第34話、いつの時代でも、真白な癒やしは儚き少女を掬い上げて
「……ぅ?」
オレは一体、どのくらい気を失っていたんだろう。
ふと顔に感じたのは、ざらざらとしてあったかい小さなものの感触。
「みゃ~ん!」
「わわっ……げほげほっ、ね、猫?」
どうやらオレを起こしてくれたらしい。
仰向けになってるオレに馬乗りになった状態でこちらを見つめている。
まだ子供だろう、小さな小さな白猫さんは。
起きたか! とばかりにそのエメラルドグリーンの瞳をしばたかせていて。
「みゃん。みゃみゃみゃ」
そんなオレにちょっと怒った風の白猫さん。
人の言葉が判るのか、そもそも猫ではなくて猫の形をした魔精霊か何かなのか、助けてもらって礼もないのか、なんて言っている風にも聞こえて。
「君が助けてくれたの? どうもありがとう」
オレは彼を抱きかかえるようにしてその場から起き上がる。
そこでようやく狭くなっていた視界が広がった。
すぐ側で聞こえる滝の音。
どうやらここは滝つぼらしい。
七色に光る水たまりは浅く広く、温泉のように暖かい。
その見たことのある水の色も、水の暖かさも気になったけど。
一番オレが目を引いたのは白猫さんのことだった。
やっぱり彼はただの猫、というわけではないらしい。
光の魔力を自らで発し、辺りを照らしている。
その光は熱を持っているらしく、びしょぬれの彼はそれで体温を保っているらしかった。
そんな彼はこの神秘的で見知らぬ場所の主か番猫か。
ごつごつして錆びかかった大きな首輪をしている。
その首輪には鎖がついていて、滝つぼの真ん中にある黒光りしてした鉄杭のようなものに繋がっていた。
「君はここに住んでるの? ここってどこなんだろ?」
オレは白猫さんを抱き上げたまま(降ろすと、その小さな身体は浅いとはいえ水に浸かってしまうので)再び辺りを見回す。
「……みゃーん」
少し悲しげな声。
たぶん分からないんだろう。
それにおそらく、彼はここに繋がれているのだ。
それが一体どんな理由なのか。それは分からなかったけれど。
行動を制限された不自由な姿。
彼に比べればマシだったとはいえ、どこかオレの姿とダブる。
「君はもしかして、ここから出られないの?」
「にゃん」
肯定、だと思う。
「じゃあ、ここから出たい?」
「にゃん!」
強い肯定。
それは、はっきりとオレに伝わってきた。
「分かった。ちょっと待ってて」
オレは頷き、その猫の小さな身体と比べて仰々しいくらいに分厚い鎖をなんとかすべく、滝つぼの真ん中までやってくる。
「この黒い柱を抜けば……」
とりあえず彼はここから自由になるだろう。
それがいいか悪いかなんて考えなかった。
いや、小さな白猫の彼が悪いもののはずはないと、何か悪さをしてここに封じられているのだとは考えもしなかった、と言ったほうがいいのかもしれない。
この期に及んで? いや、違う。
オレは自分を信じてるんだ、いつも。
彼を助けたいって、オレ自身が思ってるからそうするのだ。
その後の結果なんて考えない。
それで後悔するのかもしれないけど、そんな事知ったこっちゃない。
ノヴァキのことに関してもそう。
初めから彼を信じてなければ。
背中を押されたあの時、かわそうと思えばかわせたはずだった。
なのにオレは、そうしなかった。
ノヴァキがそんな事をするはずがない。
理由もなしにそんな事をするはずがない。
そう思う自分を、何より信じてたからだ。
ノヴァキは背中を押すその時に、ごめんと、そう言った。
それは一体、何に?
決まってる。
その直前にオレが水を苦手としていることを話したからだ。
本当にノヴァキがかつて冗談で言っていたようにオレをどうこうしようと思っていたのなら、そんな気遣い入らないんじゃないかって思う。
だから、何か理由があるのだ。
突然の、ノヴァキの行動には。
オレは、その理由を知るために今すぐノヴァキに問い質さなくちゃいけない。
正直焦っていた。
早くノヴァキのとこに戻らなくちゃって。
そう思うわけははっきりしなかったけど、多分不安だったんだろう。
ノヴァキがあんなことをしなくちゃいけない理由に全く気付けなかった自分のせいで、何かとてつもなく嫌なことが起こる……そんな気がして。
バチィッ!
「うわっ?」
そんな上の空の思考は、無意識のままに触れた黒い柱から発せられた魔力の迸りにより、その場へと引き戻される。
気がつくと、柱はなくなっていた。
相当な重量と長さがあったはずの鎖も。
「みゃんみゃ~ん」
「あ、うん」
感謝の意。
つぶらな瞳で見上げ一声上げる白猫さんに、そんな意味合いのものを感じ、オレも頷き返す。
そんなオレをじっと見つめていた白猫さんだったけど。
ふいに水を掻き分けてある方向へと駆け出してゆく。
どうやらその先に道が続いているらしい。
「みゃん」
その半ばで立ち止まり、ついて来いとばかりに声をあげて駆け出す白猫さん。
オレは言われるままに、その後を追いかけていって……。
「海だ……」
空気穴にも等しいような、狭い道をやっとのことで抜け出すと、そこは夕陽の染まる砂浜だった。
あの地下洞窟に入ったのが朝だから、オレは半ば半日近く流され、気を失っていた計算になる。
目前に広がるのは、恐れ抱くほどに広大な海。
遠目には、そんな海を行き交う定期船の姿が見える。
「ユーライジア……じゃない?」
違和感。
あまり海に出向く機会がなかったからはっきりとは言い切れないけど。
この砂浜はオレの知るユーライジアの砂浜とは違う気がした。
「港町。近くにスクールが見えないってことは」
オレはぐるりと一回転し、陸地のほうを見渡してみる。
いつもの見慣れたスクールと町公園、裏山、それらの姿はない。
となると少なくともここはユーライジアスクール付近の砂浜ではないことは間違いなさそうで。
とりあえず近場にある港町へ向かって駆け出すことにして。
「みゃ、みゃぉんっ!」
「あ、ごめん」
と思ったら、置いてくなって感じの白猫さんの鳴き声。
オレは踵を返し、ふわもこの彼をしっかりと腕に抱え直して走り出す。
それほど遠くでもない港町には、すぐに辿り着くことができて。
「ここは。まさか、ラルシータの?」
おぼろげながら見覚えのある港町。
それはラルシータ大陸北端、海を越えた遥か先にある、ユーライジア大陸への玄関口となるラルシータ港だった。
ルコナやルレインのふるさと。
ユーライジア国にとって、悠久同盟国とも言われるラルシータ王国。
いずれはこちらにもスクールができる、とも言われていて。
少なくとも、せいぜい数時間で移動できるような近い場所ではなかった。
「そうか。あの七色の水、どこかで見たと思ったけど」
【風(ヴァーレスト)】と【時(リヴァ)】の魔力を併用した強力な魔法か、あるいは別に何かか、いつの間にか大陸ひとつぶん飛ばされていたらしい。
その原因を探ろうとして。
思い出したのは意識を失う瞬間に見た、虹の泉と同じ色をした光だった。
まったく異なる場所へと、浸かりしものを導く虹の泉。
確証は持てないけど、おそらくそれが、オレが落ちて流れている途中か、あの滝そのものがそうだったのか、流れ行き着く先にでもあったのかもしれない。
ノヴァキはその事を知っていたのだろうか?
もし知っていたのならば、オレを遠くへ引き離すことに、オレの背中を押した理由がある気がして……。
(第35話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます