第10話、時の根源にしてただひとりスクールの長と呼ばれた男の若気の至り



そうして、再び馬車の中の人になってしばらく。

たどり着いたのは、オレたちが通っているユーライジアスクールだった。


生きるための術と、その心を養う知識を学ぶためのその場所は、ユーライジアの国そのものだといっていい。

ユーライジアの国土の約五分の一を占め、世界各地の子供たちが集まってくるだけでなく、この国の政治の中心地であり、その広い敷地の中にたくさんの人々が暮らしている。


その一角に、家のないもの、実家が遠いもの、人と生きることを選んだ十二種族の魔精霊たちが暮らす、『寮』と呼ばれる地域があった。


そこにある中央庭園、さらにそのど真ん中に居を構えるのお屋敷こそが国をまとめる四王家のうちのひとつであるエクゼリオ家のものであり、ここ一帯の魔精霊たちを統括しうる人物……アイカ・エクゼリオが暮らす場所だった。


マイカは、アイカの孫になるらしい。

オレが物心つく頃からここに暮らしている彼女たちだが、マイカの両親に会ったことはない。


マイカ曰く、二人は遠い遠いところにいるのだという。

それは、まだ母さんの理想とは程遠いこの世界においてよくあることだったから、その事については突っ込んで聞くような事はなかったけれど。



「何故この場に来るといつも雲行きが悪くなるのだろう」


そんな事を考えつつ、馬車から降り立つと。

別名『闇の城』と呼ぶにふさわしいマイカの家の佇まいを見て、ケイルさんが珍しく不思議そうな顔をして、そんな事を呟く。


「えっと、確か……マイカ様たちは闇の魔精霊だから、お屋敷の周りに結界を貼ることで、自分たちが過ごしやすいようにしてるって聞きましたけど」


それに、真面目に答えたのはサミィだった。

確かにそれはその通りなのだろうけど。

サミィもそのお付きのケイルさんも、あまりこの場所に来ることがなかったから知らないのだろう。


この、『おどろおどろしい』という表現が相応しい、雷が轟き、黒雲の合間から赤い月が覗き、深い霧が立ち込めるこの場所に、本当はちゃんとした意味などないことを。

いや、ないなどと言ったらマイカに失礼だろう。

これは、マイカの演出なのだ。

掲げた題目は、『いかにも魔王がいそうな城』らしい。

ただ一つ問題なのは、マイカにしろ祖母のアイカにしろ、このロケーションが全くもって似合わない、ということだろう。


特にマイカは、夏の日差しが似合うような溌剌とした可愛らしい女の子だ。

それでもあえてこの景色に似合う感じで言うなら、魔王の城にとらわれたけど逃げ出す気満々のお姫様、といったところだろうか。

自分で言っててよくわかんないけど。



「……っ」

「……ん?」


そんな事を考えながら、庭に一面に咲く、薬草の元になるらしい黄色い花々と、それを囲むようにしてさらさらと揺れ続けるススキによって成された、屋敷の前にある庭園を眺めていると、なんか違和感。


初めにそれに気付いたのはラネアさんだった。

ざわざわとした蠢きに変わる、ススキの穂。

その、草花に隠れて死角になっている場所に、なにかいるらしい。

一瞬の緊張が走る中、何だろうってオレが首を傾げていると、そこから飛び出してきたのは、子供の竜だった。


赤い身体に鱗はない。

火(カムラル)に属する魔精霊の幼生だ。

あるいは、『獣型』と呼ばれるそれは、ぴいぴい鳴き声を上げながら一目散にこちらに駆けてくる。


たぶん、オレたちの魔力の香りにでも釣られたんだろう。

『獣型』の魔精霊には縁がないというか、どちらかというと避けられ気味だったオレはなんだか嬉しくなって体勢を低くし、近付いて受け止めようとする。



「カリス様っ!」


カムラル家のものなのに、一度も触ったことがなかったから、どんな感じなんだろうってちょっと興奮気味だったオレだったけど。

しかしそんな儚い願望は叶うことはなかった。

鋭く叫ぶラネアさんの声と、しゃがむ格好になったオレを、黒い影が覆ったからだ。


火の魔精霊は、それから逃げていたのだろう。

オレの手をすり抜け、あっという間にどこかに行ってしまう。



「あ~あ、せっかく触れると思ったのに……」


背後で噴き出す敵意。

駆け寄ってくる気配。

オレはそれに大丈夫だよと言わんばかりに言葉をもらす。

お前もオレと同じで魔精霊には好かれない性質なんだなって、内心でちょっと親近感が沸きつつ顔を上げると、そこには全身黒づくめの、オレの縦も横も三倍はあるんじゃなかろうかってくらいの大男がいた。



「……二人いる」


一体、どんな身体の構造してるんだってくらい低い声。

しかし、それはこちらを威圧するものではなく、純心無垢な子供を思わせる。

そんな見た目に全く合わない声だ。

そう思うのは、身体の大きさが心の大きさを表すかのように、一見鋭い彼の大きな黒目の中に、澄み切った光を見出せるからなんだろう。


ついでに彼は言葉が足らないことがままある。

彼……キミテの人となりを知っているオレならともかく、サミィたちには何のことやらだろう。

いつの間にかオレを庇うみたいに立っていたサミィとキミテを交互に見やってから、オレは一つ頷き、答える。


「ああ、そっか。キミテには紹介してなかったよな。オレの妹のサミィだよ。で、後ろにいるのがうちのメイドさんで、ケイルさんと……ああ、ラネアさんは知ってるか」


オレは、黙ってればサミィとよく似てるって言われる。

背格好も雰囲気も結構違うと思うんだけど。

やっぱり妹だから、どこか似てしまうものなのかもしれない。



「で、こっちがキミテね。マイカの……執事っていうか、お世話係だっけ?」

「う……」


にこやかに紹介すると、茂みから急に出てきた自分のことを思い出したのだろうか。

キミテはオレの問いに答えることはなく、物凄い勢いでオレたちから間合いを取る。


「すまない。驚かせた。……キミテという。マイカのところにお世話になってる」


かと思ったら、頭が地面につくんじゃないかってくらい深々と頭を下げ、最後のとこだけ否定してみせた。


「いえ、あの。ご丁寧にどうも。カリスの妹のサミィです」


離れたことと(オレ自身は避けられてるみたいで結構へこむんだけど)、その下手すぎる態度に、さっきから背後からびしばし伝わってきれいた敵意が和らぐのが分かる。

いつの時でも仕事熱心なメイドさん二人に思わず苦笑していると、相手の態度に対して何も言わないのでは失礼だと思ったのか、こっちも律儀に頭を下げて自己紹介するサミィ。

引っ込み思案というか真面目というか、そんなところがちょっと似てる気がして、ちょっとおかしい。

オレは楽しげな笑みを浮かべながら、そこで疑問に思っていたことを口にした。



「そんなとこで何してたんだキミテ? 泥だらけじゃないか。庭の手入れかなんかか?」

「……っ!」

「うおっ?」


この大男が草花に隠れて見えなかったわけだから、きっとしゃがみ込んだりしてたんだろう。

半ば無意識のままあに黒の一張羅についてた葉っぱを取ってやると、キミテはその大きな身体からは想像もつかない俊敏さでオレから離れる。

その大げさなリアクションに、同じように間合いを取って声を上げるオレ。


「ごめん。なんつーか手が勝手に」

「……いや。こっちこそすまない」


見た目にそぐわぬ、その空気だろうか。

キミテとはまだ会ったばかりなのに、どうも大きな弟ができたような感覚にさせられてしまう。


「……さっきのあいつ、ここに住み着いてるんだ。マイカはそれを許可してるけど、時々悪戯するから」


お互いの間に包むのは、なんとも言えない微妙な空気。

キミテはそれを打ち破るようにして、唐突にそんな事を言った。

慌ててたからなのか、それが素なのか。

今までの会話の中では、一番の長台詞で。

一瞬考え込んだけど、それがキミテがこんなところで草花まみれになっていた理由、ということなのだろう。


「そっか、燃やされちゃったりとかするの?」

「……ああ、簡単に燃えるのが楽しいらしい」


確かにそれは、追いかけられてもしょうがないかなあって笑ったけど。

そこから再びのだんまり。

どうも会話が続かない。

それはいつものこと……いや、元々無口なほうのキミテにしてみれば、まだ会ったばかりのオレに対してちゃんと会話してくれたほうなんだと思う。

あんまり喋ってくれないその原因は、オレにあるらしいことは、つい最近マイカから聞いた。


何でもオレには、カムラルの家の肩書きに上乗せするように、おいそれと近付いてはいけないような、そんな雰囲気を醸し出しているらしい。

何故らしいかというと、オレ自身に全くその自覚がないからだ。

オレにはそんなつもりはないのに、誰もが一歩引いてしまう。


だからオレには、友達が少ない。

いや、それでもオレと仲良くしてくれる奇特な人は結構いるのだから、その少ない友達のことを、オレは大事にしなきゃっていつも思ってはいるけど……。


自分ではその近付きがたい雰囲気っていうのがよく分からないので、近付きやすい雰囲気を作るにはどうすればいいのかと、その中でも一番の親友のマイカに聞いてみたら、返ってきたのは『無理』というたった一言だった。


その事にへこみつつも。

何故無理なのかは今現在絶賛討論中なわけで……。



            (第11話につづく)






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