第39話、もふもふされにくるその名前は世襲制なのです
そうして、二人で登校。
いつまで握ってんのよ! と自分から繋いできたくせに理不尽なお怒りの後は、早足なリシアにオレが慌ててついていく、といった感じだったけれど。
「……で、犯人知ってるんでしょ? さっさと公言して濡れ衣晴らしちゃえばいいじゃない」
裏山を出て町に入ったところで、横に並んだリシアがそんな事を言ってきた。
「うーん」
それは、オレも思っていたことだった。
もしノヴァキが、オレの命が狙われていたことを知っていたのだとするならば。
何故その事自体をオレに伝えてくれなかったのかなって。
それが誰なのかを教えてくれれば、その誰かはそんな過ちを犯さずにすんだのにって。
「……言えない理由があったんじゃないかな、たぶん」
もし黙っていたことに理由があるのならばなんだろう?
脅されていたのか、あるいは……。
「ぬわんですって!」
「いだだだっ!」
またしても考えてる途中で、リシアのお怒りが炸裂する。
ぎりぎりと引っ張られるほっぺ。
爪を立てているから、千切れるほどに痛い。
「さっき隠し事はしないって言ったばっかでしょうが!」
「で、でほぉ」
実際のところ犯人が誰かなんてオレは分からないのだ。
ノヴァキの交友関係にだって詳しくない。
ノヴァキが今回のことを予め知っていて、リシアの事を避けていたとなると、今更知りませんとも言えないだろうし……。
「ノヴァキ様をいじめるな、ですっ!」
「きゃっ!」
「わっとと」
今日はつくづく思考を中断される日らしい。
横合いからの甲高い少女の声。
長い緑の髪に、潤んだ萌芽の瞳。
同じクラスのワカホ・フレンツだ。
どうやらオレがリシアに苛められている?と勘違いしたらしい。
必死でリシアに抱きつき、止めようとしている。
おかげでようやく解放されたほっぺをさすりながら、自然と浮かぶ苦笑のままに、オレは口を開いた。
「ワカホ、リシアは味方だよ。幼馴染なんだ」
「え? そうなんですか?」
きょとんとして身を離すワカホ。
似たような状況で何度かワカホを助けてるから、今度は自分も、なんて思ったのかもしれない。
「で、彼女がクラスメイトのワカホだよ。リシアとおんなじでオレの味方をしてくれるんだ」
「ふ、ふ~ん」
オレが二人を紹介すると、お互いで何やらじっくり観察している。
「ノヴァキ様が辛い思いをしたこの一週間、どこに隠れてたんですか、って言いたいとこですけど、味方だというなら許してあげます。逃げたのは私も同じですから」
「しょうがないでしょ、こいつがワタシのこと避けてたんだから」
そして顔を近付けんばかりの勢いで握手。
早くも会話に花が咲いて何よりって感じで。
「で、彼女が味方なのかともかくとして、言えない理由は教えてくれるのかしら?」
そのまましばらく賑やかに会話を交わしていたリシアは、誤魔化されないわよ、とばかりにそんな事を聞いてくる。
「ええと。なんていうかさ、オレも一番近くにいたからって理由だけで疑われてるわけだし、確たる証拠でもない限り誰が犯人だ、なんて言いたくないんだよね。それに正直言うと、一人じゃないかもしれないし。オレは実際その現場を見たわけじゃないんだ」
「……ああ、カリス様に滝に突き落とされたからですね、理由もなく」
その事は、事前にワカホには話してあったからなのか、何だか自慢げに胸を張ってそんな事を言うワカホ。
「ふーん。でも、一応目星はついてるんだ」
「あまり考えたくはないけど」
「……そう。仕方ないわね。それじゃあ今できることは何? 遠巻きで睨んでくるやつらに吠え掛かりでもすればいいのかしら?」
沈むオレに、納得はいってないが理解したって感じで辺りを見回し威嚇するリシア。
気付けばスクール近く。
スクール下町に住む生徒たちがちらほら見える。
それは、カリウス・カムラルとして慣れたものであったが。
そうではないリシアやワカホには居心地が悪いだろう。
中には明確な殺意を向けてくるものだっているくらいだ。
お返しで睨み返してやった後、制服の裾にしがみ付いているワカホの、ちょうどいい高さにある頭をそっと撫でる。
「なるほど、周りは敵だらけ、ね。視線が痛いわよ。これは早まったかな」
「今日はまだ何もないほうじゃないかな、時間も早いしね。最初は石とか魔法弾とかいきなり飛んできたし」
「ふふん。そのような攻撃は私たちには効かぬと見て諦めたんじゃないですかね。あれだけ華麗にノヴァキ様が打ち返すのを見れば、相手も戦う気を失くすですよ」
「そろそろ新しい攻勢に出るんじゃないかな。これが意外と訓練になっていいんだよね」
「楽しそうねあんたら。……ま、そのくらいじゃなきゃやってけないんでしょうけど」
心底呆れたようにリシアが呟く。
多分、本気で楽しんでるってのを気付かれたからなんだろうけど。
「そう言えば随分朝早いけど、どこかへ行くの?」
「図書館だよ。中央棟にある」
「私たちは特別クラスへ編入するために日々勉強、なのです」
そのままスクール内に入ってすぐ。
オレたちは授業の始まるより随分前から来ている理由を、リシアに話す。
「中央棟? それって特別クラスの? よく許可が下りたわね」
「ふふふ、私の願いが届いたのです」
生徒会意見箱に、ワカホが入れるつもりだったのは。
食堂だけでなく、あらゆる施設の自由利用化だった。
その裏では、アルにたまたま落ち着いて勉強のできる場所を提供してもらったという事実があったりするが、ワカホは嬉しそうなのであえて口にはしないことにする。
「でもあそこって生徒会室のすぐ近くでしょ? 怖い人たくさんいない? ほら、風紀長のルートさんとか」
だからこそその場を選んだというのはオレ自身が悲しくなってくるからやっぱり口にはしないけれど。
「あはは。普段はそうでもないんだよ。まぁ、確かに最初は猛烈に突っかかってきてたけどさ。日も悪かったし」
それは、オレが犯人の疑いをかけられて三日目のことだ。
不特定多数による、オレへの攻勢を回避し続けていたことで、矛先がワカホへと向いた最初の日。
そのあまりの理不尽さに反撃しただけなのに、ルートがやってきて片眼鏡まで光りだす始末。
たまたまアルが通りかかって事情を聞いてくれなければと思うとぞっとするけど。
それから何とかオレだけ反省文で済ましてもらった後、だったのだ。
仁王立ちのルートとばったり。
こんな所に何の用だ!って怒髪天をつく勢いで。
そう、ちょうど今目の前にある光景のように。
「やば」
「こ、こわいです……」
リシアもワカホも、ルートの威圧に気圧され、たじろぐばかり。
「おい貴様、また性懲りもなく。よくもおめおめとこの場を歩けるものだな」
台詞はその時とそう変わらない。
だけど今日は少し様子がおかしかった。
オレ達に気付いたはいいが、心ここにあらずって感じだ。
「歩けるさ。オレは犯人じゃないからね。……それより何か探しもの?」
「貴様には関係ないっ!」
どうやら図星だったらしく、そっぽを向いて怒鳴りながら辺りを見回している。
なんとなく想像はつくので、同じように辺りを見回していると、ちょうど中央棟脇の中庭へと続く、植樹帯の中から白猫さんが飛び出してきた。
「ヨース!」
今までとは明らかに違う声色でいつの間にかつけている名を呼ぶルート。
すると、白猫さんはそれに反応したのか、こちらへ駆けてくる。
「あっ」
ルートのほうではなく、オレのところへ。
「おはよう、白猫さん」
「みゃぅん」
そして、いつもの定位置、オレの頭の上へと座する白猫さん。
「ま、まさか貴様が飼い主かっ!」
「ううん。違うよ。友達なんだ」
加えて、三人目の味方でもある。
「みゃみゃん」
そんなとこだとばかりに相槌を白猫さんが打つ。
そうしたら、ルートは天を仰いで。
「認めん、認めんぞーっ!」
声上げて、その場から駆け出していってしまった。
「……あ、そうだ。貴様ら、図書館を使うのはともかく、窓際には近付くなよ!」
そんな、捨て台詞を残して。
「……ね? 別に怖くないでしょ?」
「う、う~ん」
「うぅ、やっぱり怖いです。私のこと、じっと見てたです」
「みゃん」
ルートはただ自分のすべきことに全力なだけだ。
それでもオレのせいで、カリウス・カムラルの死に重い責任を感じてるのが手に取るように分かる。
確実にその覇気は薄れていた。
だったら好きなことで少しでも忘れられたらって、そう思う。
ただ、可愛いものが大好きなルートでいて欲しいって。
そんな心内まで理解して頷いてくれたのは。
残念ながら白猫さん、ヨースだけだったけれど。
(第40話につづく)
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