第40話、始めて生まれた、名も無き炎のような感情を抱え持て余して
中央棟に通う特別クラスの者の登校時間はきっちり決められている。
早すぎず遅すぎず、故に図書館までの道のりは、誰とも会わずにすんだわけだが。
(うっ)
貸し切りのはずの図書館には、ルートが言ったように先客がいた。
カリウス・カムラルの時には定位置だった窓際の席に。
サミィとマイカの二人が。
「おはようございます」
返事はないだろうことは分かっていたが。
とりあえずそうとだけ言って一礼し、その場を素通りする。
何のことなない、オレたちにあてがわれたのは、図書館の奥にある倉庫だからだ。
ワカホもリシアも……ついでに白猫ヨースも、状況を理解したんだろう。
オレの後に続くように、礼だけしてその場を通り過ぎようとする。
「待ちなさい。ノヴァキ・マイン」
それなのに。
マイカのほうから呼び止める声がかかった。
オレは、それに結構驚いていた。
マイカとはもう仲のいい友達ではなくなってしまっているはずなのに。
意外にも人見知りするマイカが、声をかけてきたのだから。
「は、はいっ」
冷たい、感情の薄い声。
言われるがままにオレは立ち止まり、振り返る。
「あなた、特別クラスの編入試験、受けるんだって? 自分は犯人じゃないなんて言って、わたしたちのこと疑ってるそうね」
「え? ち、違うよ。疑ってなんか……」
「ちがわないでしょ? そのために編入試験を受けるんだから」
それはアルに言われたから、そう言うのは容易かったが。
マイカたちからすれば確かにそう見えるんだろう。
事実、疑いたくないってオレの気持ちはどうあれ、本当の犯人を探すことでオレは生かされているのだから。
「確かに、本当の犯人は探したい。そのための編入だって言われても仕方ないと思う。でもね、君たちを疑いたくないのはほんとだよ」
マイカの、サミィの名前を気軽に呼びそうになって、ぐっとこらえる。
二人を名前で呼べるほど、ノヴァキになったオレは親しくないからだ。
「矛盾してる。だったら疑わなきゃいいじゃない。オレがやったんだって白状すればいい。そうしたら真っ先に殺してあげるから」
静かにマイカがそう言った瞬間。
がらりとその場の空気が変わった。
「うわわっ」
怯えたリシアの声。
白猫さんは毛を逆立てて警戒態勢を取り、ワカホが直接しがみついてくるのが分かる。
無理もないだろう。
表情のないマイカの手のひらから、圧縮された闇の魔力が生まれ出たのだから。
握りこぶし大のそれ。
受けたらただではすまないだろう。
おそらく骨も残るまい。
マイカが、本気で怒ってる風なのがよく分かって。
「……そんなの、間違ってる」
だからこそオレは、三人を置いて前に一歩進み出た。
マイカのほうも警戒して、その手を振り上げるのが分かる。
「確かにオレが犯人だってことにすれば、一番丸く収まるのかもしれない。でも、真実も知らずにそれを受け入れるわけにはいかない。オレはただ、知りたいだけなんだ。なんでこんなことしなくちゃいけなかったのか、知りたい。誰が犯人かなんて、本当は関係ないんだ。オレは理由を知りたい、ただそれだけなんだよ……」
これでもし、知ることができたのならば。
オレは誓いたい。
二度とそんな原因を作らないように、努力するってことを。
「カリウス・カムラルがオレを殺して喜ぶやつだって思ってるなら、今ここでオレを殺せばいい。やってない人を疑う最低の友人だったってあの世でちくってやるから」
「……っ」
マイカはそんなやつじゃない。分かった上でのそんな言葉だった。
手を掲げてそれを聞いていたマイカが、はっと息をのむのが分かる。
とたん、闇の魔力は霧散し、一瞬にしてその場の緊迫した空気が吹き散らされる。
背後で、リシアが深い安堵の息をつくのが分かって。
「……言うじゃない。いいわ。そっちがその気ならこっちだって確たる証拠突きつけてやるから、首を洗って待ってなさい」
「無理だよ。そんな証拠なんてないもの」
睨み合うオレとマイカ。
でも、そのエメラルドの瞳には、さっきのようなどぎつい殺気めいたものはもうなかった。
楽しいおもちゃを見つけたみたいにギラギラしている。
口の端には僅かな笑み。
まだいつものひまわりの笑顔には程遠いけれど、
いい兆候だなって、ちょっと思う。
「……一つだけ、よろしいですか?」
「う、うん」
……と。
二人で火花散らしていたその横合いから、今までずっとだんまりのままでオレのことを見据えていたサミィが口を開いた。
冷たく硬い、よそ行きの顔。
ルートやマイカのようなあからさまな感情はそこにはない。
それはいつもの、オレがいた時と変わらない、外でのサミィだ。
それが寂しいなんて思うのは、そもそもおこがましいような気はしたけれど。
全てをサミィに背負わさなきゃいけない負い目を感じていたオレとしては、かえってよかったのかもしれない。
オレの死に、サミィが自分を見失わないでいてくれたことは。
オレはそんな内心を隠しつつ頷く。
するとサミィはそれを待って一同を見回した後、口を開いた。
「あなたと……カリスが、あの試験で組んだのは、偶然ですか? 私にはどうもそれは偶然でないように思えるんです」
「……」
冷たく詰問する言葉。
オレはそれに何も答えることができない。
それは確かに、俺が仕組んだ必然だったからだ。
「試験の組み合わせは、成績の平均を取ってなされていた。カリスと組むためには最下位でなければならない。ですが、お見受けしたところあなたに実力がないとも思えない。もしその成績が真実のあなたならば、そもそも編入試験を受けようなどとは思わないはずですからね」
「ノヴァキ……」
さらに追い詰めてゆく、サミィの淡々とした言葉。
言われてみればそうだと、リシアが不安な声をあげる。
マイカは真意を問うように無言。
ワカホも何も言わずにオレにしがみ付いていて。
ちゃんと答えなくちゃいけないと思った。
サミィの言っていることはつまり、ノヴァキを疑うものだったからだ。
初めから、オレを亡き者にするために近付いたのではないかと。
「一緒に組みたかったんだ。どうしても」
「何故です?」
「友達になりたかった。夢を叶えてあげたかった。ただそれだった。自分ことばかり考えてて……そう考えれば、こんなことになったのはオレのせいなんだと思う」
でも、だからこそ。
「だからこそオレは生きなくちゃいけない。何でこんなことになってしまったのか、理由を知らなくちゃいけないんだ」
どうして友達になりたかったのか、どうして夢を叶えてあげたいって思ったのか。
それを聞かれればオレははっきりとした答えを出すことができない。
オレ自身、そうさせる衝動がなんなのか、分かっていなかったからだ。
初めて生まれた、名もなき炎のような感情。
それでも半ば無理矢理に答えを探すのだとしたら。
それはオレが生きているって実感したもの、なんだと思う。
「……そうですか。カリスが言っていた『友達』というのはあなたのことだったんですね」
オレの一世一代の独白。本音。
しばらくは静寂がその場を支配したけど。
ふいにぽつりとそんな事を言うサミィ。
「どうかな。……はっきりそう言われたわけじゃないし」
それはもう、二度と確認することのできないもの。
そう思うと、自然と気持ちが落ち込んでゆくのが分かる。
「あなたがどう思っていたかは知りません。ですがカリスは幸せそうでしたよ。友達ができたと、とてもとても喜んでいました」
思い出すように、納得するようにサミィは呟く。
「それまで、カリスは自分の運命を憂い、重い病を……あるいは呪いとも言うべきものにかかっていました。でも、その症状もここ最近はめっきりなくなってたんです。それが『友達』のおかげであることは、見ていてすぐに分かりました」
穏やかに柔らかく。
オレってそんなに喜んでたのかなって、ちょっと恥ずかしかったけれど。
「病気。呪いだって……?」
サミィは一体何を言ってるんだろうって、そう思った。
自分の使命に嫌気がさしていたってのはともかくとして。
サミィの言う病や呪いというものに、まったくもって自覚がなかったからだ。
「本人に自覚がないから厄介なんだよね」
「まぁ、今となっては意味をなさないものですが」
すると、オレのそんな心情を見透かすみたいに、マイカもサミィも苦笑を浮かべる。
どうやらその病とやらのことは、オレだけが知らないらしい。
「それは……一体?」
「さぁ? まぁ、同じクラスになれば口が滑ることもあるかもしれませんけどね」
つんとすましてにべもなく。
そんな言葉を残し、サミィは元、オレの指定席から立ち上がり歩き出す。
「んじゃ、今度会うときは特別クラスの仲間だね~」
そして。ここにやってきた当初に比べたら随分な変わりようの、少し明るさを取り戻したマイカとともに図書館を出ていってしまった。
後には、呆然と取り残されたオレたちだけがそこにいて。
「にゃぁん」
動け、とばかりの白猫さん、ヨースの一声を皮切りに。
「じゃ、勉強しようか」
「はいですっ」
「ま、乗りかかった船だし、仕方ないか」
オレたちは。
新たにできた目標とともに編入試験のための努力を始めたのだった……。
(第41話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます