第2話、蓮っ葉おれさま姫様、今日も今日とて夜のお散歩




オレ……カリウス・カムラルが、ノヴァキ・マインに出会ったのは。


町での『仕事』を終えて。

なんとなく帰る気にならず、夜の散歩を楽しんでいた時だった。



ばれたらきっと大騒ぎになるだろう夜の仕事と散歩。

普段から自室には入らないで欲しいと強くお願いしているので、今のところばれたことはないけれど。

自身の好奇心を満たすためだけの、周りの迷惑を省みない行動と言えばそうなのだろう。


そんな後ろめたさも回数を重ねていくうちに慣れ、しまいには癖になってしまっていて。

そんな感情の推移すら、外に出ることで初めて知ることのできた発見でもあって。




「今日はどこに行くかな……」


夜の『ライジアパーク』(そう呼ばれるユーライジアの国々の人々の憩いの場)

は行き飽きたし、夜の海も満喫した。

守りが固くて夜は入れない『スクール』(ユーライジアじゅうの子供たちが通う、剣や魔法を習い、鍛錬する施設)は論外。

すると残るは……スクールの裏手にある、裏山だけだった。



陽のあたる時分ならば、入ってはいけませんときつく言われている場所。

何でも、裏山のてっぺんには魔物の親玉だと言われている魔人族……その末裔が暮らしているから、らしい。


一昔前までは、魔人族はオレたちのような人間族や、竜族やエルフ族、はたまた魔精霊(魔法を使うのを手伝ってくれて、ユーライジアの世界を形作るもの、とも言われている)を滅ぼし、世界を支配せんとする存在、だったそうで。



(そんなに怖い存在なのかな……)


でもそれは、それはあくまで、一昔前までのことだ。

オレの母、この国の守り主と呼ぶべき存在でもある、アスカ・カムラルによって作られたという『ユーライジアスクール』。


平等な教育が理念で、ユーライジアに住むすべての種族に子供たちがそこに通っている。

そこには当然魔人族と呼ばれる子たちもいる。


家柄上まともに接する機会などなかったけど。

遠目に見た彼らは、大人しく静かで、その姿もオレたちと変わることはなく、とても何か害があるようには思えなかった。



(ここまでする必要ないと思うんだけどな……)


目の前には魔人族にとっては猛毒だという光(セザール)の魔力が込められた封印のロープが張り巡らされている。

昼間ならば、そんなものはない。

誰がこんなものを用意したのか知らないけど、夜に力が強くなると言われている魔人族たちを、ここから出さないための処置らしいって、町の人は言っていた。


かつては魔人族たちの下僕とも言われていた意思疎通の全くできない魔物たちに関してならば、オレ自身にも苦い記憶があるというか、危険であるという体験による認識があるから話は別だけど。


オレとしては、魔人族と魔物は別物だって思いは強い。

だけどそんなオレの考えは、知らないからこそ言えるのかもしれない。


母、アスカ・カムラルが国をまとめスクールを作るまでには、お互いに多くのものが血を流したのだという。

歩み寄りにはまだ遠い。

そんな一般常識を、理解はしているのだが……。



「ダメだ近付くなと言われると、余計に行きたくなるよね」


世界を守る使命のためにずっと会話すら交わせずにいる母さん。

彼女が望んでいるの平等は、こんなものじゃないだろうと勝手に結論付けて、オレに対してはただのロープでしかないそれをくぐり抜け、均された道のなくなった、草木生い茂る山道を上がってゆく。



(……あ、でもよく考えたらこんな夜ふけにお邪魔したら失礼極まりないな。こんな格好だし)


ただの散歩がいつのまにやら魔人族に会うことに変わっていて、はっとなって立ち止まる。

こんな夜更けに人の家にお邪魔することが非常識なのはもちろんだけど、今のオレは『夜を駆けるもの』の変装をしているのだ。


闇色のマントに髪を隠すシルクハット、極彩色のお面。

万一知り合いに出くわした時にばれないように試行錯誤してできたそれは、神出鬼没の夜の何でも屋の服装、でもある。


オレはその姿で、ユーライジア元町にあるギルド……そこで仕事の依頼、あっせんを断られて困っている人たちを助ける、そんな夜の仕事をしていたのだが……。

いくらなんでもこの姿で魔人さん宅へお邪魔したら不審者じゃすまされないかもしれない。

変装を解けばいいんじゃないのかって案もあったけど、結局オレは魔人さんに会うのは諦め、山のてっぺんの景色でも見て帰ろう……そんな結論に達していた。

深く考えずに、好奇心だけで動いていた、と言ってもいいのかもしれないけれど。



山道は次第に進路すら曖昧になる獣道になり、さっきまであったはずの虫の声は途絶え、次第に深く怪しい霧が立ち込めだし、空にはこちらを覗き込むような真円の赤い月だけが見える……なんて頭の中で想像を膨らませていたオレだったけれど。


てっぺんに向かう山道は、拍子抜けするくらいに普通だった。

どうやらオレ自身も、少なからずこの場所は危険だということを鵜呑みにしていた部分があったらしい。

よくよく考えてみれば、この道だってスクールへと通う子供たちの通り道なわけで。


そんな非日常へと飛び込んでしまったかのような状況になどなるわけがなくて。

ただ、思ったよりも大きく見える、赤みがかかった満月だけが現実としてそこにある。

もちろん、その周りには競うように瞬く星たちがともにあったけれど。



それほど傾斜のきつくない、うねった坂道の途中には。

いくつもの枝分かれした道があった。

その先に目を向ければ、人が生き暮らすことを証明する、うすぼんやりとした灯りがいくつも見える。



「……」


オレは、その灯りひとつひとつにあるだろう家族の団欒というものを夢想しながら、止まっていた足を目的地へと向ける。

自分はこんな夜更けにたった一人で、あるべき家を抜け出して一体何がしたいのか、なんてことを考えていて。


その、答えが出ないはずの考えは。

明確な答えとして、オレの前に示されることとなる。



              (第3話につづく)






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