また朝が来た

水原緋色

第1話

 また今日も朝が来た。

 また昨日も死ななかった。


 大学までの約10分の通学路。横断歩道を一つだけ渡る。長い赤信号を待ちながら、毎日のようにぼんやりと『ここに飛び出せば楽になれるんだよな』と考える。

 なぜ実行していないのか、と問われれば理由は一つだけ。痛いのは嫌だ。とにかく痛いのが嫌い。だから辛いものも嫌い。注射も、嫌い。

 あぁでも、もう一つ理由があるかも。めんどくさい。一歩踏み出すことすらも億劫だ。青信号になれば止まっているのも不自然だし、なんとなく急かされた気になって渡るが、赤信号で一歩踏み出す必要がないのに、一歩踏み出すのは面倒だ。

 講義が終わるとすぐに家に帰る。友達もそういうタイプだし、僕もわざわざ遊びに行こうとは思わない。面倒だから。

 赤信号で来た時と同じような考えを巡らして、青信号に変われば渡る。

 夕食の準備も面倒だけど、すぐそこにあるコンビニさえも行くのが億劫で、仕方なく冷蔵庫を漁る。

 4分の1玉残っているキャベツを取り出し、ザクザクと切る。

 包丁を持つ手を眺めて、それをお腹にあてそのまま押し込むことを想像する。……うん、痛い。でも。

 気がついたら座りこんでお腹に刃先を向けていた。

 何回目だろう。ここ数ヶ月似たようなことを繰り返している。

 乾いた笑い声が部屋に響く。大きくため息をつくと。立ち上がり何事もなかったかのように調理をすすめる。

 できた野菜炒めをお皿に移し、ご飯をお茶碗にもる。いただきますと手を合わせ、食べ進める。半分食べたところで吐き気がやってくる。

 あぁ、今日はもういいや。

 それぞれにラップをかぶせ、キッチンへ置く。

 食べないといけないことはわかっているがどうにも体が受け付けない。これがひどくなると、食べ物の味がしなくなるのは経験済みだ。まだ大丈夫だと言い聞かせながら、テレビをつけてぼぉっとする。

 スマホには友達からのどうでもいいメッセージが入っているが、今は返事をする気分でもない。

 ぽいっと近くに放りなげ、壁にもたれた。

 そんなふうにしていたら時計が22時を示している。

 やばい、課題してない。焦ってパソコンを開き、適当に文字を打ち込んでいく。幸い今回はちょっとしたレポートだったから、一時間もすれば終わった。

 安堵のため息をつき、プリンターをつなげ印刷をする。ぐっと体を伸ばし、シャワーを浴びた。

 ベッドに潜り込み寝返りを打つ。真っ暗な部屋に視線を彷徨わせ、今日も終わりかとぼんやり考える。

 このまま寝てしまえば深い夜は明け、眩しい朝日がカーテンの向こうに現れる。

 嫌だな。

 けれど、寝ても寝なくても明日はくるのだ。それなら寝てしまう方が余計なことを考えなくて済む。

 なかなかやってこない眠気とどうでもいい妄想と。そうしていつの間にか眠りにつく。

 目覚ましが鳴って、僕を急き立てる。

 また今日も朝が来た。

 また昨日も死ななかった。

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また朝が来た 水原緋色 @hiro_mizuhara

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