第19話、もう友達だって答えはなかったけど、否定もされなかったから
リシアに引っ張られるようにして進む、夜の山道。
こういうのも悪くないかも、なんて思いつつ連れ立って歩いていると。
やがて辿り着いたのは山のてっぺんに向かう途中で見た、魔人族たちの暮らす集落の一つへと続く道だった。
「ここよ。まぁ、家自体少ないから案内の必要もなかったかもしれないけど」
仄暗い、今にも消えてしまいそうな橙色の魔法灯。
『夜を駆けるもの』の仕事で外に出ることがなければ、その見た目で小一時間世間知らずを思い知らされただろう、小さく寒さも夏のじめじめも素通りしそうな……木造りの家だ。
まぁ、中には家がない人もいるらしいから雨がしのげるだけまだまし、なんだろうけど。
「ノヴァキいる~?」
そんな、今思えば失礼極まりないことを考えていると。
リシアが戸を叩き、声あげて呼びかける。
そしてしばらく待ったが、家の中からは何の反応もない。
「いないのかな?」
「まさか。ワタシとの仕事がなけりゃ日がな家に篭ってるやつよ。スクールのある昼間ならともかく、あいつがこんな時間に外出する理由なんてないと思うけど」
『トランペット』のこと知らないのかなって思ったけど、魔人族としての正体すら晒していたわけだし、秘密なのかもしれない……なんて思い、口には出さない。
それを考えると、彼の領域に勝手に入り込んでしまった自分が改めていけない事をしてしまった、なんて気分になる。
困るのは、そんな罪悪感と相反するような、優越感みたいなものがオレの中にあることだろう。
「こら~っ、ノヴァキ! お客さんよ! いいから出てきなさい!」
逆にリシアとしては、居留守を使われていると思ったのかもしれない。
周りには森しかないからいいものの、それこそ町ならご近所じゅうに響きそうな声で叫んでいる。
そんな、思っていた以上の大きな声量にオレが圧倒されていると。
リシアの思う通り居留守でも使っていたのか、はたまた眠ってでもいたのか、家の中でがたがたと人の気配がして、バン! と木の扉が開け放たれる。
「なんだよ! しばらく仕事はやらないって……」
そして、そんなリシア以上の大きなノヴァキの声。
それは、初めて会った時とはまるで雰囲気の違うものだったけど。
オレが仮面の奥で、こんな一面もあるんだなって目をしばたかせていると、その視線と言葉は、オレとあったところで凍りついたようにぴたりと止まった。
「こ、こんばんは、ノヴァキ」
「……っ、また来たのか」
とりあえずとばかりに夜の挨拶をすると、魔人族としての正体を見てしまったとき以上に機嫌の悪そうな……というか明らかに嫌なやつが来た、って感じの言葉を返される。
「その、聞きたいことがあるっていうか、話しておきたいことがあって」
もしかしたら、深い意味なんてなく、それがノヴァキの普通の対応だったのかもしれないけれど。
その一言だけで、オレの気分はオレが予想していた以上に沈んでいった。
友達になること、さっきリシアに言うことのできたその言葉が、ぶ厚い何かにせき止められていて、口から出てきてくれない。
「あなた、相変わらずね。こんな場所までわざわざやって来てくれてるのに何よその態度。もっと愛想よくできないの?」
「……無理だな。オレはお前みたいに上手くはできない」
「……」
言い捨てるようなノヴァキの言葉に、リシアも沈黙する。
二人のそんな気まずい雰囲気がいやで。
自分がここに来たせいで空気が悪くなってことを実感して、オレはそれを破るように口を開く。
「ごめん。こんな時間に。あのさ、来週の試験のことなんだけど。ほら、オレたちで組もうって話」
「なんだ、やっぱりやめにするか? 安心していい。それで俺がお前の正体をバラすことはない。言葉だけじゃ信用できないなら……」
「ううん、そうじゃなくて! ノヴァキと組むこと、友達に言っちゃってさ。その、なんて言えばいいのか……紹介しろって言われるかもしれないし、スクールへ行く前に口裏を合わせなきゃまずいなって思ったんだよ。ええと、あの、ここで会ってるってことは話せないから、スクール内で知り合って……と、友達になった経緯とかさ」
ノヴァキは、オレが二人で組むのを断りにきたのだと思っていたらしい。
あるいはあの時ぽっと口から出ただけで、ノヴァキとしてはあまり乗り気じゃなかったのかもしれない。
確かに突然の言葉だったけれど。
オレの方としてはノヴァキと組むことは確定事項だったから、オレはノヴァキの言葉を遮るようにして口を挟む。
その言葉はまとまってなくて無茶苦茶だったけれど、今さっき言葉にならなかったことも流れで口にできたから、オレとしては上出来だったんだけど。
なぜかその場に訪れるは、一層の重い沈黙だった。
「ごめん。そりゃそうだよね。調子に乗ったかも。組むかどうかってのはオレの正体に関しての代価だもんね。……やっぱり忘れて。あ、ええと。友達ってことはさ」
オレは、その雰囲気に引きずられるようにして、どんどん落ち込んでゆく。
それと同時に冷静になって考えてみれば、オレはともかくとしてノヴァキにオレを友達だと認めてくれる要素なんて一つもないんじゃないかってことだった。
あるのは、迷惑をかけたことだけのような気もする。
友達のことはオレの気のせいだったけど、故あって試験で組むことになった。
その事をどう辻褄が合うように明日話そうかなって悩み込んでいると。
そこでようやく、ノヴァキが口を開いてくれた。
「……リシア、席を外してくれ」
「うーん。自ら言いふらすって宣言した手前、仕方ないか。それじゃあカリウス、ワタシ家に帰るわ。ワタシんちこっから一本道だからまた暇なときに顔出してね」
リシアは、ノヴァキの言葉に苦笑を浮かべた後、そう言って立ち去っていく。
「分かった。今日はどうもありがとう!」
その背に声をかけると、軽く手を上げる仕草をして、そのまま森の闇へと紛れてゆく。
「リシアと何か約束したのか?」
「え? う、うん。発明品を見せてもらって、作るのを手伝うことになってたんだけど……」
ふいに横合いからかかった言葉。
とことん迷惑がられているのかと思ったらそうでもないらしい。
「迂闊な事はしない方がいい。リシアがお前の正体を知れば、それは一瞬で広まるぞ、あいつはああ見えて、自分が生きるためには手段を選ばない女だ」
「はは、リシアと同じこと言ってる。ノヴァキってリシアのこと、よく知ってるんだね。やっぱり付き合いは長いの?」
それがついおかしくて、笑みをこぼすオレ。
そんなオレに対し、ノヴァキは苦虫を噛み潰したような顔をして天を見上げた。
つられるようにして無数の瞬く星を見やっていると、そのままでノヴァキは言葉を続ける。
「長いだろうな、あくまで仕事上の関係だが」
「それも言ってた。仕事ってなんなの?」
まるで示し合わせたような言葉。
それが面白くて、さっきまでのへこんでた気分はどこへやら、思わずそう聞くと。
ノヴァキは顔を下ろし、はっきりとオレを見据えて……。
(第20話につづく)
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