第20話、思えば、うそや冗談なんてひとつもなかったのに



仕事って一体どんな感じなんだろう。

オレが普段『夜を駆けるもの』でやっているものと似ているのかな。

そんな風に興味本位でそう聞くと。

ノヴァキは、じぃっとオレを見つめてきて。



「……実験体。あいつのマジックアイテムが、ちゃんと人間族に……魔人族でもいいが、効力を発揮するかどうかのな。おかげで三回ほど死にかけたよ。まぁ、リシアからの仕事がなければ、俺はとくに野垂れ死んでいただろうがな」


何だか言い聞かせるみたいに、その詳しい仕事内容を教えてくれる。



「へぇ、それじゃあこれからもしリシアの夢が叶ったら、ノヴァキは英雄だね」

「……お前、俺の話聞いてたか?」

「うん? もちろん。だってそうでしょ。たとえば【火(カムラル)】の力を借りることだってさ、最初の一人が勇気を出して頑張ってたから、今こんなに当たり前になるまで広まってるわけだし、ノヴァキのしてることって、それと同じでしょ? やっぱりすごいじゃん」


得意げにそう言うと、何故かノヴァキは深い深いため息をついて。


「立ち話もなんだ、家にあがってくれ。汚くて小さい家だが……あんたが飲んだこともないような茶ぐらいは出してやろう」


くるりと背を向けて、さっさと家に入ってしまったから。

オレは頷き感謝の意を示す間もなく、ノヴァキの後を追って、ノヴァキの家へとお邪魔することにする。




家の中にお邪魔してみれば。

空間の使い方がうまいのか、そこには思ったより広い空間があった。

真ん中に木のテーブル、木の丸椅子。

木のベッドに本棚、箪笥。


確かにどれもが骨董品のように古ぼけてはいたけど、ノヴァキの言葉はやっぱり建前で、意識して清潔にしているのがよく伺える。


友達の家といえばどこも無駄に広くて自宅とあまり変わらず(大工さんが同じ人だっていうのもあるけど)って感じだったから、こういかにも家って感じの雰囲気が、随分と新鮮だった。


ノヴァキに淹れてもらった、お茶をご馳走になりつつ。

不躾なまでに辺りを見学していると、机の反対側、対面の一番遠いところに陣取ったノヴァキと、目が合う。



「……変なやつだな。あんたは。王族ってやつは、みんなそうなのか?」


先程の冷たく突き放す感じはどこにもなく。

わずかに苦笑を浮かべて、そんな事を言う。


「ええー? 変かなぁ? まぁ、世間知らずとはよく言われるけど」

「世間知らずね、確かにそりゃそうだろうが、俺には何も考えてないってほうがしっくりくるがな」

「うっ。そんなことないやい」


確かにオレは思いのままに行動することが多々あって、痛いところをつかれたなぁと思いつつ、ノヴァキはさらに言葉を続ける。



「いや、あるね。少なくとも試験で俺たちが組む話を、リシアの前ですべきではなかった。あれでリシアは俺があんたの正体を知ってることに確信を得たはずだ。他人事ながら聞いてて冷や冷やしたよ。こいつは本当に正体を隠す気があるのか、ってね」

「うぐっ」


自分の住処だからなのか、饒舌なノヴァキにただただ言葉を失うオレ。

反論が思い浮かぶ前に、ノヴァキはさらに畳み掛ける。


「それにだ、俺と実際のあんたはそもそも会う機会なんてなかったはずだ。口裏を合わせるだって? 馬鹿げてる。俺を試験の相棒だなんて紹介なんかしてみろ。言わなくたってばれるぞ」

「そ、そうかなぁ。だからスクールでたまたま知り合ってさ、試験で同じ組になるくらい仲良くなった……って感じにしようと思ったんだけど」

「不可能だろ、そもそもそんな事は」

「何で?」


暗にお前とは絶対に友達にはならない、そう言われてる気がして。

それを否定するみたいにオレはノヴァキに問いかける。

「……あんたは自分のこと、よく分かってるよ。確かに俺たちのことを何も知らないらしい。まぁ、知る必要もないんだろうけどな」


呆れたような、でも少し驚きの混じったノヴァキの呟き。

それじゃあ教えてくれ、とばかりに続く言葉を待っていると、再びノヴァキはため息を吐いて、言った。



「ユーライジアの女神アスカの元、俺たちはスクールへ通わなければならない義務がある。拒否すれば日がな陽の当たらない牢屋行きだ」

「そんな! そんなの、横暴でしょ!」

「仕方ないさ、俺たちは魔人族なんだ。人間族や魔精霊にとっての害悪。従わなければ末路は見えてる。もっとも、牢屋に閉じ込められている方が、まだマシだろうけどな」


かつては人間たちの敵だった魔人族。

ユーライジアの国を、世界を滅ぼそうとしていた魔人族。

だけどそれを母さんたちが撃退して、罪を憎み人を憎まず、みんなで生きるために作ったのあスクールであり、母さんの信念のはずだった。


だけど、実際は違うらしい。

今の今まで知らなかった自分が、すごく嫌になる。



「そんなのすぐにやめさせなきゃ、アルに言って……」

「だからそれをやめておけと言ってるんだ。あんたはともかく、他の人間はそんな事一つも望んじゃいないんだ。十年前の魔物の襲撃事件、知らないわけじゃやないだろう? あれで、多くの人が殺されてる。その裏では、魔人族が手を引いているって噂をさ。つまり、魔人族はみんな容疑者なんだよ。それを知って、同じことが言えるか?」

「……っ」


その言葉はもしかしたら、父さんたちを殺した敵に対して『友達』だなんて言葉を吐けるのかと、そう言いたいのかもしれない。


そんなオレと同じように、十年前の魔物の襲撃による被害者は、かなりの数、スクールの生徒の中にいる。


オレは二の句が告げなくなる代わりに、そこでようやく理解した。

理解してしまった。

今、魔人族たちの置かれている状況がどんなものなのかを。

何故、不可能なのかを。



「でも、それは根も葉もない噂でしょ? 魔人族たちが裏で手を引いてるなんて証拠はないはずだし、十年前って言ったら今スクールに通ってる魔人さんたちはみんな幼い子供じゃないか」


それでも納得はできなくて、オレはそんな事を言う。

ノヴァキはそれに頷いて、


「確かにそれは正論だ。他の奴らもそれは分かってるだろう。それで納得いくかどうかは別問題だがな」


すぐさまオレの反論の言葉を奪う。

そんなノヴァキの言葉に対し、そうかもしれないって思ってしまう自分が、情けなくて。



「だったらなんで一緒に組もう、なんて言ったのさ?」


ノヴァキの言葉を認めるのが嫌で、否定して欲しくて、オレは決定的なその言葉を口にする。



「あんたはユーライジアの宝だ。裏を返せば、この国を破滅させるための肝とも言える。……未開のダンジョン、たった一人の相棒、二人きり。亡き者にするには絶好の機会だと思わないか?」


すると返ってきたのは、完膚なきまでの肯定の言葉だった。


「買い被りすぎだって。オレ一人死んだって、世界は何も変わらない。ユーライジアはびくともしないさ。それに、オレは滅茶苦茶しぶといよ? ノヴァキなんか指先一つで返り討ちにしちゃうよ?」


それは、さっきリシアが口にしたのと同じ、オレを慮っての言葉だ。

証拠にノヴァキは、無理して悪い顔をしている。

それが自虐の言葉であることを自覚している。


だからオレは、笑顔でそう返したのだった。

そこに一抹の真実が混じっていることなど、オレ自身も気付くことはなく……。



            (第21話につづく)






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