第28話、良いことを思いついたからって、上手くいった試しがあっただろうかと



いつの間にやら頂上にたどり着いて。

吐露されるノヴァキの心情に、オレはその名を呼ぶことしかできなかった。

試験で一緒に組むという作戦のことについてそこまで追い詰めてたなんて全く気付きもしなかったし、語るその言葉に、まだまだオレが知らない魔人族と人間族との陰湿な軋轢を垣間見たからだ。



「あんたと組むのは、やっぱりまずかったと思う。今日の件で、完全にオレは標的にされただろう。オレはそれが怖くてたまらないんだ」


ノヴァキは独り言のようにそう呟き、自分を抱くような仕草をする。

その体は、確かに震えていた。

その理不尽な恐怖に。



「違うよ。それをなくすためにオレたちは組むんだ。そんな事言われたら余計に組むんじゃなかったなんて言わせないよ。ノヴァキは、オレが守るもの」

「……無理だよ。あんたがいる所でボロを出すやつなんかいるわけない。現に、食堂の件だってたまたまあんたが足を運ぼうと思わなかったら、ああもうまくはいかなかったはずだ」


オレの本気の言葉を、いつもみないににべもなく否定するノヴァキ。

オレはその時ちょっとむっとしていただけで、俯いて隠れたノヴァキの表情が、ひどく傷ついたものであることなど、知る由もなかった。

オレが紡いだ言葉で彼がとても傷ついたことなんて、今のオレには分かりようもなかったんだ。

分からなかったからこそ、だったらずっと一緒にいればいい、なんて短絡的なことさえ思っていて。



「そもそも何故、食堂の件があんたたちに伝わらなかったと思う?」


それを口にしようとしたオレだったけれど。

明らかに今までの様相とは違う言葉に、口元まで出かかっていた言葉が霧散する。



「言わなかったからさ。……いや、言う資格なんてなかったんだ。それでとばっちりを受けた他種族の人たちには申し訳ないけど」

「どういう意味?」


言わなかったことってのは、食堂のことを含めた別棟による惨状のことだろう。

だが、続く資格がない、の意味が分からない。

だから素直に、そう問いかける。



「噂、前にも話しただろ? 魔人族はな、未だに諦めてないんだよ、この国を。人間族や魔精霊の暮らすユーライジアを壊し、乗っ取ろうとしているってことを」

「そんなの嘘でしょ?」

「……」


即座に否定。

だけそノヴァキは頷いても答えてもくれなかった。

それが、とても不安になる。



「ノヴァキやリシアに接したから分かるよ。オレたちと君たちは変わらない。そんな事をするような人たちには、到底思えないよ」


本気でそう思ったからそう言ったのに。

ノヴァキは笑った。

今までで一番に嫌な、哀れみのような目で。



「それはあんたが知らないだけさ。魔人族は上手いんだ。表面上笑顔であっても、それが事実とは限らない。さも仲のいいふりをして、本当は淡々とその命を狙っている……」


まるで自嘲。

それはあまりに真に迫っていて。

知らないというより考えもしなかったことだ。


だから。

オレはすごく動揺していたと思う。

ただ、視界が歪んでいた。



「資格ないって、そういうことなの? ひどい仕打ちを受けても仕方ないって、そう思う理由があるから、黙ってたってことなの?」


震えながらのオレの言葉に、ノヴァキはただ頷く。


「ノヴァキもそうなの? 違うよね? だってノヴァキは笑ってないじゃないか。オレにも分かるくらい辛そうだもん」

「だったらどうする? この国を……本当にあんたの命を狙っているとしたら」


それは、この場所でノヴァキが一度口にした言葉だ。

でもその顔に浮かぶのは、無理な笑顔だ。

言葉一つ一つを、苦労して発している。


それがほんとに辛そうだったから。

オレはその言葉に、半ば無意識のままに頷いていた。



「いいよ。それでノヴァキの辛いのが消えるのなら」


言った瞬間、視界が開けたような気がした。

それは本能に従った言葉だ。

口にしたことで明確に、それがオレの本意であることを自覚し、心が軽くなる。


大切な人をたくさん失って、悲しむくらいならいっそ。

ノヴァキの手にかかったほうがどれだけいいかって、本気でオレは思っていた。




「……ははは。馬鹿だな。あんたは手の施しようのない馬鹿だよ」


するとノヴァキは。

突然大声で笑い出した。

さっきの嫌なのじゃない、心底楽しそうな笑顔。

泣き笑いの表情。



「なんだよぉ。そんなこと分かってるよ。本当にそうな人にそんなこと言っちゃいけないんだぞ」


我ながら恥ずかしいことを口にしてしまったと、しみじみ思う。

こんなのまるで告白みたいじゃないか。

自分にはありえないことなのに、考えれば考えるほど確かに愚かでおかしくて。

初めはぶすくれていたオレも、つられるように笑顔になる。



「こんな大嘘本気で鵜呑みにしやがって」

「え? う、嘘なの……?」


それは、楽しくてたまらないという中の、突然のネタばらしだった。


「そりゃそうだろ。第一オレに国を乗っ取ったりとか、人を傷つけるなんて度胸があるように見えるのか?」


ついには腹を抱えて笑い出すノヴァキ。


「ええー。ひどすぎるよ……」


オレは呆然とするしかなかった。

今のがほんとにただオレを陥れるための大嘘だったのなら、それはノヴァキの演技力が相当なものであると証明されるだろう。

でもオレは、ノヴァキの語る言葉すべてが嘘というわけじゃないような気がしていた。


少なくとも、魔人族であることに負い目を感じて、オレの知りえないだろう迫害を受けても、それに対して何も言わず我慢していただろうことは紛れもない事実だろうし。

別棟の生徒たちが、魔人族に対してノヴァキが言うような危機感を持ち、警戒しているのは確かなんだろう。


「この前は返り討ちにしてやる、なんて言ってたのにな」

「だ、だって。何かほんとっぽかったんだもん」


だからつい本音を口にしてしまったなどとは口が裂けても言えないオレである。


「それにさ、オレなんかと組んじゃったせいでノヴァキの立場が悪くなりそうなのは、嘘じゃないんでしょ?」

「……ああ、まあな」


まだ笑いの種が残っているのか、さっきとは違い、何だかもうどうでもいいって感じだった。


「大丈夫なの?」

「問題ないさ。さすがに命まで取られるわけじゃないからな。そんな事したら人生終わるのはそっちのほうだし」


だからといってオレまでどうでもいい、というわけにはいかない。

ノヴァキの言う通り、オレはノヴァキの……魔人族さんたちの身に降りかかる現実というものを知らなかったから。

そんな急に楽観的になって大丈夫なのかなって思って聞いたら、返ってきたのはあんまり大丈夫じゃなさそうな、そんな言葉だった。


それは裏を返せば、死なない限りなんでもあり、みたいに聞こえる。

オレには想像しかできなかったけれど、想像だけでも青くなっていただろう。


会わないほうがいい。

そう言っていたのは、それをオレに知られないためだったんだろうか。


何度も言うが、もう知らないじゃ済まされないだろう。

どうすればそんな想像するだに恐ろしいひどい仕打ちがなくなるのか、考えてみる。



「……あ、そうだ」


考えてみると、天啓は意外とすぐそばに落っこちていた。

ノヴァキは、オレがいればひどいことはされない。

オレの前ではしない、そう言っていた。


ならばそれを、逆手に取ればいいのだ。



            (第29話につづく)






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