第26話、スクールでの頂点であることを思い出して、カンペのもとそのふりをしてみる



前方……人垣の中心でのどよめき。

タインの背中にくっつくようにしてそちらを見ると、体格だけならたぶんオレの見立てでは一番だろう大男が、四人の生徒とノヴァキに間に割って入るように倒れているのが分かった。


よくみると、それは新しい特別クラスの制服を着たキミテだ。

何でそんな所で転がってんだろうと視線を彷徨わせると、オレみたいに人の背に隠れるようにしていたマイカがそこにいた。

隠れている相手はルコナだ。

二人ともすぐにオレたちに気付き、小さく手を振っている。


マイカは実にぢゃあくな笑顔だ。

あれは本気で怒っている時の顔であると同時に、何かをたくらんでる顔でもある。


これはあくまで予想だけど、マイカはキミテのことを蹴倒しでもしたのだろう。

オレと同じように、この場をどうにかするために。



「……」

「な、なんだお前は! と、特別クラスのヤツがこんな場所に何の用だ!」


ゆらりと起き上がる巨体。

無言の威圧でマイカを睨んでいる。

それは中々の迫力で、四人の生徒たちは早くも怯んでいた。

驚きおののいているのはノヴァキも同じだ。


……まぁ、気持ちは分かる。

オレの、二倍、三倍はあるような体躯だ。

一体何食ったらあんなにでかくなれるんだろうって感じだからだ。



「……一部始終を見ていた。この決闘は不当だ。どう見てもお前たちが悪い」

「な、何だとっ!」


威圧感は変わらずの……だけど何故か棒読みのようにも聞こえる言葉。

よくよく見てみるとマイカがなにやら台詞を描いた紙を、キミテに見せていた。

それに、オレたちの側から見ている人たちは当然気付いただろう。

どよめきにいくつもの失笑が混じったが、当人たちは気付いていないらしい。

キミテと言う突然の闖入者に、ただただ圧倒されている。


「ちぇ、先越されたよ」

「はいは~いっと。お高くとまった特別クラスのものが来ましたよー」

「……っ」


そこへ時期よく、ルレインとタインが割って入る。

ノヴァキはそれに目を見開いて驚いていた。

それは、マイカたちやキミテを除く全てのものがそうだっただろう。


いずれは世界を救う英雄『ステューデンツ』になる。

そう呼ばれ続けてきた猛者たちだからだ。


「な、何であんたたちがここに……」

「いやあ、意見箱に用があったんですけどね。いざやって来たらそれを壊した張本人たちが決闘だなんて面白いことやってるじゃないですか」

「……っ」


意見箱を壊したのが四人の生徒たちであると断定しながらも、軽い口調でタインが言う。

それに対して四人の生徒たちの反論はない。

それは肯定を意味するのだろう。

これだけ目撃者がいるのだから嘘をつくのは不可能だって判断したのかもしれない。



「四対二じゃ格好つかねえだろ、オレたちこっちにつくからよ」


さらにルレインが、満面の笑顔でキミテとノヴァキの肩に手を置き、そう言った。

それは、正式に決闘に参戦する、そんな意味合いがあったんだろう。

さらにどよめく群集。



「そ、そんなっ。く、くそっ、魔人族のくせにっ、うまくやりやがって」

「やれやれ、相手が叶わぬものと察したとたんにそれか」


腰が引け強がる四人の生徒たち。

その逆恨みの何物でもない悪意は、ノヴァキただ一人に向けられていた。

タインが呆れたようにため息をつく。

ちょっとまずい方向に話が動いてるなって、そう思った。


キミテやノヴァキの実力は未知数だけど、決闘の勝敗は火を見るより明らかだろう。

決闘という名目で一方的にノヴァキの事を傷つけたいだけの彼らは、こんな展開になるなど予想もしていなかったに違いない。


周りの群集を巻き込もうと周囲を見渡すが、群集は所詮傍観者だ。

先程までは味方のように見えた彼らは、まさしく他人事であるかのように、一瞬で冷たい顔を作る。


これでは晒し者になるのは、彼らのほうだろう。

個人的には何だか物凄くムカつくから別にそれでもいいんだけど、その後が怖い気がした。


黒く汚い感情が、全てノヴァキにぶつけられるような気がして。

そう思い、ノヴァキのほうを見ると。

今の状況にただ戸惑っている、そんな風に見えた。


震えているのは、これからの事を考えていたからなのかもしれない。

その四人の生徒だけじゃない。

別棟の生徒たとの、魔人族たちに対する嫌悪感は、ノヴァキが話してくれたそれ以上に根が深いような気がする。


この場は、確かになんとかなるだろうけれど。

その後の事を考えるとそれじゃ駄目のような気がして……。



「あっ」


そこで初めて、まともにノヴァキと目があった。

驚き、だけどそれ以上に別の感情が、彼の琥珀の瞳を占めている。


それは、なんだろう。

悲しみのようにも見えるけど少し違う。

でも、何だか凄く傷ついているような気がして。


オレは目を離せなくなる。

その答えを求めようとして。



それは、言うほど長い時間ではなかったんだろうけど。

周りを気にせずにいたのは結構問題だったらしい。

いつの間にやらオレは、群集の内側に弾き出されていて。

そこにいる全員の注目を浴びていた。



「せ、生徒会長っ……!」


初めにオレを明確に示したのは。

皮肉にも四人の生徒、その中心人物らしき少年だった。

それが波紋となって広がるように、言葉として具現しない音がぶつけられる。

いらいらと心が沸騰してくるから、あえて耳に入れてないものもあったけれど。



「……出てくるなって言ってたのによ」


呆れ返ってどうしようもないルレインの苦笑交じりの言葉が、かろうじてオレの意識を繋ぐ。

改めて我に返って、今自分の置かれている状況を把握した、といってもいいかもしれない。


内心でおたおた慌てるオレに、いつの間にやら雑音は消え、静寂がその場を支配する。

それはつまるところ、オレの言葉を待っているからなんだろう。

わざわざ出てきたのなら、きっと言うことがあるに違いない。

周りの視線はそれを如実に物語っていて。



どうしよう、どうしよう。

そう思って視線を彷徨わせていると、何だか恥ずかしがってるルコナの姿が目に入った。


なんだろって思ってよく見てみると、マイカがオレに向かって……なるべく他の人にバレぬように、ルコナのロングスカートの下から手書きの台詞を出しているのが分かった。


一見ふざけているようにも見えるけど、マイカは紛れもなく本気なのだ。

いつも生徒会の頭脳役を務めてくれている副会長のその助言に一つ頷き、初心者のキミテよりは感情がこもってるだろうことを祈りつつ、完璧な生徒会長……そんな自分を演じ、言葉を紡ぐ。



「嘆かわしいことです。私は知りませんでした。ふたつの棟の生徒たちの間に、このような隔たりがあったということを。種族が違えど、平等に生きる。それが我が校の信念である。そう思っていたのは私だけだったのでしょうか……」


どうやらマイカとしては、オレと言う鶴を使って、今の事態が起きたその根本を断つ気らしい。

悪くない案だとは思うけど、心中の本当のオレとしては、こんな事言ったくらいでお互いのしこりがこの場でなくなるとは思えなかった。

オレが、そう思い込んでいるだけなのかもしれないけど……。



「悲しい過去があるからこそ、私たちは争ってはならないのです。争いは何も生み出しません。今ここで、誓ってください。カリス・カムラルの名の元に。ここにいる皆が手を取り合って共に生きていくことを……」


そこまでマイカの台本を読み上げて、オレははっと我に返る。

なんて言えばいいのか、色々と突っ込み所満載だった。


オレに誓ってどうするって感じだし、名前も間違ってるし、そんな言葉だけで世界がまかり通るなら世話はないというかありえないというか……。


そんな表と裏で真逆なことを考えていると、再びノヴァキと目が合う。

というか、みんなオレを見てるわけだからオレのほうが彼のことを見たんだけど……なんで言えばいいのか、ノヴァキはぽかんと呆気に取られた顔をしていた。


たぶんきっと、夜の時の自分と、それこそありえないくらい違うオレに呆れてるんだろう。

それを意識すると、途端にノヴァキの視線が気になって。

慌ててオレは視線を逸らした。


似合わなすぎのすました言葉が、恥ずかしかったっていうのが一番の理由だけど。

そのままマイカのほうに視線を向けると、以上だと言わんばかりに満足げにううむうむと頷いていた。


この状態でどうやって締めろって言うんだろう?

全くなんの解決にもなっていないじゃないか。

オレはそう思って……その瞬間、ある一つの天啓が降りてくる。



「……なんて言葉ですめば、それはそれでとてもよいことなのでしょうけど」


けどを強調して、オレは微笑み浮かべ辺りを見回す。

マイカが焦ったような顔をしていたが、オレは構わずに言葉を続けた。



「何事もまずは一歩です。ちょうど今週末に試験があります。すでに誰かと組んでしまった方もいらっしゃるのかもしれませんけど、ここは一度種族やクラスの垣根を越えてみませんか? 試験という同じ苦難を乗り越えれば、お互いの知らなかった新たな発見があるやもしれません」


閃いた、その案を。

もともとそうするつもりだったのだから。

むしろこの状況は渡りに船で。



「どうでしょう?」


異存なければ、今から生徒会を通してそれを実行に移す。

そう言って、その瞬間だけはしてやったりな笑顔。


それが功を奏したのかなんなのか。

その場に、オレの言葉に首を振るものはいなかったのだった……。



            (第27話につづく)






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