第36話、隠す気どころか、変わってしまった自覚もなかったから
それからのオレの記憶は、またしばらく曖昧になっていた。
自分が燃えゆく様を見ていたら、魂がそれに反応したのか、ひどく胸が苦しくなって、耐えられなくなってしまったところまでは覚えているんだけど……。
「みゃーん」
耳元で聞こえる、覚えのある鳴き声。
目を開けると目前に、いつぞやの白猫さんの姿があった。
「……ついてきてくれたんだね。ごめん、ほったらかしにしちゃってて」
オレは笑顔を浮かべ、首筋を撫でると、彼を抱えるようにして起き上がる。
「ここは……どこだろ?」
そこは随分と狭く天井ばかりが高い、暗い部屋だった。
周りは三方が岩壁で、一つは目の細かい鉄格子。
天井近くの天窓にも、格子があって仄かな光をオレたちに落としている。
少なくともノヴァキの家じゃないだろう。
彼の家よりもさらにさらに狭く小さい。
しかもベッドも何もない石べたに寝かされていたらしい。
あれから一晩ほどたったのか、ひどく身体が冷えていた。
「ここはもしや、牢屋というやつではなかろうか」
多分、気を失っているうちにここへと運ばれたのだろう。
実感はなかったが理解はできた。
カリウス・カムラル……ノヴァキを殺した一番の容疑者として扱われているのだろう。
(いや、オレが死なせたようなものか)
自由になりたい。
カリウス・カムラルから抜け出したい。
そんなオレの欲望が叶った。
ノヴァキの命を犠牲にして。
それは罪だ。重い重い罪。
いずれは罰せられるべきもの。
「でもその前に、やらなくちゃいけない事があるよね」
オレの命を狙い、その目標を達成したものを見つけ出す。
それが魔物であれなんであれ、必ず見つけ出して……。
「どうしよう?」
「みゃーん?」
問いかけたつもりはなかったけれど。
当然何だよって感じの白猫さんの鳴き声が返ってくる。
確かに、オレのような人間には、同じ目に合わせてやるとか仕返ししてやるとか、おこがましい気がして。
「とりあえずは、見つけ出して、聞けるのなら理由を聞こうかな」
何故、オレの命を狙ったのか。
もしかしたら、かつてノヴァキが言っていたように世界を滅ぼすため、なのだろうか?
そう考え、それはないだろうとオレは首を振る。
その時も思ったけど、オレにはそんな価値はないだろうと。
「ん……?」
そんな事を考えていると、こつこつと聞こえてくる複数の足音。
誰かがやってきたらいい。
もぞもぞしていた白猫さんを放してやると、簡単ではないだろう岩壁登りをやってのけて、狭い鉄格子をすり抜けて。
「にゃぁん」
またな、とばかりに外へ出てゆく。
「ノヴァキ・マイン、出ろ。今からお前に判決が下される」
そんな白猫さんの身軽さに感心していると、低い男の人の声が耳に届く。
格子扉の方に目を向けると、風紀の人たちが四人、怖いくらいの無表情でそこに立っていた。
その言葉とともに開けられる鉄格子の鍵。
言われるままに足を踏み出すと、がっちり両脇を固められるみたいにして、オレは上階(地下の牢屋だったらしい)へと連れられてゆく。
手錠とか足枷とかはないけど、これじゃあほとんど罪人扱いだな、なんて思いつつもされるがままになっていると、そこはどうやらスクールの中であることが分かった。
と言ってもオレもあるのお使いで数度しか足を踏み入れたことのないまつりごとを行うための区画だ。
ノヴァキの視点で見るとまた新鮮で、眩しい陽光に目を細めながら歩いていると、辿りついたのは太陽を象った文様を頂に架する光の教会だった。
いや、単純に教会というには語弊があるだろう。
そこは半ば予想していた通りに罪を犯したものを裁くための場所だ。
白い、光の魔力が建物全体からあふれている。
その入り口の大きな扉は既に開かれていて。
こちらから見て少し高いところにある円卓にはアルが一人だけ立っていた。
瞳を閉じ顔を伏せ、その表情は伺えない。
「ノヴァキ・マイン以外のものは退席しなさい」
「し、しかしっ」
「二度は言いません」
絶対零度のアルの言葉に、それまでだんまりを決め込んでいた風紀の人たちも焦っているようだった。
しかしその言葉に有無を言わせぬものがこもると、風紀の人たちは足並み揃えてその場を後にする。
「入りなさい、ノヴァキ・マイン」
「は、はい」
オレの知っているアルとは全く様相の異なる雰囲気に、逆らえぬものを感じ、オレすぐさまその言葉に習う。
すると、どんな仕組みなのか、軋む音を立てて大きな扉がばたんと閉まって。ノヴァキの家の三倍はあろうその場に、アルと二人きりにさせられる。
規則正しく並ぶ傍聴席にも人はなく、普通の裁きならばガイゼルの盟主(ルートのお父さん)や、マイカの祖母など、四王家の者がいるはずの円卓は、何だか大きく見えて。
「魔人族の者にはその性質上耐えがたき場所のはずですが。あなたは全く堪えていないようですね」
その大きな円卓の中心に一人でいるから、見かけ以上の威圧感を与えてくるアルが、ふいに口にしたのはそんな言葉だった。
「光の魔法はどちらかと言えば得意な方なので」
「……」
確かに魔人族の弱点と言えば光の魔法だってよく言われるけど、魔法の耐性については、魂に左右されることを知っていたので、迷うことなくそう口にする。
するとアルはその大きな瞳を殊更に大きく見開いてオレを見据えてきた。
「……そうですか。それでは本題に入りましょう」
かと思ったら、興味を無くしたみたいに目線を下げてそんな事を言う。
その試験の先を追えば、そこにあるのは七色のステンドグラス。
綺麗だけどチカチカと眩しいそれに目を細めていると、アルはそのままで言葉を続ける。
「もう分かっているとは思いますが、あなたはカリス・カムラル殺害の第一級容疑がかかっています。その容疑が確かなものとなれば死罪は免れないでしょう。他家のものたちは即刻刑を執行するべきという意見もありましたが、あなたは殺害時から五日後にこうして姿を見せました。……動機、あるいは弁明を言ずることを許可します」
平然を装っているけど、明らかに無理をして喋っているのが分かる、そんな声色。
聞いていると胸の軋みが強くなるばかりだった。
オレはアルを……きっとサミィや他のみんなのこともひどく傷つけている。
オレ自身が望んだからこそ起きた結果だと知ったらどう思うだろうと、余計に。
(もう、五日も経ってるんだ)
おそらく、オレがノヴァキに滝の中へと突き落とされたあの日から。
それは驚きではあったが、それ以上に、最初からオレがオレを殺した体でものを言っている風なのがひどく滑稽なものに見えた。
もっとも、今まだこうして生きているということは、弁解の余地があるというか、その確たる証拠がないんだろう。
まぁ、あるはずはないんだけど。
「オレはカリウスを殺してなんかいません。そもそも不可能だから」
だってオレがカリウス・カムラルなんだから。
「どうしてその呼び名をあなたが知っているの?」
だったらその決定的な証拠を口にしようと言いかけた言葉は、しかし割り込むようにして発せられたアルの素の言葉によって遮られる。
「呼び名? 本名のこと? そんなの知ってて当然じゃ」
「本名。じゃあやっぱり……」
その、頓狂な問いかけにも律儀に答えたのに。
またしてもそれは阻まれ、何だか一人で納得している。
そのことにもどかしい思いを抱いていると、アルは再び何事もなかったように顔を上げた。
「つまりあなたは自分が犯人だという証拠はなく、犯人は別にいる、と言いたいわけですか?」
「え? う、うん。それはそうだけど」
「だとしたら再び犯人を洗いさなくちゃだね」
今の今まで犯人だと決めつけてる風だったのに、手のひらを返したような変わりようだった。
オレ自身がオレの言葉をそんな簡単に鵜呑みにしていいのかな、なんて思えるくらいに。
「あなたが犯人じゃない、その確たる証拠はあるの?」
「あります、だってオレはカリウス・カムラルだから」
「この裁きの場でそんな悪辣な冗談を口にするなんて言語道断です。次にその名を名乗ろうものなら! ……直接私が手を下します」
「は、はいっ」
いきなりの激昂。
凍えた言葉。
まるで死神の鎌を首筋に当てられたような気分。
本当のことなのに理不尽だよ、と思いつつもその言葉に嘘はなかったので、オレはがくがくと頷くしかなかった。
「そうじゃなくて、他に何かないですか?」
「う、う~んと」
釈然としない気持ちになりつつも、オレは必死に頭を巡らせる。
どこか少し、おかしな展開になってきたなぁと、そう思いながら。
(第37話につづく)
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