第25話、知らなかった現実を知って、ただただまっすぐに燃える




そんなこんなでたどり着いた、図書館以外訪れたことのなかった別棟は。

しかしオレの知るものとは様相が異なっていた。



「何か静かだな、いつもならカリスが来れば騒ぎになるのに」

「うう。また気にしてることを……」


さっきのをまだ根に持ってるのか、低いタインの呟きが聞こえる。

だが確かに、朝の登校風景からも分かるように、オレが別棟に訪れると、ちょっとした騒ぎになる。


とはいっても、めいめい休み時間を過ごしている生徒たちが、珍しいものでもやってきたみたいに遠巻きで眺めてるって感じではあるけど。



「誰かが決闘してるんじゃねえの? 人いないし、こっちの棟ではよくある話だって聞いたが」


オレと同じでこっちの事をあまりよく知らないらしい留学生のルレインは、辺りを不躾に見回しつつ、興味津々でそんな事を言う。


「ふむ。だとすると当然あのお方もでしゃばってるのかな。面倒臭いことにならなければいいけど」


タインの言うあの方ってのはルートのことだろう。

本気で面倒臭そうな顔をしている。


「だったらここで引き返すか。カリスのお守りはオレに任せとけ」

「抜かせ、ですよ」

「お守りって、もっといい言い方はないのかなぁ」


しかし、そんな落ち込んだタインのやる気をすぐに復活させるルレイン。

まだお互いの付き合いはそう長くないはずなのに流石だ、なんて思う。


本当の友達って感じだ。

そこでオレをダシに使わなければもっとよかったんだけど。



そんなわけで改めて。

オレたちは意見箱のあるという別棟用の食堂へと向かったわけだが。

別棟にやってきてからの違和感に対するルレインの予測は、当たっていたらしい。


何とも運悪くオレたちが向かいたい場所……意見箱ある場所を中心に、お昼でもないのに人垣ができていた。

そのうちの後ろのほうにいる人に何事かと声をかけようとすると。



「カリスはここで待っていてください。ちょっと聞いています」


一つため息をついた後、タインにぴしゃりとそう言われて。

もの扱うみたいにルレインに手渡されて。

オレは何とも不満な待ちぼうけを食らわされた。


しかし、そんなタインは人垣の方に足を向け、一言二言話した後、すぐにオレたちの元へと戻ってくる。



「あの方もいないし、決闘までは至ってないようですけど、揉め事なのは確かなようですね。人間族が四人に対して、魔人族と竜族の組み合わせのようですが……珍しいこともあるものですね。魔人族が人間族に盾突くなんて」

「珍しいことなのか?」

「……ええ。魔人族は大抵のものが人間族に負い目を感じているんです。それをいい事に、別棟の人間族による魔人族への憂さ晴らしは日常茶飯事だそうで。基本的に魔人族はそれを黙って受け入れてる。でも今日は、そうじゃないみたいですね。よっぽど腹に据えかねることでもあったんでしょうか。それで珍しくてみなさん集まってるみたいですよ」


何気なく聞いたルレインの問いかけ。

それに対するタインの言葉は随分と饒舌だった。


でもそれ以上に、初めて明確に聞かされた魔人族たちの現実に、オレはひどい衝撃を受けていた。

当然、そんな事ノヴァキやリシアからは聞いていない。


……いや、言いたくても言えなかったかもしれない。

人間族に負い目を感じてるっていう部分は、確かにノヴァキも口にしていたけど。

だからといって、憂さ晴らし……タインは曖昧に濁したんだろうけど、そんなひどいことをやっていい理由にはならないだろう。


日常茶飯事、だって?

信じられなかったそれが当然になってしまっているのも、誰も止めようとしないのも。



「ルレインっ、肩車してくれっ! オレの背じゃ見えないっ!」

「あ? ……お、おう」


しぶしぶと言った感じで頷くルレインに、取り付く勢いでその背に乗る。

そして、ルレインの肩に陣取って、かろうじて見えたのは。

魔人族という言葉を聞いた時点で想像していた、最悪のものだった。



四人の人間族の生徒……顔に見覚えはない。

相対するのは、長い緑の髪の竜族の少女の、こちらも見覚えのない女の子と、彼女を庇うようにして立つ、ノヴァキの姿だった。


人より長く、エルフ族よりも尖った耳、青白い肌、桜色の長髪。

スクールの制服姿。

強く燃える琥珀の瞳。

明るい場所で始めてみるノヴァキの姿だ。


だが、それによる感慨は、座り込んだ竜族の少女と、そこに散乱している意見箱の惨状により、全てが吹き飛んだ。



「ほう、それはつまりオレさまたちと決闘するってことでいいんだよなぁ。今ここで」

「……っ、彼女は関係ない、巻き込むな」


かみ合わない会話。

でも、ノヴァキは随分と余裕がないってことが手に取るように分かった。

その声は震え搾り出すよううで、無理してそこにいるのがよく分かって。

見ているだけで視界がかっと白くなる。



「分かってるさぁ、ほら早くどこかへ行け、お前に用はない」

「……っ!」


四人のまとめ役らしいその少年は、しっしと手を振り払う仕草をする。

竜族の少女は視線を彷徨わせていたが、やがて何も言わずにその場から逃げ出していく。



「ははは、残念だったな、騎士気取りが台無しだ。それで? 魔人族の糞野郎が、人間様の食堂に何の用だよ。お高くとまってるやつらに何をチクる気だ? 言ってみろ、そうしたら半殺しで済ましてやる」

「お前らに……関係、ない」


ぎゅっと拳を握り締めるノヴァキ。

その手の中に、例の手紙があるんだろう。

俯いたままのノヴァキは。しかし頑なだった。

知らず知らずのうちに、オレも拳を握り返していて。



「いい度胸だ。二度と反抗する気も起きないくらいに成敗してやるよ」


その言葉が、どうやら決闘の合図らしい。



「……品性のカケラもないな」


冷えた、タインの呟きが聞こえる。

止めるものは今のところいない。

それどころか、人垣はその品性のカケラもないほうを煽り、応援している節さえある。


とん、と肩を叩くようにしてルレインの背から降り立ったオレは、委細承知した、とばかりに歩き出した。

周りの群集がオレに気付いて道を開けるのが分かる。

ちょうどいい、こんな決闘思い切りぶち壊してやろう。

そう思った。



「ちょい待ち。その手の炎はなんだ。そんなの放ったらここら一体焦土と化すぞ」


それを長いルレインの手で止められる。

言われた手のひらを見つめると、そこにはいつの間にやら魔力の炎があった。

無意識のままに怒りが具現化するとは、どうやらオレは思った以上にキレているらしい。

それを自覚すると、周りの群集が一層割れるのを感じて。

それでもまだ、壁の向こうは見えない。

背丈のないじぶんを恨めしく思い、オレは残りの壁を突貫しようと……。



「だから待てって。カリスが出たら国際問題に発展するだろ。ここはオレたちに任せとけって。多対一ってのは公正じゃないしな」

「生徒会の所有物の破壊……それだけでも十分出て行く理由はありますしね。加えて、女性を傷つけるような輩は、世界の敵です」


思ったら、見上げるほど高い二人の男(オレが低いだけなんだろうけど)が、何だかオレこそが諸悪の根源みたいに通せんぼする。

文句を言ってどかそうとしたけど、そういう二人はどうやらオレの味方らしい。

確かに、もう既にオレがいることで新たな騒ぎが起こっている。


ノヴァキを助けたいのは山々だけど、夜に接触禁止を固く言いつけられている。

自分はよくてもノヴァキに迷惑はかけたくないし、二人に任せておけば大丈夫だろう。

表情は不満げだっただろうが、とりあえずは状況を見守ることにして。



そんなオレに、やれやれとため息をつきつつ。

二人が人垣を割って出て行こうとして……それは起こった。



             (第26話につづく)






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