第6話、友達甲斐のないやつだと思ってる時点で、是非もなし
半刻あまり経った頃には、オレはサミィとともに馬上の人となっていた。
四人が座ってちょうどの狭さ。
オレの隣には、ラネアさんが。
サミィの隣には、サミィの専属メイドの、ケイル・ガイアットさんがいる。
ラネアさんほどではないが、やはり彼女も立場をわきまえてあまり喋ろうとはしない。
いつの無駄に広い場所にいる反動なのか、狭い場所は人をすぐ近くに感じることができて、比較的好きな場所なんだけど。
サミィとの話題が途切れてしまうと、その場はすぐに静寂が支配する。
重苦しいといってもいいかもしれない。
それは不満ではあるけれど。
我が侭を言ってられないってこともちゃんと分かっている。
何故なら外は、危険な場所だからだ。
……いや、カムラル家のものとして外出する場合は、と言うべきなのかもしれない。
国の外にいる魔物に匹敵する怖い人間族……悪い人間たちにとってみれば、オレたちは格好の獲物らしいのだ。
それは、カリウス・カムラルとしてではなく、『夜を駆けるもの』として町へ出なければ知りえなかった状況。
『誘拐でもすれば、一生遊んで暮らせる身代金が要求できる』
『カムラル家の下につく形となっている他の有力王家が、次の盟主の座を奪い取るために、カリウス・カムラルの命を狙っている』
『世界の支配を目論む魔人族たちにとってみれば、カムラル家は最も邪魔な存在』
まさか本人が聞いているとは夢にも思わなかっただろうが、様々な仕事を請け負っているうちに耳に入ってきた嘘かホントかも分からない噂話。
全てが……特に他の三家のことに関しては出任せだとは思うけど、それらの全てがただの噂ではないことを示すように、過去に一度オレたちは馬上で襲撃されたことがある。
それは魔物だった。
頼もしき『風紀』のものたちが国の周りを固めているため、決して外からは入ってこられないはずの魔物。
幸い、小さい頃の魔物に対しての苦い思い出……その教訓もあって、オレたちには腕に覚えがあったし、ラネアさんたちもいたから事なきを得たわけなんだけど。
どうやら国内にいる誰かが、俺たちを狙うために魔物を召喚したという噂が広がって、それ以降馬車には厳重な警備がつけられるようになった。
それまでは風を感じることができたのに、今は対魔法の力を秘めた堅固な鋼の風防と、強化硝子に変えられ、馬車の周りには常に八人以上の護衛がついている。
せめて自分の身は自分で守らなくてはいけない。
そんな経験と教育を受けてきたからこそ、大げさじゃないかなぁとはちょっと思うけど。
結局それは、面子と立場が許されない。
万が一のことを考えて、昼間の外出はいつも籠の鳥だ。
風の音も聞こえない。
ゆっくり進む外の景色を見ていると、その不自由さを強く感じる。
比較的自由にさせてもらえるスクールでのひと時と、カリウス・カムラルではない自分……『夜を駆けるもの』である自分がいなければ、オレはその雁字搦めさにとっくにどうにかなってしまっているだろう。
同じ立場にあって、その面子と立場をわきまえているサミィのことを考えれば、そんな思いは我が侭以外の何ものでもないんだろうけど。
と、そこではたと気付く。
勢いの成り行きだったとは言え、ノヴァキにオレが『夜を駆けるもの』であることを教えて……もし彼がそれを公表していたらとんでもないことになっていたんじゃなかろうか、って。
きっと、せっかく不可侵の自由を許してもらっている自室にも人がつくだろうし、下手したらスクールすら通わせてもらえなくなるかもしれない。
自分が悪いことをしているという自覚があるからこそ、余計にそう思えて。
言わないでくれると約束してくれたノヴァキに、感謝してもしきれなかった。
そんな心内の感情は、少し外にただ漏れだったのだろう。
もしかしたら思い出し笑いでもしていたのかもしれない。
対面にいたサミィが、とても面白いものを見た、とばかりに転がるような笑みをこぼす。
「ふふ、ごめんなさい、カリス。よっぽどいいことがあったんですね。もしよければ、話を聞かせてもらっても?」
二人きりの時ならともかく、仕事のできるお付きの二人は、そんなオレらの会話に混ざることはなく、逐一耳を傾けている。
その上で、何か話せることがあれば、ということなのだろう。
ノヴァキとの出会いを話せれば一番なんだけど、そもそもサミィはオレが『夜を駆けるもの』であることすら知らない。
サミィには楽しい夜の散歩のことはいつか話したいとは思っていたけど。
本格的にバレて身動き取れなくなるのは嫌だったし、かといって珍しくサミィから話をふってくれたのに、何も語らないわけにはいかないだろう。
オレはそれに頷いて。
「うん、あのさ。来週の試験なんだけどさ、パートナーが決まりそうなんだ」
そう言った。
サミィは学年こそ一つ下だけど、今度の実践試験はハイグレドクラス三学年合同のものなので、当然知ってはいるはずで。
「え、そうなんですか? どんな人なんです? 今の今までパートナー決める気なんて全くなかったのに」
だけど思ったよりも驚いた様子のサミィがそこにいる。
確かに言われてみれば、ノヴァキにそう言われるまで誰にしようとかあまり考えたことはなかった気がする。
何事もなければサミィや他の三家の誰かと組めばいいか、なんて思っていたっけ。
「……もしかして、タインさんですか?」
すると、何だか嫌だけど断定するみたいな、低い声色でサミィがそう聞いてくる。
さらに、それまでオレたちの話なんて聞いてませんよってフリして聞き耳を立てていたラネアさんとケイルさんが、あからさまにびくりと反応した。
「え? なんで? 違うよ」
みんなの反応に、今度はオレのほうが驚いて目をしばたかせる。
ユーライジアの四王家のひとつ、ルート・ガイゼルの騎士、それがサミィの言うタインことタイン・オカリーと呼ばれる少年だ。
オレと同じ学年で、知り合ったのはセントレアクラスに入ってからだったけど、知的で……だけど面白い、いいやつだ。
何よりオレと、友達として接してくれる数少ない人物の一人でもある。
「ですけどカリス、あの人に誘われてましたよね? 試験のパートナーの件で」
言下に否定したのに返ってきたのはオレの言葉をまだ疑っているみたいな、サミィの外行きの言葉だった。
だけどそれで思い出したのは、サミィは生理的に合わないとかいってタインの事を嫌っていたことが一つ。
そしてもう一つは、すっかり舞い上がってて? 失念していたけど。
そう言えばタインにもパートナーを組もうかって話をしていたことだった。
「そう言えばそうだった。すっかり忘れてたよ。タインに謝らなくちゃ。随分熱心だったからちょっと気が引けるけど……」
随分と友達がいのないやつだなあと自分自身で思いつつ。
申し訳なさで苦笑を浮かべるしかなくて……。
(第7話に続く)
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