第30話、親友とけんかするくらいの、初めての我が儘
一対になっている魔法の腕輪。
装着したふたりの、魂を入れ替えることのできるマジックアイテム。
本当に様々な悪戦苦闘をして。
なんとかうまくいくようになったのは、昨日……試験前日のことだった。
よって、今日こそが魂を入れ替える腕輪の本当のお披露目で。
ノヴァキの身に起こっている実情を知らなくちゃいけないってことを考えると、ちょっと不謹慎なのかもしれないけれど。
それがあったからこそ、余計にオレはうかれ、今日と言う日が楽しみでならなかったんだけど。
その当日に、オレにとって少し腹に据えかねることが起こってしまった。
オレはそのいらいらを極力出さないように階段の前に立ち、ノヴァキと顔を見合わせる。
やっぱり緊張していた。
オレの方まで、その緊張感が伝わってくるほどに。
オレはそんなノヴァキに軽く微笑み、左手首に嵌められた腕輪をかち合わせる。
それはみんなの付けている試験用の腕輪じゃなく、オレとノヴァキのとっておきの腕輪だ。
みんなの持ってるのと同じ腕輪は、荷物袋の中に入れてある。
魔力を送ることで入れ替わるように改造したそれは、言わば二人だけの秘密。
それ故に、悪戯めいた共有感がある。
入れ替わってみんなを驚かせてやろう。
そんな気持ちが多分、伝わったんだろう。
少しだけ落ち着いた様子で、ノヴァキは頷く。
だけどそれでも、ノヴァキの緊張感……それに似た何かが消えることはなく。
「……っ」
「ち、ちょっと!」
オレは半ば強引にノヴァキの手を引っ張り、階段を降りていった。
その顔が、今更ながら躊躇っているように見えて。
オレと組んだこと、秘密の共有、魂を入れ替えること。
……そのすべてに戸惑っているような気がして。
ここまで来て、やめるなんて言わないよねって、少し不安になってムキになってたんだと思う。
順番待ちをしていた残りの生徒たちから騒ぎが上がったが、そんなものはガン無視だ。
一番の理由は、あの場にいるとこっ恥ずかしいすました自分でいなきゃいけないのが嫌だったからなのかもしれないけど。
「お、おい。ちょっと待てって」
明らかに人の手によって掘られた岩壁の洞窟。
階段を折りきり、ある程度歩いて、ノヴァキの焦ったような声にはっとなり、オレは手を離す。
「だって面倒くさいんだもん。あの場にいるとムダにすましてなきゃなんないし」
「だからといってあんたから手を取ることはないだろう。……これでまた風当たりが強くなる」
「そんなのほっとけばいい」
「……」
思っていた以上に強い言葉が出てしまって、黙り込むノヴァキ。
「……ごめん。ノヴァキは悪くないのに」
これじゃあ八つ当たりだ。
オレは素直に頭を下げる。
「いや、仕方ないさ。成り行きとはいえ、身に余る場所に俺がいるのは事実だからな」
「……っ」
すると返ってきたのは、あまりにも卑屈なノヴァキの言葉だった。
今度は腕輪の件で上がっていたオレの気分が下降する。
というか、こんな風にノヴァキは全然悪くないのに八つ当たりしてしまったのも、オレ自身気に入らないことがあったっていうか、極力忘れるようにしていたいらいらを思い出したからなんだろう。
「あんたの友人……副会長の、マイカって言ったっけか。あんたは不満だったようだけど、俺にはあの子の気持ちはよく分かるし」
「分かんなくていいよ、そんなもの」
ノヴァキがそれを言うのかって、オレはちょっと悲しくなる。
実は今日、マイカと喧嘩したのだ。
それは、オレがノヴァキと組むことを強引に決めてしまったせいにあった。
マイカは……いや、マイカだけでなくルートやサミィもノヴァキと組むことを渋っていたというか反対していた。
一度決めたことを天下の会長が反古にしたら、やっぱり魔人族と組むのは嫌だったってことになるぞ、なんてタインが手助けしてくれたこともあって、何とか今日まで押し切ってたんだけど……。
今日の今日になってもマイカはしつこかったから。
オレはつい熱くなって、怒鳴ってしまったんだ。
『うるさい! オレの勝手だろ!』って。
普段あんまり怒るようなことないから、はっとなって我に返ったのはそのすぐ後のことで。
オレはすぐに謝ってその場を収めようとしたんだけど、何せ初めてのことだったからどうにもぎこちなくて。
オレより先にこの地下洞窟の中に入るその瞬間になっても、それは消えることはなかった。
いや、それでもマイカはノヴァキと組むことに納得いってなかったからなんだろう。
そんな時に、ノヴァキがそんな事言ったら、必死になってるオレが馬鹿みたいじゃないかって思った。
オレは感情のままにそう口にしようとして。
それを寸前で留める。
せっかく楽しいことが待ってるのに、自分で盛り下げてどうするって思ったからだ。
「……すまない」
「や、だから、ノヴァキが謝ることじゃないって。それよりほらほら、お楽しみと行こうよ」
搾り出すように発したノヴァキの実際の言葉。
オレはそんなもの忘れてドブに捨ててしまえってくらいの勢いで腕輪を掲げてみせた。
「ああ、そうだな」
それにようやく、ノヴァキが柔らかく笑ってくれたから。
お互いに頷き、早速とばかりに右手へと魔力を込めた。
一方のノヴァキは左手。赤と青の光。
それはぼぅってなるくらいに、オレの視界へと近付き埋めつくして……それに吸い込まれる。
ぐるぐるになって、オレの身体が細かな粒子に分解させられ、再構築するような感覚。
初めは結構衝撃だったけれど。
慣れてくれればそれも当たり前のようになっていて……。
気付けばオレの前に、オレがいた。
赤と金と茶色がごちゃ混ぜになった、うっとおしいほどに長い髪。
白い仮面のような肌。
どぎつく、人を威圧するにもってこいの紅の瞳。
お高くとまった鼻、そのわりに一向に大きくならない身体。
毎日見ている、オレのキライな顔だ。
だけど中にいるのがノヴァキであると分かっているからなのか、この時ばかりはいつものような嫌悪感は全くなかった。
ノヴァキのちょっと卑屈だけど争いを好まない、かつ耐え忍ぶことのできる人となりが表れてるんだろう。
「やっぱり、ノヴァキの魂のほうがあってるんだろうな。嫌な顔なのに嫌じゃない」
「あんたはそればっかりだな。……まぁ俺もそう思うが」
その声すらオレが発するより低くてかっこよくて、ずっといい。
このままノヴァキがずっとオレでいてくれればいいのに。
ふいによぎるのは、そんな邪な考え。
オレを信じて変わってくれているノヴァキに対しての許されざる思考。
オレはそれを無理矢理に追い払い、笑顔で言葉を続ける。
「そうかなぁ? ノヴァキになってる姿、鏡で見たけど、やっぱりノヴァキの魂の方があってるでしょ。オレが出てるっていうかさ、生意気そうに見えない?」
「ははは。……全然?」
柔らかい笑顔。
おぼろげな母さんの笑顔とダブる。
きっとそれはオレにはできない笑顔で。
「そう? それならいいんだけどさ……正直、バレるよね、これって」
はっきり言おう。
目の前にいるのは一見オレだけど、見る人が見ればすぐに分かるはずだ。
明らかに中の人が違うと。
こりゃあちょっと失敗かな、なんて思ったオレだったけれど。
「どうだろうな。あんたの友人たちなら、確かに気付くかもしれないが、なんとかなるだろ。少なくとも今のあんたを見分けるヤツはいないだろうさ」
オレをその赤い瞳でよくよく観察した後、そう言って自嘲気味に笑うノヴァキ。
それはつまり、ノヴァキの知り合い、友人たちで、今ノヴァキの身体の中にオレがいると気付ける人はいない、という意味なんだろう。
何故なら俺には友人なんかいないから。
何だか、そう言っているようにも聞こえてしまって……。
(第31話につづく)
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