第7話、風の教会に誘われて、密やかなる世界の中心へ



「なんだ。本当に違うんですね。脈ありな感じで楽しげに話されていたから私はてっきりカリスもその気なのかと思ってましたけど」


そこでようやく分かってくれたのか、何故か安堵のため息をついているサミィ。

あまり表には出さないが人見知りなサミィは、特に男の人が苦手な部分があるから、そのせいなのだろう。


「確かに組まないかとは言われたけど、別のその気があったわけじゃないよ。数少ない友達と話してるんだから、そりゃ楽しいけどさ」


もしかしたら、最初オレが考えていたのと同じように、サミィはオレと組むつもりだったのかもしれない。

それを考えると申し訳ないなぁって思いつつそう言うと。

今度は何故か大爆笑される。

そう、大爆笑だ。

サミィもラネアさんもケイルさんも、三人そろって。


「ぶっ。くくく」

「……カリスもなかなか言いますね」

「傑作だな」


心底楽しそうな、まるで溜飲でも下がったかのようなラネアさんの笑顔。

何かに感心しているサミィに、めったに聞けないケイルさんの楽しげな呟き。


「……?」


その場の空気が暖かく朗らかなものになったのはいいことだったんだけど。

今オレ、何か面白いことでも言ったんだろうか? って首を傾げずにはいられなかった。

世間知らずとはよく言われるけれど、やっぱりその通りなんだろうなってしみじみ実感させられてしまう。



「となると、カリスと一緒に組む人って誰なんです? ルレインってことはないと思いますけど」


そして、オレの頭が疑問符で一杯になっているところに、うやむやにはさせません、とばかりにサミィがそう聞いてくる。


「ああうん。違うよ? ルレインはルコナで決まりでしょ。そうじゃなくて、新しく友達になったやつなんだ。ノヴァキって言うんだけど、たぶん明日スクールで会えると思うし、紹介するよ」


サミィには迷惑をかけっぱなしだから。

基本嘘つきなオレだけど、せめて彼女の前だけではあまり嘘をつきたくない。

出会った場所や時間のことは話せないけど、これくらいなら許されるだろう。

オレは頷き、そう答える。



「聞かない名ですね。四王家の人じゃないんですか?」

「うん」

「……新しい友達ですか。四王家の人間でもないのにカリスに話しかけようなんて思うとはいい度胸です」


多分違うだろうなって頷くと、返ってきたのは何だかちょっと怒ってでもいるかのような、オレの心にぐさりと刺さる冷たい言葉だった。



「……どうせオレは友達もちょっとしかいない駄目人間ですよーだ」


いじけるようにそう言うと、スクールでの自分を思い出して、どんどんみじめになってくるオレである。


基本的に四王家以外の生徒たちは、話しかけてもくれないし近付いてきてもくれない。

オレが歩けば波割れるように人垣が割れるくらいだ。

カムラルの家の人間だってこともあるにはあるんだろうけど、どうもここ最近それだけではないような気がしてならない。


それに友達友達って言ってるけど、そんな友達の約束すら忘れるようなオレを友達だって思ってるのはオレだけで、合わせてくれてるんじゃないのかなって思うときもある。


なんて言えばいいのか。

触れようとすると避けられるというか、言葉では表現しづらいけど、そんな感じなのだ。

特にさっき名前があがったタインやルレインなんかは。


でも、中にはマイカみたいな何の気兼ねもなく接してくれる子もいるにはいるわけだから……さっきみたいに世間知らずなオレが、ちょっぴり避けられるようなことをしてしまった可能性もある。



「そんな泣きそうな顔しないでください。そういう意味で言ったんじゃないですって」


よくできた妹が、困ったもんだと苦笑してなぐさめてくれるけど、思ってた以上にサミィの言葉は効いたらしい。

そのまま、母さんのいる場所につくまで、オレは気分の奥深くへと沈んだままだった。

気にしないようにしてはいたつもりだったんだけど。

やっぱりオレって弱いなぁ、なんて思いながら。





          ※      ※      ※





「カリス様、到着いたしました」


呼びかけるその声ではっとなり、オレは馬車の中を降りる。

カムラル家直属の騎士たちに壁を作られ道となるその先には、見上げるほどに大きな扉がある。

玄関の屋根下には、音の符を表す紋様。

『風の教会』、と呼ばれる場所だ。

世界を構成すると言われる十二の根源のひとつ、風(ヴァーレスト)を祀るもので、火(カムラル)の根源をあがめるオレたち一族とが縁が深い。


表向きには、お互いの親睦と交流のために、オレたちは足しげくここへと通っている、ということになっている。

触れることなく開け放たれた扉の向こうには、ユーライジアでも一、二を争うほどの大きさを誇る、大聖堂が広がっていた。


中心には、世界全ての風の音を聞き、歌うと言われる風の根源、ヴァーレストの姿。

立ち並ぶ長椅子がヴァーレストを中心に円を描いているのはその歌声を聞き、あるいは祈り歌を捧げるためだと言われている。



今は、祈りを捧げるものはいないようだった。

もっとも、広さの割にはここを利用するものは少ない。

四王家の一つであるヴァーレスト家のものか、オレたちくらいだろう。


運が良ければ懇意にしてもらっている友人の一人であるキキョウ・ヴァーレストの心揺さぶる美声を聞けるのだが、今日は外れだったらしい。

キキョウの姿は、そこにはなかった。



「あれ? キキョウってば、今日はお祈りお休みなのかな?」


後々会うことになるだろうから、それはそれでいいんだけど。


「どうでしょう。ルフローズの日の準備にでも追われてるんですかね、まだまだ先のことですけど」


サミィが言うのは、一年に一度だけある、氷の根源ルフローズをあがめる日のことだ。

ルフローズは催し物好きで、その日はどの家でもいろんな催し物が開かれる。

かくいうオレたちも、ヴァーレスト家の催し物に参加するつもりでいた。

何か出し物を考えておいてねって、そう言われていた。



(何か出し物……)


その時思い出したのは、何故かノヴァキの顔とトランペットの音色で。



「カリス、お祈りしましょう」

「あ、う、うん」


サミィにそう言われてはっとなり。

オレたちは……特にオレは歌が下手なこともあって、心内で祈りを捧げた後、パイプオルガンの脇に隠れた、小さな扉へと入ってゆく。


そのまま迂回するように聖堂の裏手に回ると、薄暗い広間に、全ての魔力の奔流を混ぜ合わせてできたような虹色の、光の渦があった。


それは虹の泉、なんて呼ばれている。

この世界を守る使命を負ったカムラルの一族だけが入ることの許される場所。

時の間に繋がっているとも言われるそれは、『資格』がないものを阻むと言う。

何でも、その時の間には、とてつもなく恐ろしい怪物が住んでいて、資格なきものを血の一滴も残らず食らいつくすらしい。


本当なのかどうかは確かめるわけにはいかないからなんとも言えないけど、そんなわけでここまで着いて来てくれたラネアさんとケイルさんとは、一旦ここで離れることとなる。


母さん……アスカ・カムラルに謁見できるのは、いつもオレたち2人だけ。

母さんにあったことを気兼ねなく話せるのはいいとしても、その事を考えるとちょっと寂しい気持ちになる。


そしてそれは、いつか母さんの後を継いで『アスカ』として生きなければならないことへの戸惑いの一つでもあって。



「カリス? 行きますよ?」

「あ、うん」


そんな事を考えていたオレに、差し出されるサミィの手。

オレは頷きその手を掴む。

それは、二人で来る時には必ずする習慣みたいなものだ。

時の間に住む怪物の話を聞いて怖くなって以来、欠かさずそうしている。

どちらがそう提言したのかは、お互いの名誉のために口にはしないけれど。



「お気をつけて言ってらっしゃいませ」


オレたちはラネアさんの見送りの言葉に一つ頷き、その七色の光の渦へと同時に一歩踏み出す。

何かを捉える感触はない。

代わりにあるのは、吸い込まれていくような力と、軽い酩酊感。

視界は虹色の渦を描き、ぐるぐると回る。


何度体験しても、慣れない感覚。

自分が立っているのかすらもよく分からなくなり。

分かるのは右手にある、柔らかく華奢なサミィの手のぬくもりだけで……。



            (第8話につづく)






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