第16話、憧れの幼馴染の腐れ縁っぽい雰囲気いっぱいで



そうして、その日の夜。

いつもの派手な仮面にマント……『夜を駆けるもの』の格好で。

出てはいけないはずのお屋敷を飛び出していた。

咎めるものは誰もいない。

気付いているのかどうかは、正直分からないけれど。


『オレの自室には絶対入らないこと』。

そんな我が侭が通るくらいなのだから、ある程度は容認されているのかもしれない、なんて自分本位なことも考えたりはする。



部屋の窓から風の魔法を頼りに、硬い石畳の地面に降り立ち、カムラル家のお屋敷の周りに張り巡らされた雷(ガイゼル)の魔力の走る金属の網と、背の高い鉄壁を、やっぱり風の魔法…空気に溶けた魔精霊たちにお願いして、飛び越える。


そんなオレを見ているのは、そんな彼らと月の根源アーヴァインの故郷であり象徴でもあると言われるまんまるのお月様、かのものに従い瞬き続ける星々のみ。


彼らの口が堅いことをいいことに、オレは悠々と駆ける。

ここ最近はどこぞの盗賊か怪人のように、人様の家の屋根の上を駆けるのがお気に入りだ。

その屋根に土足で踏み込んでも、猫の散歩程度しか迷惑がかからないのは、人より脆弱で矮小なオレの身体の、数少ない利点だと言えるかもしれない。


ここでいつもならば、夜でも眠ることのない、ギルドのあるスクール元町通りへ向かうのだが、今日ばかりがオレの足は真逆へと向いていた。

スクールの正門を外れた裏手にそびえる、広い裏山。

相変わらず光の魔力流れる結界により封鎖されて……なかった。



「……あれ?」


煌々と、眩しいくらいだったはずのそれは、鬱蒼とした闇に紛れ、ただの縄と化している。

前に一度来たときは、一仕事終えた後だったから、早く来すぎたのかも。

もしかして、消灯時間に合わせて光るのだろうか、なんて益体もないことを考えていると。



「ちょっと、ひとんちの前で突っ立ってると邪魔なんだけど」


今のこの時間帯にそぐわないような、突き抜けるほどあっけらかんとした少女の声が背中にかけられる。

言われてみればふらふらと、山道へ続く道を塞ぐ形で突っ立っていることに気付いて。

失礼、とよそ行き用……『夜を駆けるもの』の時の低い声色で会釈をし、道を開けた。



「って言うかあなたって確か、最近噂になってる『夜を駆けるもの』とかいう人でしょ。こんな魔人族もどきしかいないような場所に何か用なの? 悪い魔人族を懲らしめてやってください、なんて依頼でも来たのかしら。……でもおあいにく様。ここには悪事を働くような根性のあるやつはいないわよ」

「ええと……」


随分と饒舌な少女だった。

だがその内には、オレに対しての緊張感のようなものが僅かに伺える。


その事もあって、つい素になって口ごもってしまうオレ。

言葉も出ず、足も動かない代わりに、月明かりに照らされた少女の輪郭が浮かび上がる。


溌剌として勝気そうな、闇よりも太陽の下のほうが似合う、そんな少女だ。

薄い茶の短めの髪。僅かに尖がった耳。

意思の強さと、知性を湛えるは紫水晶の輝きを秘めし瞳。


年の頃は同じくらいだろうか。

人のことなど言えるわけがないのだが、あどけなさが残る彼女は、こんな時間に出歩けばとにかく目立つだろう容姿をしていたが。

年季の入った黒のローブとマント、加えて見たことのない不思議な物体……たぶんきっと、マジックアイテムか何かなのだろうが、その手に背中に大量に抱えていた。


元々は細身だろうに、その荷物の多さで、輪郭は何倍にも膨れ上がって見える。

なるほど、これならオレが通行の妨げにもなるだろう。

そう思い立ち、さらに一歩下がって道を開けたオレだったけど。


そのまま続く山道へ進もうとはせず、両手に抱えていた雑多な荷物を降ろすと、めんどくさそうに振り返り、オレのことを睨みつけてくる。



「な、何かな……?」

「それはこっちの台詞。人のことじろじろ見て」

「ごめん。こんな夜遅くに出歩いてる女の子に会うのは初めてだったから」


思わず本音を口にすると、一層視線がきつくなる。



「そんなもの、探せばいくらでもいるでしょうに。でも残念だったわね。せっかく見つけたのに。ワタシは魔人族よ。他をあたることね」

「……? そうなの? 知らなかったな。あ、でもでも、やっぱり君も魔人さんなんだね」


意外とオレみたいな、外出は駄目だと言われれば出たくなるひねくれものなひとたちは結構いるようで。

今の今まで知らなかったわけだから、やっぱりオレってまだまだ世間知らずだなって思ったけど。


それよりなにより、彼女もノヴァキと同じで、魔人族の子供らしい。

だとすると、彼女もスクールに通ってるのだろう。

それなら一度くらい顔を合わせていてもよさそうなものなのに、初めて見る少女の姿に、自分の交友関係の狭さを実感させられる。



「へえ、さすがにそんなけったいなカッコしてるだけあって動じないのね。まぁ、こんなところにいるくらいなんだから、考えてみればそりゃそうなんだけど」


少女の緊張が、針刺すような警戒に変わる。

どうやらオレは得体の知れない怪しいやつに思われてるらしい。


故あって正体は明かせないけど、怪しいものじゃない。

オレはいつものように、説得力のない言い訳を口にしようとしたけれど。

オレの言葉より早く、少女が言葉を続ける。



「冗談で言ったつもりだったんだけどな。本気で魔人族駆除でも依頼されたの? ……言っとくけど、ワタシはそう簡単じゃないわよ」


明らかな敵意と、内在する恐れ。

でも、そんな少女にびっくりしたのはむしろオレのほうだった。

慌ててぶんぶんと首を振り、少女の勘違いを正すべく叫ぶ。



「ちょっと待ってくれ、そんな依頼なんて受けてない! っていうかそんな怖い依頼受けるわけないでしょ! オレはただ友達に会いに来ただけなんだ。……あ、いや、友達っていうか、それはオレが勝手に思ってるだけなんだけど」


前半は勢いがあったが、後半自信がなくなって、声が小さくなってゆく。

そもそも今回は、友達として接しても大丈夫かってお伺いを立てるって意味合いもあったわけで。


そんな自分に情けない気持ちにすらなったけど。

一応オレが彼女の言うような物騒な目的でここに来たわけではないことを、分かってくれたらしい。


彼女は刺さるような敵意を引っ込め、おかしなことを聞いた、とばかりに首を傾げている。



「友達? 言ってる意味がいまいちよく分からないんだけど。この先には魔人族しかいないのに」

「う、うん。だから、その……魔人族の子だよ。ノヴァキって言うんだけど」


すっかり、『夜を駆けるもの』でいることも忘れて、言葉に自信の篭っていないことを自覚しつつそう言うと。

そんなオレの態度になのか、突然少女が笑い出した。

一人だけど、大爆笑だ。



「そ、そんなに笑うところ、あったかな」


そのお腹を抱え、身を捩らんばかりの勢いに、さすがにちょっとむっとなったけど。


「あはははっ。ご、ごめん。魔人族に対してそんな事を言うやつがいるとは思わなくてさ。しかも、『変わり者』のノヴァキときた! ……ほら、友達ってことはさ、あいつとまともに会話できたってことでしょ? いやぁ、ワタシ以外にそんなひねくれものがいるんだと思ったら愉快でさ!」


おそらくそれが、目の前の少女の素なのだろう。

先程まであった警戒感は消え去り、親しげな雰囲気がその場に溢れて……。



            (第17話に続く)






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