第17話、思えば初めての想いは、機械の油の匂いとともに



面白い冗談を聞いた、とばかりに。

からからと笑顔を見せる少女。

おそらくそれが、彼女の素なのだろう。

先程まであったはずの警戒感は消え去って、親しげな雰囲気がその場に溢れる。



「えっと……君はノヴァキの友達なの?」

「ん? いや、まさか。そんなご大層なもんじゃないわよ。じっけ……じゃなかった、仕事をね、頼んでるの。そうそう、あなたとギルドに仕事を受け入れてもらえなかった人たちとの関係と近いかもね」


その雰囲気に押されるようにしてオレが聞くと。

彼女はぱたぱたと手を振り、そう言葉を返してきた。


つまり、仕事の依頼人と、請負人の間柄ってことなんだろう。

でも、オレは彼女からノヴァキに対しての仕事の間柄に留まらないような親しさを感じ取っていた。

年も近いし、おそらくオレとマイカのような馴染みの関係なんだろうな、なんて考える。



「ああ、忘れてた。自己紹介が遅れたわね。ワタシはリシア。リシア・ヴルックよ。こう見えても魔人族の生き残りよ。ま、ハーフだけど。そう言うあなたは? 正体隠してるみたいだけど、『夜を駆けるもの』ってのがまさか名前じゃないでしょ?」


魔人族の少女……リシアの言葉に、一つ頷くオレ。

やけに快く名乗ってくれたリシアに、故あって正体を開かせません、と馬鹿正直に言うのは少々気が引けた。


今まではわが身かわいさに名乗ろうなんてこれっぽっちも考えなかったけど。

ノヴァキに正体を明かしてしまったことで、オレの中で何やら心情の変化が生じたらしい。


「リシアが秘密にしてくれるって言うなら教えてもいいけど」


我が侭だけど、夜な夜なの出歩きは、オレの中ですでに当たり前のものと化していて。

家のものに知られて、それがおじゃんになったら、もう生きていけないかもしれない、なんて思っていた。

ムシのいい話だけど、念のため、とばかりにそう聞いてみる。


「あ~、ダメダメ。情報だってお金になるんだから。そのくらいあなただって分かってるでしょう? 秘密にしなきゃいけないような事情があるなら、ワタシになんか話さないほうがいいわ。下手すれば次の日にはユーライジアじゅうに広まってるかも」


そうしたら、返ってきたのはなんとも正直な、そんな言葉だった。


「それは、困るなぁ」


思わず苦笑。


「でしょ。別にあなたを呼ぶときに困るなって思っただけだから、やめときなさい。……でも、したらどうするかな。ヨルさん、とか?」


その苦笑は、すぐに嬉しいものに変わる。

だってリシアのその言葉は正体も明かせない怪しい人物であるはずのオレに対して、これきりでない関係を示唆する、そんな言葉だったからだ。



「リシアはすごくいい人だね」


少なくとも、常識として教えられてきた、近付いてはならない存在とはおおいにかけ離れている。


「な、何よ。いきなり?」


うろたえ、照れている様は何変わることのない可愛らしい女の子だ。


「だって、黙ってればすむことでしょ? それなのにわざわざ忠告してくれたじゃん」

「そ、それは……口が滑ったのよ。っていうか、だいたいあなた、街での話と違いすぎるのよ。もっと得体の知れない怖いやつかと思ってたのに」


どうやら、お互いに似たような先入観を持っていたらしい。

なんだか彼女にますます親近感が沸いてくる。

リシアとなら友達になれるかも、そんな予感。

その事を考えれば、やっぱり正直に名乗ってもよかったような気もしたけれど。


「……カリウス、って呼んでくれないかな。この格好の時のために考えた……あ、いや、名前が必要なときは、この名を使ってるから」


気付けばオレは、そんな事を言っていた。

考えに考えぬいて、初披露の機会がようやく訪れた、なんて内心思いながら。


「カリウス、ね。よし、憶えた。……それで? カリウスは結局何しにきたんだっけ?」


するとリシアは満足そうに頷き、わざと意地悪そうな顔をして、一度口にしたはずの分かりきったことを再び聞いてくる。



「あ、だから……ノヴァキに会いに来たんだよ」

「本当に友達っていう間柄でいいのか、確認するんだっけ?」


ニヤニヤとリシア。

ハイグレドクラスの生徒にもなってそんな事を心配してるなんて随分子供っぽいっていうか、なんとも情けなく。

仮面で顔は見えないはずなのに、そんな自分がほとんど筒抜けのようにも見えて。


「いいわ、面白そうだから付き合って……案内してあげる」

「あ、うん」


心底楽しそうなリシアに引かれるままに、オレはその手を取ったのだった。




……かと思ったら、リシアは山道に入り口へ差し掛かったところで立ち止まり、オレにそこで待っているように命じると。

重そうな荷物を運びだし、縄の引かれた境界線。その入り口にある茂みに顔を突っ込んだ。


一体何をしてるのかなと思うより早く感じたのは、微弱な金(ヴルック)の魔力で。

それに気付いたとたん、ぶぅんと唸る音がし、今の今まで暗かったその場が、前来たときと同様、白けた光に包まれる。

それは、魔人族が住むこの場所と、外界を隔てる縄から発せられたもので。



「もしかしてこの縄、リシアが?」


てっきり、外のものが魔人族たちを避けるために、出さないために張られてるものだと思い込んでいたから、リシアのその行動に驚きを返せない。


「そうよ。むやみやたらに人間や魔精霊たちが、この中に入ってこないようにね、光(セザール)の魔力が走ってるの。このワタシが作った『魔導機械』っていうマジックアイテムでね」


言って、リシアは茂みの奥にある、何やらピカピカと光る鉄の箱を見せてくれる。

前にここを訪れた時は、ただ光ってただけで何かあったわけじゃなかったことに疑問を覚えたオレだったけど。

それより何より、リシアの発したその言葉に、オレは強く興味をそそられていた。


「作った? それを、リシアが?」

「ええ、そうよ。金(ヴルック)の名のもとにつくられたマジックアイテム。それが『魔導機械』。これはほんの一部だけど、思いつく限りの役立つものを作って、このユーライジアの世界をヴルックなしでは生きられない、そんな世界にするのがワタシの野望なの」


ヴルック。それは金属性の根源……神の一人の名前だ。

魔人族に性はなかったはずだから、リシアのお父さんかお母さん、そのどちらかの性なんだろう。

発するその言葉に、強い自信が溢れている。


自信の生まれを尊び、誇りを持って生きるその様に、オレは強い感動をおぼえた。

カムラル家のものである意味を見出せないでいるオレとは比べるのもおこがましいと。



「すごいな。ほんの一部だってことは、他にもあるってことでしょう?」

「ええ、まだ中古のマジックアイテムに手を加えたのがほとんどだけどね。世界をあっと言わせることのできる代物を、いくつか考えてるわ」


雑多で大きなリシアの荷物は、その使われなくなったり壊れたりした中古のマジックアイテムのようだった。

一つ持とうかと提案したけど、大事なものなのだろう。

あっさりと断られて、それでもめげずにそんな話をしながら。

オレたちは山道を登ってゆく……。



            (第18話につづく)






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