第18話、姫様は不安定な自分と周りに恵まれていることを自覚する
怪しい奇術師の如き格好をしたオレと、【金(ヴルック)】に愛されし彼女とで。
実はきっとお互い大好きな、マジックアイテムの話をしながら、山道を登ってゆく。
「例えば、どんなマジックアイテムの開発を?」
「そうねえ。竜より早く飛べるやつとか、馬のいない馬車とか、遠くと遠くで会話できるやつとか、書くのに時間かかる絵が、一瞬で完成しちゃうやつとか……上げればきりがないけど」
「へぇ。すごい、ほんとにすごいよ。夢の世界みたいだね」
それでもまだほんの一部なんだろう。
言葉の端から伺えるそのことに、同じ言葉しか出てこない。
「って言っても、今あげたのはヴルック家に太古の昔から伝わる古文書の受け売りみたいなものなんだけどね」
「古文書かぁ。リシアは解読とかできたりするんだ」
「ま、まぁ、一応ね」
「やるなぁ。オレなんかちゃんと今の言葉に訳された魔術書一冊覚えるのがやっとなのに」
できる人がいるところにはいるもんだなって、しみじみ思うオレである。
来週の試験のような未開のダンジョンなどには、古代語が記されている遺物なんかも多くて、それが理解できるというのは大きな強みだろう。
「そんなこと面と向かって言われたの、ノヴァキ以来ね」
驚きと、そこから生まれる喜びをごちゃまぜにしてリシアは呟き、それを誤魔化すようにして、リシアは言葉を続ける。
「でも魔術書って、あの凶器になるくらい分厚いやつでしょ? あれを覚えたっていうの? まるまる一冊?」
「え? う、うん。なんていうか暇だったから……」
もちろん魔法の知識を深めることが好きだったからって理由もあるけれど。
今みたいな『夜を駆けるもの』でいる時間を除けば、特にお日様が昇っている間は、一人で自由にしていられるのは自室か図書室くらいしかなかった。
カムラル家は元々魔法の素養がある家系だし、魔法に関わることが趣味の一つになるのは、
まぁ必然と言えばそうだったんだろうけど……。
「あなた、もしかしてかなりいいとこのおじ……」
「違う! オレはそんなんじゃない!」
その言葉を聞いたとたん、自分でも驚くほどの勢いで、心が沸騰してゆくのをオレは感じていた。
かっと白くなる視界。
思考が与えられた言葉を排除しようとしている。
それは、少し前に感じたことのある感覚だった。
オレが他人とは違う、避けられるべきおかしい存在であると自覚するその瞬間だ。
サミィやマイカにも同じような事を言われて、同じように視界が白くなって。
何も悪いところはないのに、自分勝手に理不尽な怒りをぶつけた記憶が。
それはとても苦い思い出。
故にオレの熱は、やはり一瞬で冷え込む。
苦味だけを残して、我に返る。
「ご、ごめん。急にどなったりして……」
「びっくりしたなぁ、もう。いやいや、こっちこそごめん。そんな風に姿隠してるんだもの、そりゃそうよね。あー、なんていうか、そんななりの割には話やすくてさ、つい突っ込みすぎちゃったみたいね」
穴があったら入りたいオレに、大げさに肩をすくめて見せて、朗らかに逆に頭を下げてくるリシア。
一方的に悪いのはこっちなのにいい人だなってオレは思った。
それはサミィやマイカたちも同じだ。
数はたくさんいないけど、そう言う意味では、オレは周りで支えてくれる人に恵まれているんだろう。
リシアともそうなれれば、よりいいと強く思う。
「やっぱりリシアはいい人だね。オレ、リシアと友達になりたいかも」
「またこっ恥ずかしいことを臆面もなく……いや、あるのか。減るもんじゃなし、別に構わないけどさ」
「本当? ありがとう!」
「はは。噂の『夜を駆けるもの』が、あなたみたいな子だとは思わなかったわよ……」
気持ち昂ぶるオレに、照れの含んだ苦笑のリシア。
なんだ、やっぱり魔人族と人間族の違いなんてない。
そんな確たる実感を得たのもその瞬間で。
「ああ、でも一つだけ聞いてもいいかな?」
笑顔のまま、少し真面目な面持ちでリシアが言う。
友達になる条件かな、なんて思い、それでもさっきの苦い感情を引きずったまま頷くと。
「あなた……カリウスって、魔導師か何かなの? もしそうなら、ワタシの研究を手伝ってくれると助かるんだけど」
帰ってきた答えは恐れていたものではなく、そんな答えだった。
「いやいや、まさか。勉強中の見習いだよ。現に資格持ってるわけじゃないし」
オレは、期待を持たせてしまったかもしれないと思い、申し訳なくなって頭を下げる。
リシアの言う魔導師とは、その言葉通り、ある意味無限の可能性を秘めた魔法を、効率よく、理性的に世のために使うことを教える人のことである。
スクールの魔法科の先生はそのための資格(ギルドと国で認可が下りる)を持っているし、アルもその資格を所有している。
ギルドへ行き試験を受けて、素養と人格的に問題がなければ、その人は魔導師という肩書きを持つことになるわけだが、まだまだ修行不足のオレには、先の話だろう。
……いや、オレに先なんかないわけだから取っても無意味だ、という方が意味合いが強いのかもしれないけれど。
「夢のひとつかな、魔導師になるのは」
そう、希ったことはある。
もしオレが、母さんの後を継ぐことがなかったらと。
「ふぅん、そか。見習いか。でも目指してるってことは魔法使う素質があるってことよね」
オレの普段なら口には出せない本音を聞いて、リシアはどう思っただろう。
少しだけ考え込む仕草を見せた後、そう聞いてくる。
「う、う~ん。どうだろ。だといいんだけど」
生まれつきの魔力ならマイカやルコナのほうが全然上だし、例えば魔法剣のような、魔法を用いた戦いにおいてはルートの右に出るものはいないだろう。
くわえて、日々真面目に努力し真剣に取り組んでいる分、その知識においてもサミィのほうに分があるように思える。
「はは、自信なさげだね。そんな上等なマジックアイテム身につけてるのに」
だから本気でそう言うと、リシアは謙遜しなさんな、とばかりにオレの顔を見てきた。
「あ、これのこと? うちのほう……じゃなかった、物置で埃かぶっててさ、ちょうどいいやって思ってたんだけど」
「ワタシの見立てだと、それ一つで家一つ建つくらい価値があると思うけどね」
「うっ」
秘密にしたいのなら迂闊に喋らないほうがいいんじゃないのって感じの呆れた声。
ほんとにうちの宝物殿の隅っこで埃かぶってたから大したものじゃないって思ってたわけだけど、くさっても宝物の殿というか、なかなか大したことあるらしい。
その時点でやんごとなき人物像が浮かんでこようものだが、リシアは聞かなかったことにして、話を続けてくれる。
「視覚と……音声を補正する魔法……かな? この場合。光と風のほうが必要になってくるんだけど、他の、これからワタシが作ろうと思ってる大発明品も、十二種様々な魔力が必要になってくるわけ。ワタシは金属性の魔力なら持ってるんだけど、とくに火(カムラル)の魔力を集めるのに苦労しててね、ほら、やっぱりアイテムの練成には不可欠なものでしょ?」
確かに、魔法剣とかじゃなくても、武器防具を作るのに火は不可欠だろう。
そしてその言葉は、カムラル家のオレにとって願ったり叶ったりの言葉だった。
「【火(カムラル)】の魔力? それならちょうどいいかも。オレ、火の魔法得意だよ。……ほら」
右手のひらを開くと同時に、燃える炎を頭に浮かばせる。
火の魔力を種火にし、ぼぅと燃え立つ小さな炎。
その手のひらをぎゅっと閉じると、火の粉よりも細かなカムラルの粒子となって、風に流され世界にとけて、消えてゆく。
それを随分長い間ぽかんと見ていたリシアだったけど。
「期待以上よ、親友! 是非うちの工房へ寄ってきなさい!」
瞳をきらきらさせて、がっしとオレの手を掴むリシア。
そのいきなりの行動に、覆いに戸惑うオレ。
「そ、それはいいけど、ノヴァキのとこに案内してくれるんじゃ」
「問題ないわ。うちの通り道に、あいつんちあるし! 今の時間帯なら家にいるはずよ。急ぎましょう! 夜は短いわ!」
そのまま引っ張られるようにして、更に山道を登ってゆく破目になる。
そう言えば、魔法は無闇やたらに使うものではないと母さんにも父さんにもいい聞かされていたことを思い出したのはその瞬間で……。
(第19話につづく)
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