第27話、その色はわからないけれど、旗が立ってしまったから、見えるはずのものも見えず
それからすぐに休み時間を終える鐘がなって。
オレ自身が発したその言葉のおかげで、だいぶバタバタする一日を過ごしてしまった。
マイカに、あの瞬間張りぼてじゃない生徒会長が生まれたよ、なんて感激されたのを皮切りに。
時期悪く試験場所の下見をしていたルートに、なんで私はその場にいなかったのだ! なんて怒られたり。
ルレインに、今日の一件でカリス親衛隊(何でも、オレを崇める人たちの集まりらしい。ルレインもタインも参加してるって言っていた)の参加人数が倍増したぞ、なんで脅されたり。
同じクラスに転校することになたらしいキミテがおっかなくて嘆いていたサミィをなぐさめる?のに苦労したり。
自業自得と言えばまさにそうなんだろうけど。
それはそれは目まぐるしい一日になったと思う。
その中でも大きな収穫と言えば、意見箱の件を(やっぱりあの生徒たちが、ノヴァキのことを邪魔する形で壊したらしい)なかったことにする代わりに。
別棟の食堂の、あらゆる種族の出入りが自由になったことや、今週末の試験において、目論見通りに成績という平等も考慮して、オレがノヴァキと組むことが決まったことだった。
それに関しては、マイカやサミィを初めとするみんなに強く反対されたけど。
オレがそう口にしてしまった以上、責任を取る必要がある、なんてタインの素敵な助言のおかげで、何とか事なきを得て……。
現在オレは、あまりに事がうまく運びすぎて、うきうきのままにノヴァキやリシアの住む裏山の道を登っているところだった。
このままじゃ眠れないのも確かにあったけれど。
目論見の成功を、とにかくノヴァキと分かち合いたかったからだ。
「もう来ないと思ってたがな……」
それなのに。
当のノヴァキはむしろ前回来たときよりも冷たく、つれない言葉を返してきた。
前回はまさかだったから、だんだん悪くなってきている。
しかも、家から出てきたノヴァキは、オレと視線を合わせようともしてくれなかった。
「毎日来ていいって、言ったじゃん」
「毎日とは言ってない。……分かったよ。少し、歩こう」
だからどうにかしなくちゃって思って。事実と異なるオレの本心を口にすると。
何かを諦めたようにノヴァキは苦笑を浮かべ、『トランペット』を手に取ったノヴァキとともに、山の頂上へ向かうことにした。
「何で突然、もう来ないかも、なんて思ったのさ?」
鈴のような虫の音の中、のんびり歩を進めながらオレはそう問いかける。
ノヴァキは嫌かもしれないけど、ノヴァキに会い、その演奏を聴くのは、夜の日課だと、オレの中ではもう決めていた。
そりゃあ、流石毎日ってのは迷惑だってことは分かっているのだけど。
「あんたはそうやって簡単に聞くよな。一番嫌なことを。……分かってないだけ余計にたちが悪い」
「ご、ごめん」
「意味分かって謝ってるのか?」
「うっ」
何か怒られているような気がしたから謝ったら余計に怒られた。
ぐうの音も出なくなってオレが言葉を失っていると、ノヴァキはやっぱりなって顔して大きなため息をつく。
そして、相変わらず空を賑わす星たちを眺めるように夜空を見上げつつ、言った。
「情けなかったろ今日の俺。嫌なもの見せちまったよな。幻滅って言うか、減るようなものは最初からなかっただろうけど。できれば会いたくなかったよ、スクールでは」
しぼって吐き出すような声。
言われて、今日あったことを思い出してみる。
ノヴァキが言うようなことが、果たしてあったのかどうか。
「もしかして、来るとは思ってなかったって、今日あったことのせいなの?」
オレの言葉に頷くノヴァキ。
つまりノヴァキはこう思ったんだろう。
スクールでのノヴァキをオレが見て、ノヴァキに幻滅しただろうと。
興味を失っただろうと。
「確かに、情けないよ」
「……」
そんなの、冗談じゃない。
オレがそう言う見方をする人間だって思われるのは一向に構わなかったけど、ノヴァキは勘違いしている。
たった今も。
「同じ人間としてすごく情けないと思った。奇麗事を言うわけじゃないけどさ、正直あいつら殴ってやりたかったもん」
情けないのはオレたち人間族だ。
確かに、昔とも呼べない過去に、人間族は魔人族にひどい目に合わされてきたのかもしれない。
でも、全く抵抗しなかったわけじゃないだろう。
少なからずやられたらやり返したはずだ。
でもそれはどこにも救いはない。
悪循環となって繰り返すだけ。
ものを知らない人間族の甘い発言だと言われても。
被害者意識にかまけて八つ当たりするのは、ほんとに情けないと思った。
「聞いたよ。あの竜族の子を助けてあげたんでしょ? ノヴァキが情けないことなんてどこにもないじゃないか」
「だが、俺は何もできなかった。囲まれて囃し立てられて、震えてるだけだった。……それどころか、あんたたちにまで迷惑をかけた」
ノヴァキは手はず通り、意見箱に試験についての意見書を投函するつもりだったらしい。
だが、意見箱は、ノヴァキたちが入ることを禁止されていた場所にあった。
そこにはその事実をオレが知らなかったことにも責任の一端はあるわけだが。
実はノヴァキと同じクラスだという竜族の少女も、ノヴァキとは別口で意見書を投函するつもりだったらしい。
内容はそう、食堂を初めとする施設利用の自由化だ。
勇気を出して別棟の内情を暴こうと意見書を投函しようとして、少女はあの四人組に捕まった。
四人組は珍しい相手へのからかいとナンパの意味合いもあったそうだが、すぐに意見書の存在に気付かれてしまった。
現状がバレてはまずいと破壊される意見箱。
そこにちょうど同じ目的でやってきたノヴァキが現れて、割って入ったのだという。
それらは、キミテのスクール内見学に付き合っていたマイカたちがたまたまその場にいて、一部始終を教えてくれたことだ。
ノヴァキに先を越され、そこから様子見を決め込んでいたのは、いいやら悪いやらだったけど。
「食堂に行く事だって、ダメだって言われてて、勇気がいることだったんでしょう? それなのにノヴァキは彼女を助けた。誰よりも早く。それはなかなかできないことだと思うよ?」
かっこいい、とすら思う。
まるでおとぎ話の中だけに存在する勇者みたいだと。
話を聞いたとき思ったのは、子供っぽくて恥ずかしいから内緒だ。
それでもすごいを伝えたくて、幻滅なんてとんでもないって伝えたくてそう言うと。
ノヴァキはそんなんじゃない、とばかりに首を振る。
「違う、俺は別に彼女を助けたわけじゃない。焦ってたんだ、意見箱を壊されて、怖かったんだ。あの意見書が届かないと思うと、気が気じゃなかった。オレがとんでもないことをしたって気付いたときにはもう、手遅れだったんだ。あんな人間族に逆らうような真似をして、オレは明日からどう過ごせばいいんだって、ただ震えてたんだ」
「ノヴァキ……」
いつの間にやら頂上にたどり着いて。
吐露されるノヴァキの心情に、オレはその名を呼ぶことしかできなかった。
試験で一緒に組むという作戦のことについてそこまで追い詰めてたなんて全く気付きもしなかったし、語るその言葉に、まだまだオレが知らない魔人族と人間族との陰湿な軋轢を垣間見たからだ。
「あんたと組むのは、やっぱりまずかったと思う。今日の件で、完全にオレは標的にされただろう。オレはそれが怖くてたまらないんだ」
ノヴァキは独り言のようにそう呟き、自分を抱くような仕草をする。
その体は、確かに震えていた。
その理不尽な恐怖に。
(第28話につづく)
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