第4話、【火(カムラル)】の姫様らしく、熱くぐいぐいワガママに




少年は、見たことのある人物だった。

話したことはないが、スクールでは見かけたことがある。

『クラス』が違うから名前とかを聞く機会には恵まれなかったけれど、だいたい同学年か、一つ下くらいだろう。

知っている人だと思うと、ふいに身勝手な親近感のようなものが沸いて。

だからこそ余計に彼の真の姿を知ってしまったことが申し訳なく思えて。



「ごめん! 君のほんとの姿を見てしまって!夜の散歩をしていたら凄く綺麗な音が聞こえてきたから、どんな人が吹いてるんだろうって、我慢できなかったんだ」

「……」


がばっと頭を下げ、嘘偽りなく正直に謝ることにする。

だが、それに対しての返事はない。

おそるおそる顔を上げると、未だに驚き硬直したままの少年がいて。

オレが考えているよりも、正体を見られてしまったことは大事だったのかもしれない……そんな風にも思えて。



「君が許せないというのなら、『夜を駆けるもの』がこのオレ、カリウス・カムラルだって公表してくれて構わない。君の正体を勝手に知ってしまった罪に及ぶとは思えないけど……それが、オレの知られたくない秘密であることは確かだから」


仮面を外したその勢いのままに、再び頭を下げ、そんな事を言った。

今思えば、オレはなりふり構ってなどいられなかったんだろう。

今の自由を失ってでも、オレを知ってもらって、あの素晴らしい音色を聞かせてもらえるような、そんな繋がりが欲しかったのかもしれない。



「……『夜を駆けるもの』? それって街で噂になっている何でも屋か?」


それから、しばらく間があって。

なにやら深く考え込んでいるようにも見えた魔人族の少年は、顔を上げてくれることなく、そんな事を呟いた。


目を見て会話してくれなかったのは少し淋しかったけれど。

今回は一方的にオレが悪い立場だし、オレを避けているのかなんなのか、普段から視線を合わせてもらえない事は多々あったので、慣れたものと言えばそうだったろう。

それでも、いつも以上にへこんでいる自分を自覚しながら少年の言葉に頷く。



「あ、うん。そうだよ。その『夜を駆けるもの』だよ。確か、ギルドが断った仕事を奪い取ってお客さんが流れちゃって迷惑してるって……自分で言っちゃ世話ないけど」

「あんた、カリス……いや、カリウス・カムラルだって言ったか? 証拠はあるのか。誰もが知ってる国の至宝だぞ? それが町を騒がす『夜を駆けるもの』と同一人物だって? そんな事を公表して、しかも魔人族の俺が言うことなんで、誰が信じるって言うんだよ」


苦笑混じりのオレの言葉に対して返ってきたのは。

何かを焦ってるかのようにいきなり饒舌になった、そんな言葉だった。

びっくりして、オレは思わず言葉を失う。

それと同時に、確かに証拠がなければどうしようもないことに気付いて。



「これなら証拠にならないかな。母さんからもらったカムラル家の紋様と、火(カムラル)の魔力が封じられた髪留めなんだけど、一つしかないらしいから、お店で鑑定すれば簡単に証明できると思うよ?」


手渡そうとしたけれど、ばばっと逃げられる。

差し出された手が空を切るのがやるせなくて。


「……言い方が悪かったか。魔人族の言葉なんかそもそも信じるどころか聞いてくれる人間なんていやしないだろうが」


その代わりに、冷たく悲しい、そんな言葉が返ってくる。

そんなことない、オレは信じるって言いたかった。

でもそれは、自分が『夜を駆けるもの』だと宣言しているに等しく意味がなく。

信じるという言葉も、彼にとってみればいきなりすぎて信憑性に欠けるような気がして。


オレの口からは、何も出てこない。

そんなオレのことを、少年はどう思っただろう。



「……お前、本当にカリウス・カムラルなのか?」

「うん。火の根源に誓って」


再度の問いかけ。

そこで初めて少年と目が合う。

深い深遠を湛えた、琥珀の瞳。

オレはそれだけは自信を持って、しっかりと頷く。


すると、その瞳が、何かの感情に揺れた気がした。

戸惑い、恐怖、悲しみ……他にも、オレの知らない色を持って。


それは、一体なんなのか。

その答えを求めようとしたけれど。

逃げるように視線を逸らされたから。

それ以上その事について考えることはできなくて。



「……俺の正体になんか何の価値もありはしないよ。忘れてくれればいい。あんたが『夜を駆けるもの』であることを秘密にしたいのならば従おう。口外したって俺に利があるわけじゃないからな」

「でもっ!」


そのまま背を向けて立ち去ろうとするから、オレはまたしても声あげて、少年を引き止めてしまう。



「信用できないか? 魔人族なんて」

「ううんっ、そうじゃなくて! その……なんて言えばいいのか、入っちゃだめなのに勝手に入ってさ。君の場所に土足で踏み込むような真似をして、何もお咎めがないのってどうなのって思って」


冷えた少年の言葉に、オレはぶんぶんと首を振る。

そして、弁解するみたいにそんなオレ自身も何言ってるかよく分かっていないようなことを口にしていて。



再び訪れる、あまり居心地のよくない静寂。

少年が立ち去る足を止めてくれたことだけが、せめてもの救いで。

そう言えば、どうしてオレはこんなに必死なんだろうって、答えの出ない疑問にぶち当たったとき。



「……そこまで言うなら、頼みがある。来週末にスクールで実地試験があるのは知っているだろう?」


少年は唐突に、そんな事を訊いてきた。

スクールの生徒として当然知らぬはずはない。

確か、スクールの地下で最近発見されたダンジョンの捜索をかねたものだったはずだ。

何があるか分からない未開の地であることもあって、楽しみにしていたから、ちゃんと憶えている。

同時に、彼が何を言いたいのか読めてきた。


「今回の試験は2人一組。しかもなるべくなら、他種族であるほうが好ましい。だから……」


俺のパートナーにならないか。

たぶんきっと、そんな言葉が続くんだろうって、そう思ったけれど。

少年は何か苦しそうに、言葉を締めるのをためらっている。

よくよく考えてみたらオレのパートナーなんて面倒くさいだけだって、そう思い至ったのかもしれない。


それはまずい兆候だった。

オレにとっては彼がそう言ってくれるのは願ったり叶ったりで。

そのお願いは、真の姿を見てしまったことのお詫びになんて到底なりようもないだろう。


その事に気付かれてしまったらせっかくのチャンスを逃してしまう。

あの素晴らしい音色を、再び耳にする機会が。

オレはその時、そんな自分勝手なことを思っていて。



「組もう! 是非組もう! オレ、結構成績いい方だったはずだから、きっと君の助けになれると思うし!」


気付けばオレは、縋る勢いでそう叫んでいた。


「……っ」


その瞬間、少年はびくりと身体を震わせて。

とてもとても嫌そうな、悲しそうな顔をする。

それだけで、上がりかけていた気分が一気に急降下する。

勝手なこと考えて調子に乗りすぎたかなぁって、そのまま深く反省しそうになって。



「……よろしく頼むよ。俺はノヴァキ・マイン。ハイグレド一般クラス、2年水(ウルガヴ)組に在籍している。パートナーを決める時になったら、そう伝えてくれ」


俯いたオレにかかったのは、オレの我が侭を肯定する、そんな言葉だった。

下がりかけた気持ちもどこへやらすぐに浮上してオレは顔をあげる。



「ほんと? って、ちょっと待ってよ!」


かと思ったらどこか疲れたように去っていくノヴァキの姿が見えて。

いい加減しつこいだろうなと自分で思いつつも三度ノヴァキを引き止める。

ノヴァキはやっぱり呆れているのか、背を向けたまま立ち止まるのみで。



「もしノヴァキが許してくれるのなら、またここにお邪魔してもいいかな?」


オレを『夜を駆けるもの』として自由にさせてもらえるのならば。

その言葉には、ノヴァキの善意にかこつけてそんな事を考えているオレがいる。

オレってこんな調子のいいやつだったんだなぁって改めて気付かされて。



「……何故?」


表情が分からないままの、強い疑問が返ってくる。

なんとなく、怒っているような気がしなくもなかったけれど。


「えっと……その、ノヴァキの『トランペット』、また聴きたいなって。オレ、ものすっごく感動したんだ」

「……」


結局、我慢できずに。

オレはそんな本音を口にしてしまう。

またしても、長い長い沈黙が続いて。



「好きにすればいい……」


ぼそりと言い捨てるみたいに、そんなお許しの言葉がかろうじてオレの耳に入ってきて。


「ありがとう、ノヴァキ!」



さっさとオレを置いて山を下ってしまうノヴァキにオレはそう叫んでいた。

今まで感じたことのない、喜びを胸に感じながら……。




             (第5話につづく)






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