第9話、自分には縁遠い微笑ましい想いと関係を見つめたくて
「今日はずいぶんと長いねぇ」
と、そこで。
退屈になったのだろう。
アルのそんな声が聞こえて、オレは考えるのをやめ、目を開ける。
立ち上がって見れば、サミィもとっくにお祈りを済ませていたのか、オレの事を待ってくれていて。
「ごめんごめん。いつもより話すことたくさんあってさ」
「いえ、問題ないです」
そっけないけど、嘘じゃないだろうサミィの言葉。
こうやってお祈りの時間が重なる時は、いつもサミィはオレの事を待っている。
一度理由を聞いたら、オレの顔が見ていて面白いかららしい。
顔には出していないはずだけど、それはそれで複雑なもので。
「この後どうするの? 用事ある?」
「私は特に」
「あ、オレマイカと約束してるんだ。いつものやつだけど、なんかおいしいお菓子見つけたんだって」
マイカは、オレの数少ない友達の一人で。
四王家のひとつ、エクゼリオ家の姫にして魔精霊の女の子だ。
両親はいないらしく、国を治めているひとりでもある、祖母と一緒に暮らしている。
エクゼリオ家が四王家に加わったその歴史が浅く、まだ九年ほどしか経っていない。
それがなぜ他の三家と肩を並べているのかと言えば。
詳しいいきさつはよく分からない。
何でも母さんとエクゼリオの長であるマイカの祖母との間には深い親交があったから、だそうだけど……。
「マイカちゃんかぁ。そう言えば最近、へんなムシがついてるってゆってたけど、ゴキブリみたいなの」
「……キミテのこと? ひどいなぁその言い方。確かにでっかくて全身黒っぽいけどさ、面白いやつだよ?」
マイカはオレと同学年でスクールの副会長を務め始めたばかりだ。
理事長としても接する機会も多く、仲良くしてるのをよく見かける。
それは、二人とも希少な『人型』の魔精霊だし、マイカもオレと同い年の割には幼い雰囲気を醸し出していて、同じく幼いアルとウマがあうのかもしれないけど。
ここ最近になって、マイカの家で新しい執事を雇ったのだ。
それが、キミテ・リヴァと言う少年で。
どこで知り合ったのかマイカに聞いたんだけど、恥ずかしいのかなんなのか、『拾った』の一点張りで。
アルは仲の良い友達を取られてしまったような気分になったのだろう。
眉を八の字にしている様は、そんなキミテが気に入らないらしいことがよく分かる。
「面白いって。話したんですか、その人と?」
「あ、うん。このマイカの家に行ったらいたんだよ。随分無口なやつでさ。マイカがいないと、ほとんどオレと口聞いてくれないんだ。でもって凄く大きな身体でさ、逃げ足が速いっていうか……」
こう言っちゃなんだけど、見ていて飽きない。
アルの悪口も言い得て妙のような気がしちゃってる時点で、オレも存外ひどいわけだけど。
「まさか、カリスが試験の相棒に選んだ人ってその人ですか?」
「え? ……あはは。それこそまさかだよ。キミテは生徒じゃないし」
また引きずってたんだその話題、なんて思いつつも。
オレは笑顔でそれを否定する。
「生徒だよ? この前マイカちゃんが入学手続きの申請してきたもん」
ますますぶーたれた様子のアル。
となるとキミテは中途入学生、ということなのだろう。
「何年生?」
「ハイグレドクラスの一年生」
「おお、優秀なんだ」
「……っ」
基本的にユーライジアスクールは、新しくやってきた人を拒まない。
他国、他大陸から引っ越してきても、すぐにスクールに通うことができる。
ただ、中途の入学生は、ちょっとした試験を受けることになっている。
その結果により、どのレベルの教育が相応しいか判断するためだ。
今二年のオレとそう変わらない年に見えたから……それはすなわち、ユーライジアに九年通っていると同等の実力を認められたってことなのだろう。
それって結構、凄いことなんじゃないかなって思う。
ハイグレド一年生になったばかりのサミィが思わず固まるくらいには。
「相棒って、次の試験……ハイグレドクラス合同のやつだよね? もしやカリスちゃん、あいつと組む気なの?」
「だからないって。そんな話したことないし」
と、どこでサミィとよく似た拗ねた顔で、そんな事を聞いてくるアル。
オレは思わず破顔し、そう言って手を振った。
第一そんな事をしたら、マイカに悪いと言うか、オレが彼の事を面白いと思う一番の理由はそこだった。
マイカの家に行けば、いつも一緒にいる二人。
無口な彼のことはまだ分からないけど、マイカは絶対にキミテに気があるのだとオレは思っている。
マイカの友人としては、その想いが実ることを是が非でも応援したかった。
オレには縁遠いどころか道が閉ざされていると思うと、余計にそう思えてならなくて。
「ま、そう言うことだから。オレもう行くよ」
「そっか……ならいいや。お家でお夕飯作って待ってるね」
「うん。楽しみにしてるよ」
「……っ」
時間は決めていなかったけど、あまり遅くなるのもまずいだろう。
オレは、アルとそんなやり取りをして、手を振って階段を降りてゆく。
ちなみに、ここの番人のはずのアルは。
スクールだけじゃなく、暇さえあればうちにくる。
そんなんで大丈夫なのかって聞いたら、時のはざまの怪物が番をしてくれてるから、大丈夫、だなんて言っていたけど。
そんなオレにワンテンポ遅れて、アルと挨拶を交わした後、サミィがついてくる。
「やっぱり私も、マイカさんのところへついていってもいいですか?」
「ん? そりゃもちろんいいと思うけど……何? キミテのことが気になるのか?」
こことスクール以外あまり外に出たがらないサミィにしては珍しい言葉だった。
だからからかうみたいに、そう言うと。
「違います。世間知らずで無自覚なカリスには私がついていなければ、何しでかすか分かったものじゃないからです」
きっぱりはっきり、そう否定される。
「はは、手厳しいなぁ」
サミィが言うほど、世間知らずなオレじゃないってのは口には出せない。
かといってオレ自身、世間の酸いも甘いも知り尽くしている、なんて事は遠く及ばないのは事実だけど。
心痛める罪悪感をひた隠しにしつつ、オレは肯定の意味での苦笑を浮かべる。
「それじゃあ、一緒に行こうか」
「はい」
「いってらっしゃーい」
馬車の人たちもラネアさんたちも、バラバラになるより二人一緒のほうが手間がかからなくていいだろう。
サミィがついてくることに、異論なんてあるはずもなく。
オレたちはアルに見送られ、渦を巻く名もなき扉をくぐり、マイカの家へと向かったのだった……。
(第10話につづく)
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