなはずないよ……」


オレは、そう思いたかった。

その言葉を、すぐに否定する。

ノヴァキには夢があったんだから。

『トランペット』とともに、音楽会の舞台に立つ、と言う夢が。



「そうかな。……カリスちゃん、すっごく嬉しそうだったし」

「嬉しそう、か」


一体何にだろう?

確かにノヴァキは、安らかに微笑んでいたのは覚えている。

あれは誰かが死に化粧をしてくれたせいだと思っていたけど。

もしそれが、オレの身代わりになったことに対してであるのならば。



(どうして……?)


オレにはその理由が分からなかった。


「そんなわけ、ないと思う……」


だから首を振る。

ノヴァキが身代わりになることが嬉しいと思える価値がオレにあるとは、どうしても思えなくて……。




「ごめんなさい。変なこと言っちゃって。お話、戻すね? お願いのことなんだけど……」


オレが出口の見つからない思考の迷路にはまっていると。

ふと我に返ったみたいにキキョウは本題を切り出してきた。


「ああ、うん。一体何かな? 君の願いをギルドが無碍に断るとも思えないけど」


そんなオレができる唯一のことは、迷惑をかけている人達に対する罪滅ぼしなんだろう。


「ううん、ギルドさんには行ってないよ。直接よるかけさんに頼みに来たの」

「それは光栄だね」


すっかり元通りの笑顔。

それはきっとキキョウが強いからなんだろう。

それが本意ではない無理したものだと知ってしまった今は、オレにとって苦しいものにしかならなかったけれど。



「あのね、そのお願いなんだけど、もうすぐルッキーの誕生日でしょ? うちの主催でパーティするんだけど、カリスちゃんいなくなっちゃったから、演目の枠が開いちゃって……」

(あ……)


言われて今更ながらに思い出し、また自己嫌悪。

キキョウの言うルッキーの誕生日と言うのは、言葉の通りの意味ではなく、十二の根源のうちの一人、氷(ルフローズ・レッキーノ)を崇める日のことだ。


ルフローズは十二の神の中でも祭が好きらしく、四十年ほど前にこの地へとやってきて建国祭を大層気に入り、その姿隠してからも年に一度は自分のためにお祭り騒ぎをするようにと言い残したらしい。


それがユーライジアでは建学祭や建国祭とは別の祝日として今は定着している。

特に家を守る魔精霊に同じ名をつけるほど熱狂的なヴァーレスト家は毎年大賑わいだった。


かく言うオレもそのパーティに呼ばれていた。

何か盛り上がる出し物を考えておく、なんて約束とともに。

なのにオレはまたしてもその約束を破ってしまった。

タインの件といいこの事といい、つくづく自分の駄目さ加減が嫌になる。



「カリスちゃんの代わりに出てくれる人を探してるんだ。だから、もしよかったら……」

「オレに出て欲しいって、そう言う依頼?」

「うん。誰かいないかなって探していたら、サミィちゃんがよるかけさんがいいって言ってたから」


それでキキョウは、いるはずのないこんな場所にいるのだろう。

何故ならば夜を駆けるものは夜にしか現れないのだから。



サミィがオレを薦めた理由はなんでだろって感じだったけど。

これは滅多にない好機かもしれないと、そう思った。


前に進めるかもしれない。

我侭で、勝手かもしれないけど、オレに残された時間はあまりないから。



オレはキキョウの言葉に、首を振る。


「残念だけど『夜を駆けるもの』であるオレが出向くことはできない」

「そっか……」


覿面に項垂れるキキョウ。

まさかそう言われるとは思ってなかった、そんな態度で。


「でも、その代わりにオレが推薦するものを遣わすよ。その者はユーライジア一の『トランペット』の使い手なんだ。きっとルフローズの神も喜んでくれるはず」

「ほ、ほんと? ありがとう!」


オレがそう言い直すと、ぱっと顔を上げ、その表情を綻ばせていて。

その変わりようが何だかおかしくて。

オレは思わず苦笑を浮かべていた。


自分がもう後には引けない、とんでもないことを口にしてしまったことなど、知る由もなく。



             (第44話につづく)






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