第21話、無自覚生徒会長は、芽生え始めたそれに戸惑う
「大層な自信だな。……そうだな、うん。その時はいっそのこと、ひと思いに殺してくれ」
「やだよっ。そんなの」
間髪置かずの、諦観のこもった、ノヴァキの言葉。
危ないから近寄ってはいけない、そんな危険色のようなやり取りは、まだ続いているらしい。
オレはそれに仮面の奥で舌を出しつつ、言下に否定する。
それは本意だった。
偉そうなことを口にしていたけど、ノヴァキが言うような妄想めいたことが起こったとしたら、多分オレは何もできないだろうと言う確信。
「で? 結局理由は? 実際オレと組んでいいことなんてないかもだけど」
それは、想像するもありえないことだったから。
その妄想を打ち消すように、オレは再度問いかける。
「……そこまで徹底してると、呆れを通り越して驚きだな。普通頂点に立つ奴ってのは自分の価値を肯定し自慢したがるものと思っていたが……いや、気付いてないのか? それこそまさかだが」
何だか、もう癖みたいになってる、ノヴァキのため息。
その後はぶつぶつ言っててよく聞こえなかったけど、どうやらオレはノヴァキにとって驚くべき人物らしい。
それがいいのか悪いのかは、正直微妙だった。
思ったより嫌われている風でないのは、せめてもの救いだったけれど。
「……カムラル家の土地に、カムラル教会って名前の建物があるだろう? あの、とてつもなく大きな舞台のある」
ふいにというか、ようやくノヴァキは理由を口にしてくれる。
オレがそれに相槌を打つと、ノヴァキはさらに言葉を続けた。
「今度の祭の『音楽会』で、そこに立つのが夢なんだ。俺の『トランペット』とともにさ。人間族や魔精霊なら誰でも参加が認められてるけど、魔人族はまだ認められていない。……だからそのための下地作りさ。そこの子と仲良くなって魔人族の地位を確立する。同じ人間だって認めてもらって、参加資格を勝ち取りたいってあの時思った。それが理由だよ。魔人族らしい中々な企みだろう?」
「お、おう。お主も悪よのう……じゃなかった、それを本人の前で言っちゃう時点で企みも何もないと思うけどな」
そんな事なら今すぐにでも、なんてオレだったけど。
それはすんでのところで思いとどまった。
何故かは分からない。
ノヴァキの語るその夢を、軽いものにしたくなかったからなのかもしれないし、その夢を一歩一歩叶える様を、見たかったからなのかもしれなかった。
向けられる笑顔が眩しくて直視できない。
それは、オレにできないことができる、夢を持つことができるノヴァキが心底羨ましかったせいもあるだろうけど。
「……って待てよ? その理由はよく分かったけどさ、そしたら試験で一緒に組むって話はどうするんだ?」
仲良くする気持ちは同じで嬉しかったけど、当面の問題はそこだろう。
内心では罪を憎んでというか、別にノヴァキが首謀者じゃないんだから、ノヴァキの夢のためにもたまたまスクールで知り合って友達になった案を推したいんだけど。
「……ああ、ようやく本題に入ったか。それなんだけどな、あんたにちょっとやってみたいたいことがあるんだ」
「やってもらいたいこと? 何かいい案あるの?」
ちゃんとノヴァキも考えていてくれたらしい、オレの反芻に頷き、言葉を続ける。
「試験の公平を期すためというのが大義名分なんだが、実技と教養での成績付けをされているわけだし、それぞれの組の実力が平均的にすべきだって主張をするんだ。簡単に言えば、一番上の成績のあんたと、一番下の俺みたいにさ」
「ええっ、そうなの?」
「悪かったな。どうせどうしようもない馬鹿だよ」
「違う違う。そうじゃなく、オレって一番だったの?」
確か教養の一番はルッキーで、実技の一番はルートだったような気がしたけど。
「嫌味か? ……だからあんたは生徒会長なんだろう?」
「ううむ」
ジト目のノヴァキに唸るオレ。
ノヴァキが最下位なことに(まったくもってそうは思えなかったから)驚いたことも確かにあったけど。
アルに頼まれてなんとなくで仕事してたなんてとてもじゃないが言えそうもない雰囲気だったからだ。
「……まぁ、いい。それにあたっての問題は一つだ。普通なら一番上のやつが一番下のやつと組むなんて嫌なはずなんだ。だがあんたは相当おかしいことが、今日の言動で嫌というほど理解させられた。そんなあんたなら、この案にしぶったりしないだろう?」
「なんか引っかかる言い方だけど、まぁ、そうかな」
むしろ、最初に言われた時点でオレの中では確定事項だったわけだが。
そこまでして変変言われると、さすがにオレでも堪えてくる。
むすっとしてそう答えると、ノヴァキは苦笑して。
「そこで俺は生徒会の『意見箱』にその旨を書いたものを投書する。そしてそれをなんとか議会に上げてもらい、あんたにまずそれを当然のように嫌がるんだ。だがそれをあえて採用して、度量のある素晴らしい生徒会長を主張する。……そうすればあんたの格も上がり、オレの夢も一歩近付く」
得意げに、だけど自分に言い聞かせるみたいにして、そう言った。
「ほほう、よくそんなこと思いつくなぁ。本当に成績最下位なの? もしかしてそれもそのための布石なんじゃあ」
「はは。……まさか」
純粋に感心してそう呟いたのだが、どうやら間抜けは見つかったらしい。
いやそれもわざとかもしれないけれど、そこでもノヴァキの笑みはいかにも嘘っぽかった。
でもその嘘は悪くない。
なんとなく、そう思う。
ノヴァキにはこんな一面もあるんだって、新しい発見だったから。
そうして、オレたちはその後。
ノヴァキの極上の薄いお茶を肴に、意味のあってないような様々なことを話した。
それは、当面の問題はなんとかなりそうだってことと、言葉では否定されてしまったけど十分可能性は残されてるだろう友達同士のようなその空気をできるだけ長く感じ取っていたかったからなのかもしれない。
ふいに思うのは、どうしてオレはこんなにもノヴァキと友達になることに拘ってるんだろうって事だった。
半ばそれを強引に押し付けようとする節があるのを、オレは自覚している。
それは、昔母さんに何かを言われたような……オレの、カムラル家の使命に関係してる気がしたけど、どうしても思い出せなかった。
「あ、そう言えばリシアにも用があったんだったか? あんた、いつまでもここにいられるわけじゃないんだろ?」
と。
できるだけ長くと思っていたその時間は、三杯目のお茶が終わった所であっさり終止符を打たれる。
「あ、うん。そうだった。急がなくちゃ」
さすがに大遅刻でもしない限り部屋に入ってこられる可能性はないだろうけど、ラネアさん達の朝は早い。
してはいけないことをしている手前、徹夜してしまうというのもなんだろう。
次の日に支障をきたすようなことがあってはならない。
リシアの発明品をじっくり見せてもらおうかと思ったけど、もうあまり時間はなさそうだった。
もう寝てるかもしれないけど、とにもかくにも寄るだけ寄ってみよう。
オレはそう思い立ち、ノヴァキにお暇を告げる。
「こんな遅くにごめん。……っていうのは、さっきも言ったかもしれないけど、今日はありがとう」
「いや、試験の件について詳しく話さなかったのがいけなかったんだ。ちょうどよかったよ」
家の外までお見送りしてくれたノヴァキに、自然と口からついて出た感謝の言葉。
返ってきたのは、今日ここに来たときは想像もつかなかた柔らかな声。
そのまままた明日の挨拶をして別れようとしたオレだったけれど。
その声に安心して調子に乗ったからなのか、気付けばオレは友達であることと同じくらいに聞きたかったことを口にしていた。
「あのさ、『トランペット』のことなんだけどさ……最初の時みたいに、また聞きに来てもいい? いや、ほら、あのさ、カムラル教会の舞台に立つんならそれなりのレベルが必要っていうかさ、その家のもんのオレとしてはさ、ノヴァキの腕をもっと知っておきたいんだよ」
聞かれてもいないのに、言い訳してるみたいに矢継ぎ早に言葉を紡ぐオレ。
それなりのレベルどころか、オレの見立てでは優勝できるんじゃないかなって思ってはいた。
なにぶん素人の感想なわけで、さすがにそこまでは口にできなかったけど……。
「……ああ、是非頼む。俺のほうから口にするのはどうかなって思ってたところなんだ」
言って、ノヴァキは破顔する。
「そ、それじゃ、そう言うことで明日も明後日も来るから!」
「別にそれは構わないが……さすがに毎日はいないぞ?」
「う、うん。それならそれで別にいいよ」
オレはそんなノヴァキに、ひどく動揺していた。
だから焦ったようなやり取りをし、そのまま手を上げてその場を離れる。
何故動揺していたのか。
理由は明確だった。
さっきの嘘の笑顔とは質の違うその笑顔のその中に。
真逆の……オレの言葉で表わすのならば。
泣きたくなるような何かが含まれていたからだ。
(第22話につづく)
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