第32話、改めて顔を合わせないと、入れ変わっている違和感がなくて




浮かれたままのオレは、ノヴァキをほとんど引っ張り回すみたいに、試験会場となった地下の洞窟を駆け回った。


その途中で、マイカたちを見かけることはあったけど、挨拶程度で一緒に行動する、という展開にはならなかった。

特にマイカとは、お互いにぎこちなかったせいもあったけれど、お互いの目的が違ったのが大きかったのだろう。


マイカたちのように、この場に用意されたものに悪戦苦闘するのではなく、逆に下手すれば成績が上がるどころか下がるかもしれない、掟破りなことをするつもりだったからだ。



「オレがまず怪しいのはこの辺だと思うんだよね」


そこは地下洞窟の入り口から、もっとも遠い場所だ。

地図で言うと、端っこも端っこで。

今オレが触れている岩壁の向こうには、何も描かれてはいない。

そこには灯りすらなく人もいなかった。

何故ならその地図で、何もないと明確に示されている……ただ試験を受けるだけなら足を踏み入れることはないだろう場所だからだ。



「……どうして」


呆けたような、ノヴァキの呟き。

ここが怪しいと踏んだのか。

ノヴァキはそう言いたいんだろう。

その表情は見えない。

あるのは変に手応えのない元オレの手のぬくもりだけ。


「う~んと、勘かな」

「……っ!」


夜は好きだけど何も見えないのは嫌なので、オレは火(カムラル)の力を借り、空いた手のひらの上に炎を灯す。

すると、びっくり顔のオレ……じゃなくノヴァキの顔がすぐ近くにある。

そこで初めて他人の身体なのに自分の得意な魔法が当たり前のように使えてる事実に気付いて。


「うむ。これは新たな発見かも。ノヴァキってこれ使える?」

「い、いや。あまり得意じゃない」


どうやら魔法は、その人の魂に作用するらしい。

こんな事がなければ気付くはずのなかった、大発見かもしれない。

熱くない火の玉を生み出し、お手玉してみせつつ、オレはそんな事を考える。

だが、それが試験に直接関係ないことは確かで。


そのままカンテラを取り出し火をそこに移した後、改めてどうしてを答えるために、オレは口を開いた。



「多分、今オレたちの頭の上って砂浜だと思うんだよね」


ユーライジアスクールとその国の中心は大陸の西端、海に囲まれた半島に収まっている。

今、オレたちが進んできたのは、その海の方向……ラルシータ大陸のある方向だった。

しかも、ほんの僅かずつだけど、この地下洞窟は進行方向に向かって下っていたのだ。

そこから導き出されるのは一つ。



「もしさ、この壁の向こうに通路なんか見つけちゃったりなんかしたら大発見だよね? だってだってもしそんなものがあるのだとしたら、それが海の下を通っていることになるんだから」


そしてその通路はずっと伸びていて。

ラルシータ大陸へと海を越えてつながっている。

そこまではさすがに出来すぎかもしれないけど。

そんな発見ができれば、間違いなく一番だろう。

はるばる船でやってきたルコナたちも喜ぶかもしれない。


「しかし、そんな事常識で考えたら……」


そう、問題はそれだった。

言ってはみたものの、そんなことありえないだろう。

だったら面白いよなぁっていう程度のものだ。

四角に囲まれたその地図を、ただぶち破ってみたかっただけなのかもしれない。


「まぁ、ありえないよね。ここを調べた先生たちだってそう思ってるはずさ。だからこそ何か見つけたら大きいと思わない? どうせ時間たっぷりあるんだしさ、念のため見てみるだけだし」


こつこつと岩壁を叩きながらオレは言う。



「……そうだな、調べてみよう」


するとノヴァキは納得してくれたのか、そう言うとさっさと歩き出してしまう。

その歩みは迷いがないどころか急いでいる感じすらする。

何だかそれが、オレの世迷言なんかさっさと片付けて次に行こう、なんて考えているようにも見えて。



「わ、待てって! オレが見つけるんだからな!」


オレは勢い込んで、そんなノヴァキの後を追う。


「お、おいっ」


そして、慌てたような声のノヴァキに構わず、オレは壁伝いに先行する。


「……あ」


すると、当たりはオレが思っていた以上に、すぐそこにあった。

触れた手が何だか、振動しているような気がする。

オレは立ち止まり、壁に耳を近づけてみた。


「……水の音だ」


それだけならカムラル家のものらしい、オレの苦手な水の気配が。


「水の音? 何で分かるんだ?」

「ん~、苦手だからかなぁ」


同じようにノヴァキも壁に耳を当てているけど、たぶん聞こえないんだろう。

でもオレには分かる。水が苦手で怖いから。

なんでだと聞かれても答えようもなかった。

そうなった経緯とか原因があるわけじゃない、と思う。

それでもあえて理由づけをするのなら、生まれつき、なのかもしれないけど。



「つまり、ここに何かあるのか?」

「たぶんね、地図に載ってない何かが……って、あれ? ここの壁もしかして」


喋りながらこんこんと壁を叩いていたわけだが。

ほんの僅かに音が違う気がした。

もしや、と思い魔力に対する触覚を強めてみる。

それはカムラル家のものに備わった、あるいは唯一といっていい特技だ。

人より魔力の感知能力が強い、という。

それは例えば、壁に含まれてる微量な魔力の違いが、分かるくらいには。


オレはそれを、色の違いとして認識する。

例えばオレ自身なら赤。

【火(カムラル)】の魔力を中心に、荒唐無稽に混ぜ合わされた十一色。

ノヴァキならばその六割が緑。

【木(ピアドリーム)】の魔力で、残りが黒、【闇(エクゼリオ)】の魔力、といった具合に。


それは人や物を識別する力で。

案の定、音の違う壁の部分は、隙間のない茶、【地(ガイアット)】の魔力で塗りたくられていた。

それはなかなかの光量を湛えている。

おそらくは、その壁自体が魔力の塊なのだろう。



「当たりだよノヴァキ、ここだけ魔法で作られた壁になってる。ノヴァキって【木(ピアドリーム)】の魔法得意だろ? この壁は【地(ガイアット)】の魔法でできてるみたいだし、いっちょぶっ壊してくんないかな?」


十二の根源、その魔力にはお互いそれぞれ相性というものがある。

ガイアットの魔法に対処するには、ピアドリームの魔法。

もうそれは魔法を使うにあたっての基本中の基本だ。

見た感じカムラルを覗けば器用貧乏なオレより、ノヴァキのほうが強そうだった。

だからオレはすかさずそうお願いしたわけだが。



「……ああ」


何だか上の空のノヴァキ。

オレが彼の得意魔法を言い当てたから驚いているのだろう。

だが、オレの言葉が本当に正しいのか、確かめる方が先決だと判断したらしい。

おもむろにオレの隣に並び、壁に手のひらを添えて、ピアドリームの魔力を込める。

それが壁にあるガイアットの魔力と作用して……。



ノヴァキが何かの魔法を放つよりも早く、壁は粉砕した。

その先に見えるのは、地図にない今いた場所と似たような岩壁の通路……いや、水の音が心なしか強くなっている気がするし、天井から落ちてきたらしい水滴により、所々水が溜まっているのが分かる。


「ごくろうさん。ほら、当たりだったろ?」

「ああ」


頷くノヴァキ。

でも変わらず上の空であまり嬉しそうじゃない返事。

オレが先に見つけたのが気に入らなかったのだろうか?

思い返してみればここに来るまでにノヴァキの歩みは迷いがなかったし、可能性は高いだろう。



「そんな残念がらなくてもオレたちは今組んでるんだし、オレの手柄はノヴァキの手柄だよ?」

「……あ、ああ。そうだな」


無理してる笑顔。

一体何に?

オレは不安になる。


「ほら、こんなとこでもたもたしてると他の組が来ちゃうだろ。せっかくオレたちの手柄なのに」


半ば強引に引っ張った手。

震えている。

一体何に?

ノヴァキは何を怖がってる?

この先に何があるんだろうか?

何があるのか知ってるんだろうか?

心配になって思わずノヴァキを凝視するオレ。



「そうだな、急ごう。誰かが来ないうちに」


オレの姿をしたノヴァキ。

その赤い瞳の中に、ノヴァキの姿をしたオレがいる。

そのことで改めて実感する、今の不可解な状況。


それが何だかおかしくて。

それにノヴァキも気付いたからなのか、さっきまであったオレを不安にさせている何かが消えている。


むしろなんだか嬉しそうでもあって、今度はオレを引っ張って先へと進んでいくノヴァキ。


その時感じたのは。

不思議な安堵感と。

恥ずかしいくらい小さく細い元はオレの手のひらの感触で……。



            (第33話につづく)






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