第22話、密かにずっと想っていた望みが、現実のものとして



そうして、さらにきつくなる山道、笑顔の中にあるものの理由を探し求めて心ここにあらずの気分で歩いていると、ちょうど靴の先くらいの大きさの何かに躓いて、転びそうになった所で我に返った。



「……あれ? これ、どこかで見たような」


草が丸まっていたわけでも、石にけつまずいたのとも違う。

よくよく見てみると、それは腕輪だった。

材質はおそらく、魔力をためるのに適した魔法金か何かだろう。

金色を下地に、赤の……古代文字が使われている。



「『SOUL(ソウル)』、か」


どこでそれを見たのか。

それにはすぐに思い当たることができた。

半ば義務と化した、生きるために……あるいは趣味として読んでいた魔法書、ではなく。


ノヴァキやリシアのように語ることもできない、オレの心内だけの夢を、心内だけで叶えるために読んでいた、古い歴史書に載っていた言葉だ。


何でも、人は死ぬことで形のない、生まれたての魔精霊と同じような状態になるらしい。

『SOUL』……魂と呼ばれるそれは、一度神の世界に運ばれた後、他の肉体に宿り、他の存在として生まれ変わる。

そんなような事が書かれていたはずだ。


スクールにある図書館の、貸し出し禁止図書。

普通なら知ることはないだろうその知識に、オレはいろいろと想像を巡らせていたから、その言葉を覚えていた。



「う~ん、これリシアが落としたのかな。つがいのやつがあるみたいだし」


以外と重いそれを両手で持ち上げさらに観察していると、細い金ぴかの金具と鎖がついているのが分かった。

それは脆いものなのか、半ばのところで千切れており、だらんとしている。



「何かのマジックアイテムなんだろうな、届けてあげなくちゃ」


仮に二つで一つのものならば、無くて困っているかもしれない。

そう思い、足を進めようとして。



「え……っ?」


初めに感じたのは、身体の重さだった。

腕輪を見やれば、それは赤く鈍い光を放っている。

オレから何かが流れ込むように。


「うわぁっ?」


そして、それがオレ自身の魔力であることに気付いた時。

いきなり視界がぐるぐるになり捩れ、色彩がごちゃ混ぜになり、戻る。

いや、戻ってなどいなかった。


そこは知らない場所だ。

大きさはノヴァキの家に近いだろうか。

だが、その半分は女性らしい雰囲気を醸し出している、そんな部屋で。

ふいに香るのは、金属の錆びたような匂いだ。

オレの知らない匂い。


ごとっ。

ここはどこだ? と口にしようとした瞬間、視界が暗くなって。

……それが自分の瞼の裏であることに気付いたとき。

目を開ければ、腕輪を最初に見つけた場所へと戻っていた。



「今のは……」


目線を下げれば、そこにあるのはもう光らない金色の腕輪。

匂いがしたということは、あれはここに立っていたオレが見た幻ではない、そんな気がした。

近くに、今さっき感じた金属の匂いは……。


「あった!」


風上、オレがこれから目指そうとしていた場所に。

気付けばオレは走っていた。

腕輪を直接手で触れぬようにマントで包み、一目散に。

何故ならオレは、確信めいた思いを描いていたからだ。

オレの予想が正しければ、この腕輪は。

このマジックアイテムの効力は……。



「リシア、起きてる? 夜分遅くにごめん! オレだよ、よるの……じゃなかった、カリウス!」

「カリウス? ……あ、ちょっと待ってて!」


逸る気持ちを抑えつつ山道を登った先にあった、半分がブリキでできた灰色の扉を叩くと、案の定まだ起きていたのか、すぐに驚いたようなリシアの声がする。

自分を落ち着かせるように深呼吸しながらリシアの事を待っていると、すぐにその扉が開かれ、何かに驚き戸惑っていた風のリシアと目が合った。



「なんだい、律儀だねぇ。カリウスも。まさか今日の今日で遊びに来てくれるとは思わなかったわよ」


だがそれも、すぐに笑顔に変わる。

オレはそれに一つ頷くと、マントに包んでいた腕輪を差し出した。


「さっき、これを道端で拾ったんだ。たぶんリシアが落としたんだろうなって思って、届けに来たんだよ」


そう言って手渡そうとしたけど、リシアは何かを怖がるみたいにそれを手に取ろうとしない。


やっぱり。

そう思いオレはリシアの家の中を見渡す。

そこには、今さっき見たばかりの光景が広がっていて。

ついさっきまでリシアがいただろう場所には、青い文字の書かれた……それ以外は全く同じ腕輪が転がっていた。



「……リシア、あのさ。ちょっと変なこと聞くかもしれないけどいいかな。今さっきこの腕輪を手に取ったら、この部屋が見えたんだけど」

「嘘、カリウスも? ワタシもだよ! あれを手に取ってさ、片方ないやって思ったら何か光って、山の道が見えたの」


どうやらオレたちは、同じ体験をしてたらしい。

ついて出たお互いの言葉にひとしきり驚いた後、オレはまたしても夜のお茶会に招待されることになった。

そこには、その腕輪が一体どういうものなのか、どういう経緯で手に入れたのか、オレ自身が知りたかったから、なんてオレ個人の希望もあったけれど。




「いやね、ワタシってガラクタっていうか人様がいらなくなったものや使わなくなったものを集めるのが趣味みたいなもんでさ。これは元町の占い屋のおばばにもらったのよ。『お前みたいなのにやれるもんなんかないわ』って文句言ってたんだけどさ、それでも粘ったらこれくれたんだ」

「ああ、あのおばあさんか。知ってる。『お主はやがて世の魔法使いの憧れとなる、伝説の魔導師になるじゃろう』なんて大嘘言われてさ。しょんぼりして帰ってきたの覚えてるし」


オレが母さんの後を継ぐのは確かな事実だ。

可愛い生徒たちに時には厳しく、愛を持って魔法を教えるなんてのには憧れるけど、それは夢にもならない空論だ。

その時のことを思い出して(実はかなりのお金を取られた)気分を下降させていると、リシアは首をかしげて言葉を続ける。


「嘘って決め付けてるのね。まぁ、本人がそう思うなら別にいいけど。おばばって結構胡散臭いところあるしね。そうそう、その後に続いた言葉なんてひどいのよ。『どうせ鎖が千切れて使い物にならないから』なんて言ってさ」

「ああ、やっぱり壊れてるんだ……」


落胆は正直隠せなかったが、しかしそれより気になるのは、青文字で書かれた……おそらくは赤い文字と何か関連があるのだろう、古代文字だった。


「【CHANGE(チェンジ)】かぁ」

「ええと、変化、転機、変ずる、そんな意味だったっけ。こっちのソウル?は確か魔精霊の幼生を表わす言葉だったかしら」


オレがますますの確信を強めてそう呟くと、前に言っていた通りそれが読めるらしいリシアが、その意味まで教えてくれた。


「何だ、カリウスだって古代文字読めるんじゃん」

「たまたまだよ。たまたま知ってた単語だったんだ」

「ふ~ん? 何かカリウスて勉強できそうだもんねえ。あくまでその仮面越しでだけど」


とっさにオレが誤魔化すようにして笑うと、リシアはそれで納得したのか、お恐る恐る腕輪をつついている。


「でさ、結局これってなんなのかな? さっきのって」

「おばあさんからは何か聞かなかったの?」

「んにゃ、壊れてるんじゃ使えないんだなーって思って特には。溶かして鉄の馬車の部品にでも使おうかなって思ってたし」


確かに、この腕輪に使われている魔法金は、魔力を貯めることのできる特殊な金属なので、材料としてもなかなかの値打ちだろう。

リシアは、最初からそのつもりで貰ったに違いない。



「さっきさ、リシアここに立ってたんだよね?」


オレはさっき腕輪に触れたことで見えた光景をなぞるようにして席を立ち、そう言う。


「ええ、そうね」

「つまりこれってさ、お互いの視点を変えることのできるマジックアイテムってことだよね?」

「言われてみればそうかもしれないけどさ。それっておかしくない? だってこれ壊れてるのよ? 鎖切れてるし。ってゆうかぶっちゃけ元々は鎖で繋がってたわけだから、仮にカリウスが言うようなことができたとしても意味なくない? 隣にいるわけだしさ」


リシアはおそらく、このマジックアイテムの利点を考えたのだろう。

古代文字が蔓延していた大昔の遺物とも言われるマジックアイテム。

ぶっちゃけなんでもありで、何が起こってもおかしくないものも多々あるという。

この場合、遠くにいてもお互いの場所が分かる、といったところだろうか。

確かに鎖が繋がっていれば意味がないように思えるし、逆に言えば壊れてるからこそ、あんな事が起こった、とも言えなくもなかった。


「それはほら、隣にいる人を介して客観的に自分を見るためとか?」

「何か微妙じゃない、それって?」

「う~ん、何せ昔の人が考えたことだからなぁ……」


お互いの魂の交換。

本当はオレは、この腕輪がなんのためにあるのか、もう一つの可能性に気付いていた。

いや、期待していた、といってもいいのかもしれない。

自分勝手な、願ってはならない夢。

それが叶うかもしれない、そんな独りよがりな思いだけでオレは、それを口にすることはなかった。

リシアに対し、嘘ついて騙している。

そんな感覚がオレを苛んだけど、あえてそれは無視する。



「それで、この腕輪、どうするの?」


その代わりに伺うように、オレはそんな事を口にした。

ここで潰して溶かして材料に使うとリシアが言うならそれはそれで構わなかった。


それは元々リシアがもらったものだ。

リシアの発明品のために生まれ変わるというならオレにそれを止める権利はなかったから。


「うーん、この文字を削っちゃえばただの魔法金になるかもだけど、それはあくまで現代の理論だしなぁ。爆発とかしたら困るし、しかも触れただけで効果発揮するでしょ? 何か危ないしな、壊れてるし、捨てちゃおうかな」

「じゃ、じゃあ、オレにくれない? リシアの発明を手伝う、そのお駄賃代わりにさ!」


好機だと、オレは思った。

リシアがいらないのならば。捨てるのならば。

オレが貰っても構わないだろうと。

思わず勢い込んでそう言うと、リシアはちょっと戸惑ってみせて。


「それなりの報酬は支払うつもりでいたから、それはむしろこっちが願ったり叶ったりだけどさ……一体何に使うの? こんなもの」


少しあからさますぎたらしい。

何かあると思ったのか、訝しげにそう聞いてくる。



「一回体験してみたかったんだ。他の人の生活」


夜だけじゃない、真の自由ってやつを。

それこそが、オレの心内だけにある本当の夢の一端だった。

あっさりと口からついて出たオレの本音。

それを口にする価値があると思ったし、姿、正体を隠しているのにその上さらに嘘を重ねるなんて、友達になってくれたリシアに対して申し訳なかったからだ。


「ふふ、まるでどこかの王様みたいな台詞ね?」

「え? いや、その……」


正体を隠す気があるのか。

さっきそう言われたばかりなのに、リシアの楽しそうな笑顔は、如実にオレの迂闊さを象徴していた。


べつに王様じゃないけど、正体を知ったらみんなに公言するといってはばからない彼女に対して正体を明かすのは自分勝手ながらさすがに抵抗がある。

困ってただまごまごしていると、しかしその笑みは柔らかなものに変わり、リシアは代わりに言葉を紡いだ。



「まぁ、いいわ。ワタシにも悪い話じゃないどころかかえって悪いくらいだし、それで手を打ちましょう」

「ありがとう、リシア!」

「いやいや。まっすぐねえ、あんたは」


抱きつく勢いで喜びを露わにするオレに。

照れて苦笑を浮かべているリシアがいて。


オレは無性に浮かれていたと思う。

そのまま、いつの間にか空が明らんでいたことに仰天するくらいには、時間を忘れていた。


だって、すごく嬉しかったからだ。

ノヴァキもリシアもいい人で。

種族なんて関係ない、そう思ったからだ。



それなのに。

オレは次の日、今まで知ることのなかった現実に、打ちのめされる羽目になる。



             (第23話に続く)






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