第11話、楽しくて美味しいお茶会だと思ってるのは姫様ばかり
「……カリス、おそ~い!」
そんな事を考えていると。
横合いからそんなにべもない言葉を発した張本人が姿を現した。
「きゃっ?」
「……っ!」
「……ほう」
それに対する三者三様の反応。
それも仕方ないんだろう。
いつのまにそこにいたのか、はたまた最初からそこにいたのか、キミテの背後にある庭園から、マイカがひょっこり姿を現したからだ。
キミテと同じように、草花まみれになって。
―――マイカ・エクゼリオ。
自称、最強の『闇』の魔精霊。
一種の近寄りがたき美しさというよりは、可愛らしさを持つ少女だ。
その耳元で切りそろえられた髪はさらさらのブロンド。
いつも潤んでいる、時に様々な色を見せるエメラルドの瞳は、無垢と神秘を内包している。
「……マイカ、いつの間に」
「こらーっ、あんたは使用人なんだから様をつけなさい様を!」
肩をいからせ、びしって怒ってるつもりなのだろうが、リトクラスの子くらい小さな身体と、全身を派手に飾り立てる黒とピンクをを基調としたフリフリのドレスでは、全くもって迫力がなかった。
「……分かった。マイカ様」
「そうそう、それでいいのよ。 んで? あんたに与えた仕事は?」
「……まだ」
「なら、ちゃっちゃとやっちゃいなさい!」
「……了解」
やれやれとため息をついて、キミテはオレたちに軽く頭を下げると、火(カムラル)の魔精霊が去っていった方へと駆けてゆく。
「なかなか来ないと思ってたら、こんなとこで足止めくってたんだね。大丈夫カリス? キミテに変なことされなかった?」
「おっとと。……って、何言ってんだよ。そんなことあるわけないだろ。むしろキミテの仕事邪魔しちゃったみたいだし、あんまり怒ってやるなよな」
何だかとてもめんどくさそうな大きな背中を眺めていると、いつものようにそんな事を言いながら抱きついてくるマイカ。
「いいのいいの。あんなやつほっとけば」
「そんな事言ってると、嫌われるぞ」
「べつにいいもん~」
それに苦笑して、ちょうどいい位置にあるさらさらの髪を、一度二度叩くように撫でると、あからさまに強がってる、そんな微笑ましい言葉が返ってくる。
物心つく頃からの付き合いというか、幼馴染であるマイカは、オレと同級だ。
だけどその行動は、今のように突飛で幼い。
「サミィも、ラネアもケイルも、よく来たね~」
「あ、えっと、その……」
と、そこでオレにしたのと同じ行為を、その場にいる全員にしてみせる。
それは、マイカなりの親愛の証なんだろう。
サミィなんかは、それが恥ずかしくてマイカの家には来づらい、なんて言っていたけど。
「んじゃ、早く行こ。生徒会のみんな、待ってるよ」
「あ、うん」
「おいしいお菓子のお披露目会じゃなかったんですか?」
そのまま手を引かれて歩いていこうとするオレの背中が引っ張られる感覚。
どうやら生徒会という言葉に、想定と違うというか、人見知りの気が強いサミィは、不穏なものを感じ取ったらしい。
オレは振り向き、笑って答えた。
「そうだよ? 生徒会のみんなで話し合うときは、当番決めてお菓子を出すことになってるんだ」
「カリスってば、話し合いにほとんど参加しないで、お菓子食べてるだけだもんねえ」
「いやぁ、面目ない。あんまりみんなの作るやつがおいしいものだから」
「……」
オレたちのやり取りに、サミィは軽くため息をついて、気を取り直すようにしてついてくる。
ここで引き返すのもなんだし、生徒会の面子ならば、まだ耐性があるとふんだのだろう。
最初から分かっていたのか、特に異論がある様子もなく、影のように付き従うラネアさんやケイルさんも一緒になって、オレたちはマイカの屋敷へとお邪魔する。
スクールの一角にある、マイカが暮らすお屋敷。
本来の家主であるマイカの祖母は、ほとんど家にいない。
アルや、他の四王家の主たちとともに国をよくするために尽くしているからだ。
それは、いずれはオレたちの世代へと繋がっていく、そんな役目で。
「全員揃い踏み、か」
通されたのは、サロン兼会議室として使われている客間の一室。
オレやサミィだけに聞こえるくらいに小さな声でケイルさんが呟いたように。
そこにはユーライジアスクールの、代が変わって新しく発起したばかりの生徒会の面々が顔を連ねていた。
「みんな、おはよう。ちょっと遅くなった」
オレの……数はあんまり多くない、ほぼ全員の友人たちが集まっている。
後ろにくっついたままのサミィとともに朗らかに挨拶。
すると、四方八方からその返事が飛んでくる。
だが、ケイルさんが驚いたように。
あるいは楽しげにそう言ったのは、そこに生徒会の面々が集まっている、と言う意味でじゃないんだろう。
四王家の一つ、ガイゼル家の跡継ぎである、ルート・ガイゼルと呼ばれる少女と。その従者であり騎士である少年、タイン・オカリー。
同じく四王家のひとつであるヴァーレスト家の姫、キキョウ・ヴァーレストに、彼女の守護魔精霊であるルッキー。
そして、いずれはユーライジア国以外にもスクールを、という理念のもと、他大陸『ラルシータ』から留学してきているラルシータ国の姫、ルコナ・アーヴァインと、その世話役にして騎士でもある、ルレイン・セザール。
いい意味でも悪い意味でも、国を、世界を動かせる、恐れ多い面子が一同に介していて。
「こんにちは、カリス。流石生徒会長らしい重役出勤ですね」
「ははは。ごめん。今日はいつもより母さんへの報告が長引いてさ」
そんな中、気さくに声をかけてきてくれたのはタインだった。
茶色みがかった短髪に藍の瞳を覆うは、生真面目そうな眼鏡。
事実同じクラスである彼は、クラス委員長兼生徒会書記をつとめている。
優等生であるが、歯に衣着せないというか、あけすけのない、オレをオレとして対等に扱ってくれる人物でもある。
「カリスが謝ることはありません。この場に来たいと、私が我が侭を言ってたから遅れたんです」
なんて事を考えていると、ふいにサミィがオレとタインの間に割って入り、威嚇でもするみたいにタインのことを睨みつけた。
遅れたのはさっきオレが言った言葉の通りで。
そんな我が侭なんか、全くもってなかったわけだが……。
サミィに言わせれば、そんなタインは『馴れ馴れしい』らしい。
ある意味、人見知りするサミィにとっては、お構いなしに強気になれる希少な人物、と言えるかもしれない。
ただの挨拶にも等しいオレたちのやり取りにまで噛み付かれて、さすがのタインもちょっと困った顔をしている。
「そんなに怒らないでくださいって。ただの冗談ですから。ああ、そっか。カリスにばかり構っていると思って拗ねてらっしゃるんですね。こんにちは、サミィさん。それからカムラル家の方々も」
かと思いきや、サミィの言う『馴れ馴れしい』態度で満面の笑顔を浮かべる。
「……どうも」
タインとはセントレアクラスの頃からの付き合いなのだから、馴れ馴れしいというのもおかしな話だとは思うが、どうもタインはサミィも含めたカムラル家のものに嫌われている節があるようだ。
一度何故か聞いてみたら、見た目の割にお調子もので軽い、生理的に苦手、なんて言葉が返ってくる始末。
一応カムラル家とは同格であるガイゼル家のひとなのだから、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないかなって思うわけだけど。
「大事な会議の場だ。主の許可も得ずに従者がペラペラと口を開くな」
「はいはい。すみませんでした」
元々そりが合わなかったからかなんなのか、主であるルートにも嫌われているみたいだからいたたまれない。
確かタインの一族は、代々ガイゼル家に仕えてきた一族で。
お互いが望んで主と従者の関係になったわけじゃないとは聞いていたけど。
もう三年以上も経つのだからもう少し優しくしてあげてもいいんじゃないのかなぁ、なんて思ったりもする。
「はいはーい。ルートちゃんもかたいこと言わないの。お茶会は楽しまなきゃ、だよ。いまサミィちゃん達のぶんも持ってくるから、座ってまってて」
「あ、すみませんわざわざ」
たぶん、マイカも同じ気持ちだったんだろう。
お茶当番でもあるマイカが、場をとりなすようにそう言うので。
オレはいるもの席につき、その横に律儀に頭を下げているサミィを座らせ、じっと待つことにして……。
(第12話につづく)
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