第37話、自身の生きた価値を証明せんと、理不尽に抗う



「あ、そうだよ。オレその現場にいなかったんだよ。ノヴァ……じゃなかった、カリウスに滝つぼに落とされたから」

「けったいな話ですが……証人はいますか?」


何故突き落とさなければならなかったのか、そこの辺りがけったいなのだろうが、とりあえず今は流すことにしたらしい。

オレがノヴァキに突き落とされて虹の泉のようなものを通り、ラルシータへ飛んでしまったことを一通り話すと、すかさずアルはそんな事を聞いてくる。


「証人……えっと、白猫さんかな」

「しろねこ?」

「あ、うん。どこにいるか分からないけど」

「人、じゃないんじゃないの、それ。ま、いいけど。それじゃ、虹の泉っていうのはどこに?」


その存在が確認できれば納得できる、とばかりに次の質問が飛んでくる。



「あ、えっと、地図にないダンジョンを見つけて……」

「な、なんですって?」


たいそう驚いた様子のアル。

そんなアルに分かりやすく説明するために、試験の一番になるためにはどうすればいいかって考えてたことを、頭から説明することにする。



「なるほど、先生方も見つけてないダンジョンね、カリスの考えそうなことだわ。……何よ、全部自業自得じゃない」

「うっ」


何だか直接責められている気がして小さくなるオレ。

そんなオレを見て、アルは深いため息をつき、言葉を続けた。



「迂闊だったわ。悔やんでも悔やみきれないくらいに。スクールの中でも試験会場が一番安全な場所だって、たかをくくってた」


滲む悔恨。

実感が得られないのはオレがここにいるからなのか。

ノヴァキの死がオレの目の届かないところで起こったことだからなのかははっきりしなかったけれど。



「安全……」

「そうよ、わざわざ教師や生徒会の子たちに下調べさせて、危険な場所がないか見てきてもらって地図まで作ってさ、尚且つ試験中は教師が生徒の居場所が分かるような体勢を整えてた。それなのにも関わらず、カリスは殺されてしまった。その安全の及ばない地図の外へ出たことでね」

「そうか、だから」


自業自得、なのだろう。

オレがそんな枠から外れるようなことを安易に選択したから。



「あなたが、そんなカリスと一緒にいたあなたが、一番疑われてるってわけ。ううん、もうほとんどの人はあなたが犯人だと思ってる」


ノヴァキは、いや、オレはこうして疑われているのだろう。

全部、全部オレのせいなのだ。

ノヴァキが死んでしまったことも。

ノヴァキが疑われる破目になっているのも。


「オレは……ノヴァキ・マインはカリウス・カムラルを殺してなんかない。それだけは自身を持って言えるよ。オレ自身が保障する」


ならばせめて、ノヴァキのいわれのない疑いだけは晴らしたかった。

そのゆるぎない真実だけは守りたかった。

そんな事くらいでオレの罪が消えるわけじゃないってことくらい分かっていたけど。


でも、それでも。

それこそが我が侭な夢を叶えてしまったオレの生きている価値なのだと。

思うようになったのはまさにその時で。



「あなた自身が証明すると。たいそうな自信ね。いいわ、そこまで言うなら乗りましょう。では、これを」


円卓から伸びをするようにして差し出されたのは、片眼鏡だった。


「これは?」

「罪人が理由あって外出しなくちゃいけないときに身につける拘束具のようなものよ」

「なるほど」


現時点で第一容疑者なのは間違いないわけだし、仕方ないんだろう。

これは言わばアルの温情だ。

オレは一つ頷き、片眼鏡をかけてみる。

それは軽く、度も入っていないようだったが。


「ちなみに外そうとすればそれに込められた雷(ガイゼル)の魔力があなたの頭を打ち抜き、死に至らしめますのでご注意を。後、脅しじゃないけど……」


中々に衝撃的な言葉をのたまった後。

その小さな手のひらをオレの額に向けた。


バチチィッ!


「っ!」


そのとたんこめかみに迸る赤い雷光。


「自覚しておきなさい。あなたの命はたった今私に握られました。大切な家族を奪ったものだと確定した時、あなたが不審な行動を取った時、いつでも私はあなたを殺せることを」


アルは本気だった。

少し人払いをした意味が理解できたような気がする。

あくまで母さんの代行という立場上だけで、オレをぎりぎりのところで生かしてくれているのだと。



「……分かりました」


オレはそれにしっかりと頷く。

アルから視線を逸らすことなく。

そうこなくちゃって、今までなら体験すつこともなかったこの状況に気分が高揚しているのが、不謹慎であることを自覚しつつ。



「よろしい。同じことを、周りのものにも伝えます。そうすればあなたが本当の犯人を捜すために外に出てもいい理由になる」


かと思ったら僅かに笑みすら浮かべて、アルはそんな事を言った。

まるで自分だけはオレの言葉を信じる、とでも言いたげに。



「ありがたいですけど、いいのかな?」

「もちろん。それが本物なのは確かだから」


微笑み。それでも無理は残る。

それはオレが犯人を見つけても変わらないのかもしれない。

忘れられないことなのかもしれない、

オレなんかのためにって思うとひどく申し訳なくて、少しだけ嬉しかったりした。



「……これは考えたくもないことなんだけど」


と、話を繰り替え進めるように、アルが再び口を開く。


「あなたはあくまで第一容疑者、容疑のかかるものは他にもいます」

「ダンジョンの中にいる魔物とかですか?」


オレの僅かな望みにも近い言葉を、アルは首を振って否定する。


「ああ、あなたの言い分が正しければ、あなたは現場にいなかったのですよね」


そしてそこで、言いづらそうにして口を噤む。

何を言い澱んでいるのかは、すぐに察しがついた。

オレの……いや、ノヴァキの死因だろう。



「あれは人によるものです。剣による心臓を一突き、あの子がそう容易く殺されるはずはないから、相手はよほどの手練か、あるいは複数か。あの子が油断するような相手か……」

「そ、そんな」


オレじゃなければ他に犯人がいるってことは分かっていたのに。

アルの発した最後の言葉は、到底信じられるものじゃなかった。



「根拠がないわけじゃないの。あの子が発見された場所は、地図のある場所だったから。もしかしたら、ダンジョンを下見して、地図を作ったもの……先生方か、あるいは生徒会のものが本当の殺害現場を隠蔽したのかもしれない。初めからそのつもりでいたとすれば、あなたは利用された可能性も……」

「待って、待ってくれ! まさかアルは生徒会の中に犯人がいるとでも? っていうかそもそもおかしいよ! 何で自分たちの試験なのに地図作ったりとか下見とかさ! そんなの聞いてない!」


そう、よくよく考えてみればおかしいんだ。

ルートが試験の下見をしてるって話は聞いていたけど。

それって試験の意味がないじゃないかって。



「あなたが知らないだけよ。彼らには上に立つものの義務があった。試験より前に、生徒たちの安全を守る、というね。ま、うちの子たちは知らなかっただろうけど」

「……」


ぴしゃりと叩きつけるがごとく。

二の句がつげない、そんな言葉が返ってくる。

知らなかったことへの弊害が、ここにも一つ。

オレを自失させる。


「こんな事考えたくなかった。あの子が信じてやまない子たちを疑うなんて。仕事の同僚を疑うなんて。だから、あなたに矛先が向けられたの。ひどい言い方をすれば、それが一番丸く収まるからって」

「そ、そんなの」


今オレがノヴァキでなかったのならば。

オレ自身だったのならば。

仕方ないって受け入れられたのかもしれない。

でも、ノヴァキが犯人だったらよかったなんてことで犯人にされるなんて、絶対に許せなかった。



「ひどいことだってのは分かってる。あの子だって絶対許さないでしょうね。だから……」

「オレが真実を突き止める」

「簡単なことじゃないけどね」


たとえ真実を突き止めたとして悲しむだけなのかもしれない。

オレにはオレの周りにいる人に殺されてしまうほどの感情を持たれていたことなんて見当もつかない、ありえないことだって思っていた。

もしかしたら、それが誰かを傷つけてしまったのかもしれなくて。



「それでも、真実を突き止めたい。突き止めなくちゃいけないんだと思う」


そしてその理由を知ることが、今まで知ろうとしなかったオレの唯一できることなんだろう。

ノヴァキが犯人でないことを間違いなく知っているのは、オレだけなのだから。



「そう」


アルはオレの言葉に深く頷き、そのまま重い沈黙が辺りを支配する。

とても長く感じたその静寂は、しかし再びアルによって破られる。



「ならばまず、特別クラスへ来なさい。あなた自身の力で。猶予は建国祭当日までです。それまでに特別クラスに入り、真実をつきとめられなければ……仕方がありません。丸く収めます」


それはつまり、真実はどうあれ、ノヴァキの理不尽な死で終わりを告げる、ということなのだろう。

全くもってひどい話だった。


ふざけるなって、そう思った。

否が応にも、真実をつきとめてやるって気にさせる。


「やってやる」

「その意気です」


微かな微笑み。

まだ、そんなアルの表情は曇ったままで。


だからこそ余計に思う。

カリウス・カムラルとして生きていた頃だって、生きていた価値がちゃんとあったんだってことを。


それに本当の意味で気付くことのできなかった自分が、とにかく悔しくて……。



             (第38話につづく)







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