第29話、密かに這い寄ってくる悪意に気づけなかったのは、きっと浮かれていたから
考えてみると、天啓は意外とすぐそばに落っこちていた。
ノヴァキは、オレがいればひどいことはされない。
オレの前ではしない、そう言っていた。
ならばそれを、逆手に取ればいいのだ。
「あのさ、ノヴァキ、こういうのはどうかな? オレとノヴァキ、試しに入れ代わってみるってのは」
「入れ代わる? ……意味がよく分からないんだが」
反芻し首をかしげるノヴァキ。
オレはそんなノヴァキにリシアからもらったお互いの魂を入れ替えることのできるマジックアイテムの説明をした。
まだ調整段階というか、まともに使えるかどうかは色々調べてみなくちゃ分からないけれど。
それが上手く使えるようになれば、予想するに、オレの魂……意識がノヴァキの身体に入り、ノヴァキの魂がオレの身体に入ることになる。
カリウス・カムラルじゃないオレで外を歩くというオレの願いも叶うし、それまで知りえなかった現実を知ることができて、一石二鳥、と言う寸法だ。
「それは……」
ただ一つ問題なのは、身体を借りなければならない相手であるノヴァキに、お許しをもらえるかどうか、ということだった。
「駄目、かな?」
「そうか。それなら……」
聞いてみたけど、ノヴァキは深く考え込んでいるようで答えを返してはくれなかった。
なんだか雲行きが怪しい感じ。
リシアの時みたいに勝手に変わっちゃえばいい、なんてことも考えたけど、
それは人としてやってはいけないなって思ったし、できればちゃんとノヴァキのお許しがもらいたかった。
と言うより、何も知らずに変わったときの驚きようと言ったら心臓に悪いったらありゃしないからだ。
「それはすぐに使えるものなのか?」
なんてことを考えていたら、ふいに返ってきたのは思っていたより色よい返事で。
「う~ん。どうだろ、二、三日……最悪試験までには」
困ったことに今度はオレがいい返事ができなかった。
問題なのは、壊れた部分についてだ。
とりあえず、占い師のおばあさんに聞きにいったのだが、どこかへ遠出しているらしく、ずっと留守で。
何がどういう風に壊れているのかは、自分で調べなければならなかった。
あの鎖を直せばいいのか、壊れていて何か悪い影響はないのか、下手すると結構危険なアイテムだし、その辺は慎重になる必要がある。
「……そうか。だが、初めにも言ったが、あんたには知ってもらいたくはないな。俺の個人的な感情としては。あんたが傷つくのはごめんだ」
かなり荒唐無稽な話ではあるんだけど。
疑いもせずに信じてくれたノヴァキ。
そしてその上で、オレの事を心配してくれていた。
そこまで辛い日々を送っているのかと思うと、不謹慎にも逆に興味が沸いてくるオレである。
するなと言えばしたくなる例のアレだ。
「つまり、オレには耐えられないくらいきついいじめや迫害を受けていると?」
「どうだろうな」
曖昧に濁すノヴァキ。
どうやら目的達成には後一押し必要らしい。
「大丈夫、やられたことは全部覚えて百倍にして返しに行くから、これうちの家訓ね」
「やな家訓だが、できそうだから怖いよな」
悪魔な感じで笑顔を浮かべるオレに、しょうがないなって感じのノヴァキの苦笑がこぼれて。
「分かった、好きにすればいい」
「ああ、できたら連絡したから、その時はよろしく」
始めはどうなることかと思ったけれど、終わってみれば上々の結果で。
また一歩、オレは夢に近付いたのだった……。
※ ※ ※
それから、試験までの一週間はあっという間だった。
カムラル家のものとしてのオレ。
『夜を駆けるもの』としてもオレ。
立場はまるきり違えど楽しい日々を過ごしていた。
もっとも、夜のオレはノヴァキの演奏を聞いたり(残念ながら最初に聞いたあの懐かしい『一番』の曲は、それっきりだったけれど)、リシアの実験を魔力の提供という形で付き合ったりと。
一昔前までの『夜を駆けるもの』として働くということはあまりしなくなっていたけど、変化があったといえばそのくらいのことで。
思えばそれはオレの生涯でもっとも充実し、幸せな日々だったんだと思う。
事実その時のオレは、いつか母さんの後を継ぐその時まで……スクールを卒業して大人になるまで、間違いなく続いていくものと信じきっていた所はあったんっだろう。
世間知らずなオレは、全くこれっぽっちも気付いてやしなかった。
自分に向けられる悪意と呼ばれるものを。
二人で組んで行う今回の実地試験。
ハイグレドクラス三学年合同のそれは、スクールの地下に見つかった地下洞窟の探索だった。
そこには何があるのか、何がいてどんな歴史を刻み、何のために作られたのか。
それらを設けられた時間内にどれだけ知ることができるか、というものだ。
試験とさんざん言ってきたが、オレからすればちょっとした冒険旅行……遠足という感覚が強い。
一応知りえた情報によって成績付けはなされるが、それはあってないようなものだろう。
何せその場所は、未開の地の探索と呼びながら、生徒たちの安全を第一に考え、完璧にスクールの先生たちの手が入っている場所だからだ。
未開の地というのは、試験上の建前なのだろう。
危険である場所には予めなんたかの安全対策がなされているだろうし、試験中は各地に先生が待機していて、尚且つ試験を行うものたちの動向は、その腕につけられた魔法の腕輪によって逐一分かるようになっており、それでも危険があった場合は、その腕輪で先生たちに知らせることができるという徹底ぶりだった。
そこまでされると、冒険が冒険でなくなっちゃってつまんないじゃん、とか思ってしまうのはいつものオレで。
そんな事言ったら厳しく安全のために先生とともにこの場を見回っていたルートに失礼だし、それより何よりオレには楽しみで楽しみでたまらないことがあったからだ。
『次!カリス・カムラル、ノヴァキ・マイン組、出発してください!』
そんな事を考えていると、聞こえてくる先生の声。
「それでは、行きましょうか?」
「あ、ああ……」
オレたちが試験開始を告げられたのは、試験が始まってちょうど真ん中くらいだった。
前方には新しく作られた、闇の広がる地下への階段。
言葉として届かぬざわめきとともに注視してくる群衆……オレたちの後に試験を受ける生徒たち。
いまだその視線に慣れることなはいのか、ノヴァキの尋常じゃないくらいに緊張した返事が耳に残る。
それも無理はないんだろう。
なし崩しにノヴァキと組むことを決めてしまった後。
ノヴァキの風当たりというのは本当にひどかった、らしい。
らしいというのは、ノヴァキは直接そのことを話してくれないし、組む人と予め親交を深めておくという建前で、なるべくノヴァキと一緒にいる時間を増やしたんだけど、オレがノヴァキのそばにいる時は必ずみんな、そんなひどいことをするとは思えないいい人、だったからだ。
それでも、オレのせいでノヴァキが迷惑をかけてるらしいことは、仕事がてらリシアにそれとなく聞いて知っていた。
一番心残り、というかもどかしかったのは。
その決定的な証拠をこの目で見るために使うつもりだった魂を入れ替える腕輪が、ちゃんとうまく機能してくれなかったことだろう。
切れた鎖は直して新しいのを付け替えたのに。
入れ替わっていられる時間がものの数秒、だったのだ。
それでは証拠を掴むために別行動してる時間すらなく。
様々な悪戦苦闘をして、なんとかうまくいくようになったのは。
ようやっと昨日、試験前日のことで……。
(第30話につづく)
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