第38話、その日、命尽き果てるまで彼であり続けることを決意する
それから、ノヴァキとしての人生が始まった。
それは、毎日が驚きと衝撃の連続で。
本当に自分が何も知らなかったのだということを思い知る日々でもあった。
辛いことがなかったわけじゃない。
帰りの時間に呼び出されての複数によるいきなりの暴力。
授業に使う道具が破損していたり、いつの間にかなかったり。
それこそ、目まぐるしいほどに毎日いろいろなことが起こった。
大人数に囲まれて逃げるのは大変だったし、なくなったものを探すのには骨が折れる。
持ち物が壊れていると買いなおさなくちゃいけない。
でも昔のオレと違ってそれらにはお金がかかる。
作った人に申し訳ないからって、やっていた人を見つけてやめてくれって言っても聞く耳をもってくれない。
逃げられたり、無視されたり、いろいろだ。
でも何よりつらかったのは。
カリウス・カムラルではなく、ノヴァキ・マインとなったことで。
サミィやマイカとの家族、あるいは友達といった繋がりがなくなってしまったことだろう。
サミィにもマイカにも他の四王家のみんなにも気安く話すことができなくなってしまったのだ。
その意思があっても、風紀の人に問答無用で阻まれるし、誰も目を合わせようとしてくれない。
笑顔を失ったマイカ。
外行きの、表情が変わらないままのサミィ。
絨毯を歩くみんなの間には、以前の朗らかな空気は微塵もない。
それが自分のせいだと思うと辛くて申し訳なくて仕方がなかった。
そう強く思ってしまうのは。
辛いと思うその感情以上に、オレが自己中心的だったからなんだろう。
毎日毎日知らなかったことを思い知らされる。
今までになかったことを体験できる。
それを楽しいと思ってしまってるのだから。
「……さて、今日も試験勉強するか」
そんなわけで、ノヴァキになってから一週間。
オレは自分で作る朝食を楽しみながら(やっとまともに食べられるようになった)、今日も今日とて朝早くノヴァキ家を出た。
手には今日一日ぶんの授業の荷物。
初めは重かったけど、もう慣れてしまった。
常に肌身離さず持っていれば直接攻撃がほとんどないと言うことに気付いたのは大きい。
これで無駄な出費は抑えられるからだ。
今は、『夜を駆けるもの』の仕事でなんとかやっている状態で。
一番身に沁みたのはお金の重さだろう。
今までは、『夜を駆けるもの』で稼いでも、全くその重みを感じていなかった。
大事にしなきゃって強く思う。
「……いつもいないと思ったら、こんな早い時間に出てたんだ」
と、そんな事を考えつつ眩しい朝の光と、緑の心地よさに浸っていると。
背後から怒ったような、リシアの声がかかった。
「あ、おはようリシア」
「……何よそれ、嫌味のつもり?」
「……?」
昨日も一昨日も『夜を駆けるもの』の姿で会ってたし、変わらぬ普通の挨拶をしたつもりだったけど。
オレは何か失敗したらしい。
余計に怒ってる感じのリシアに訳が分からず首を傾げていると。
「ワタシを避けてる理由、近付くなって、こういうことだったの?」
俯き加減で、リシアはそんな事を呟いた。
「避けてはいないけど……」
そこでようやく、ノヴァキとしてちゃんと話すのはこれが始めてだと言うことに気付かされる。
何せリシアとはクラスが違うし、オレ自身ノヴァキに慣れるのが忙しかったからだ。
それに何より、リシアに迷惑がかかる、と思っていたのは大きい。
カリウスだった時もそうだけど、今はもっとひどい状態だ。
今のオレを、カリウス・カムラルを殺した犯人として目の敵にしてくる人達は多い。
オレに直接何かを言ってきたりやってきたりするのはどうとでもなるんだけど、それがうまくいかないことを知ると、関節的に攻撃するようになってきたのだ。
「オレさ、同じクラスのワカホって娘と友達になったんだけど」
意見箱の件で、ノヴァキが助けた鋼竜族の少女。
彼女は、オレが……ノヴァキが犯人じゃないってことを信じてくれる数少ない人物だった。
オレが唐突にそんな事を言うと、いきなり何をって顔をするリシア。
オレはそんなリシアを制し、言葉を続ける。
「一緒に編入試験の勉強をしてたら誰だか知らないけど絡まれてさ。オレを攻撃すればいいのに、彼女を傷つけようとしたから反撃したんだ。そしたらルートが飛んできて怒られて怒られて。ワカホまで反省文書かされそうになったからまた抗議して」
「何が言いたいのよ、一体」
オレが話し終えるよりも早く、結論を急ごうとするリシア。
やっぱり機嫌が悪いらしい。
オレは肩を竦めて。
「あまりオレと一緒にいると、迷惑がかかるかなって思ったんだよ」
まとめの一句を告げる。
「……」
重い沈黙。
せっかくの朝なのにってちょっと思う。
これ以上はオレのほうから何か言えることはないので、じっと待っていると。
やがて顔を上げ(やっぱりまだ怒ったままだった)、リシアは口を開いた。
「一つだけ聞かせて」
「う、うん」
「仕事以外で近付くなって、あなたは前にそう言ったわよね?」
「う、うん?」
オレがそんな事言うわけないかた、それはきっとノヴァキの言葉なのだろう。
何でそんな事を言ったのかなって考えていると、その答えはリシアがくれた。
「それは、あんたが本当にカリスさんを殺してしまったから? それとも、そんな濡れ衣を着せられるって、分かってたから?」
(そうか……)
そう言うことか。
リシアのその言葉で、気付かされたことがあった。
ノヴァキは知ってたんだ。
オレが殺されるような目に会うかもしれないってことを。
そうすればすべての辻褄が合う。
命を狙ってるなんて脅してきたり、滝から突き落としたり、それらはちゃんと意味のあるものだったのだ。
それはすなわち、ノヴァキが犯人を知っている、あるいは犯人もノヴァキのことを知っている、というわけで。
「オレは……ノヴァキはそんな事しない、犯人は別にいる」
「信じていいのね?」
「ああ、もちろん」
お互いの魂が入れ替わってからオレを突き落としたのは、おそらくノヴァキの独断だったんだろう。
でなきゃオレはここにこうしていないはずだからだ。
となると、もしかしたら犯人がノヴァキの中にオレがいると分からずに接触してくる可能性も……。
バチーン!
「いでっ! な、なにすんのっ!」
なんて事を考えていたら、いきなり平手打ちされた。
敵意も何もなかったから全く避けることもできずにもろに食らい、尻餅をつくオレ。
びっくりして目をしばたかせると、やっぱりリシアはまだ怒ってて。
「じゃあ何? 濡れ衣でいわれのない中傷を受けるからって、迷惑がかかるから避けてたって、そういうこと? 馬鹿にしないでよ。何が迷惑よ! そんなの小さい時から一緒に育ってきてる時点でとっくにかかってんのよ! 今度同じ事したら許さないから!」
リシアの、本気でノヴァキを思う言葉。
オレは強い強い衝撃を受けていた。
「……ごめん」
オレがノヴァキじゃないことに。
オレのせいでノヴァキはもういないことに声がかすれた。
「ごめんよ、リシア……」
自分を見送った時はなかった哀しみの波が、オレを襲う。
「なんて顔してんのよ。……ほら、いつまでも座ってないで」
苦笑して手を引っ張り、起こしてくれるリシア。
それでも際限のない後ろめたさと罪悪感はなくならなかった。
多分それは、知らぬままに逝ってしまったノヴァキに気付けなかったリシアに対しての悲哀だったんだと思う。
「……ごめん」
「ああ、いつまでもうじうじしない! ワタシが悪者みたいじゃない」
「ごめ……」
「だーかーらっ!」
オレの口を塞ぐように怒鳴って。
リシアはオレを引きずるようにして進んでゆく。
オレはそんなリシアの背を見ながら、改めて誓ったのだった。
リシアのためにも。
オレはその命尽きるまで、ノヴァキでいることを……。
(第39話につづく)
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