第4話 聖地への誘い
二か月後、オルトモンテ候領に帰ったソマスは、父シャロンの葬儀と兄ヘンスの新オルトモンテ候就任の儀に出席していた。候領内外から有力者や騎士が集まり、次々と挨拶を述べていく。彼らはソマスを見ると、ことさら大きな歓声を上げた。
「ほう、あなたがソマスどのか!」
「父の仇をその場で討ったとは、なんと勇敢な」
「うちのバカ息子にも見習わせたいものだ」
サーカスの人気芸人でも目撃したかのように騒ぎ立てては、口々に勝手なことを言ってゆく。とはいえ、自分が褒められているのは悪い気分はしない。ソマスは浮わついた気分で兄に向って話しかけた。
「これだけ多くの方たちに祝ってもらえるなら、これからのターリエ家も安泰だね!」
しかし、ソマスとは対照的にヘンスは始終ムッとしていた。
「皆、お前と会いたくて集まったのだろう。ターリエ家への忠誠など、果たしてどれほどあるものか」
吐き捨てるように言うと、パーティーの時もヘンスは早々に自分の部屋に引き返してしまった。
「今日の兄上は、どうもおかしい」
不安になったソマスは、その夜パールを呼び出して相談した。パールも今日の儀式には参加していた。
「そう? 私は、ヘンスさまのお気持ちが分かるような気がするけれど……」
とパールが答えたので、ソマスは身を乗り出した。
「ど、どうしてなんだ? 兄上があんな調子なのは」
「だって……面白くないわよ。ソマスばかりが持ち上げられたら。もちろん皆、ヘンスさまを貶めるつもりはないだろうけど、今日の主役はあくまで新領主に就任したヘンスさまの方なんだよ? ソマスも天狗になってないで、もう少し控えめに振舞ったら?」
「そ、そうか……」
自分が実の兄の気持ちに気づけていないことが、多少なりともショックだった。
「それに……」
パールは続けて何か言おうとして口ごもった。
「なんだ?」
「いや、これはソマスに対してちょっと失礼かもしれないけど……」
「構わん。今更失礼なことが一つ二つ増えたところで」
今更って何よ、とぼやきながらパールは話し始めた。
「あなた、あのポッドス戦役で前世の死に際の記憶を思い出したって主張してるでしょ? 自分は殉教者の生まれ変わりだって。あれ、実の兄からしたらかなり気味が悪いわよ。なんか……弟が弟じゃない感じがするじゃない」
「前世がどうだからといって、現世での兄弟関係に影響するわけではない。それに、前世の記憶を思い出したのは事実なんだから、そう言われたって……」
ソマスが反論しようとすると、部屋の扉がノックされてた。二人はぴたりと会話を止める。
「誰だ」
ソマスの部屋を訪れてきたのは、彼の従者だった。
「お話し中失礼いたします。今日おいでなされたマデラウスさまが、明日ソマスさまにお話ししたいことがあると申しておりますが」
そのような名の人物が今日あの場にいたことは、なんとなく覚えていた。確かヴィタリー帝領出身の司祭だった。
「司祭が私に何の用だろう……」
若干の緊張をを覚えつつも、ソマスは翌日の朝早くの時間帯を指定した。
*
翌日の昼過ぎ、ソマスとマデラウスは共にヘンスの部屋を訪れていた。ソマスはマデラウスに会って話を聞くとすぐに、これは兄にも話しておかなければならないと決断したのだ。昼過ぎになって、ようやくヘンスを捕まえることができた。
「急に何の用だ、ソマス」
ヘンスは昨日の不機嫌さをまだ引きずっていた。
「兄上、お願いしたいことがありまして」
ソマスの改まった調子に、兄は顔をこわばらせる。
「何だ? 遠慮せずに言ってみろ」
「はい。実は、ここにいるマデラウスと共に、防衛十字軍に参加したいのです」
マデラウスが持ち掛けてきた話とは、聖地防衛のための遠征軍に参加しないかということだった。シュレーン王国含む“ウェテ・エウロ(西の広大な土地)”と呼ばれる地域を出て東に行ったところにある“エト・イクステ(東の外界の土地)”に、救世主の教えの聖地とされているジェルセレーメという都市があった。彼の地は救世主の教えをこの世界にもたらしたベネディクトゥスという聖者が数百年前に当時の権力者に処刑されて殉教した場所で、この世界での信者にとって人生に一度は必ず巡礼しなければならない聖地とされていた。ベネディクトゥスも、ソマスと同じく転生を主張しており、救世主の教えもソマスが前世で信仰していたものと全く同じであるため、おそらく同じ世界から転生してきたのだろうとソマスは考えていた。
(やはり、主の御心は深淵だ。全てが最初から設計されているように感じる)
マデラウスが持ち掛けてきた遠征軍参加も、ソマスにとっては次男ゆえに参加しやすかった。家督を継いだ長男は領地に残って領地経営をしなければならない。次男以下の方が、軍事行動に専念できる。
「そうか、聖地防衛の十字軍にソマスが……」
ヘンスは一瞬呆気に取られていたが、すぐに頷いた。
「いいだろう。して、兵力が要るのだろう?」
ソマスがマデラウスの方を見ると、彼は
「はい。二百騎ほどお貸しいただければ幸いでございます」
と答えた。
「ふむ、二百か。いや、三百騎連れてゆけ。ソマスが率いてゆくのだから、そのくらいいないと格好つかないだろう」
そう言うとヘンスはふふふと気持ち悪いくらいに陽気に笑っていた。まるで憑き物が落ちたかのようだった。
(やはり、兄上は私を遠ざけたがっているのだろうか)
ヘンスのあまりの快諾ぶりに、ソマスは複雑な心境になった。
*
「いやはや、この度はお引き受けくださり本当にありがたく思う。ソマスどのが来ていただければ心強い。皆の心も奮い立つでしょう」
ヘンスとの会見が終わった後、マデラウスは何度もソマスに礼を言った。聖地ジェルセレーメは現在異教の王朝であるアメシロス朝の遠征軍の脅威に晒されている。シュレーン王国から十字軍を派遣することがよほどの急務だったのだろう。
「私こそ、この聖戦に参加できてこれほど光栄なことはない。あなたが主に誓った通り、かならず我々の手で異教徒を一兵残らず討ち果たす」
ソマスはマデラウスの差し出した手を強く握った。
******
ジェルセレーメは数十年前にシュレーン王国とズィーメリー王国の貴族たちで混成された初期十字軍によって奪取され、その際にジェルセレーメ王国が建国された。同時期に土地を獲得し建国されたタリハリ伯国やマッカン伯国といった国家と共に、絶えず起こるエト・イクステの異教の勢力との紛争から聖地を防衛する役割を担ってきたわけだが、いかんせんこの王国の常備軍は少なかった。十字軍としての遠征を終えた貴族の殆どは本国に帰ってしまうのだ。そういうわけで、ジェルセレーメ王国側が率いるのことのできる常備軍の数は一万を切っていた。
そんな状況下で、アメシロス朝でにわかにジェルセレーメ奪還の機運が高まった。きっかけは一人の男の登場だった。その者の名は、カミツヒコ・ヨイヅキ。彼は若くしてアメシロス1世に抜擢されると、王に敵対する勢力を次々と打ち倒し、アメノハラ教世界を統一したばかりか、各勢力をまとめあげ、ジェルセレーメ奪還のための遠征軍を編成しようとしていた。その軍勢がどれほどの数になるのかは計り知れない。
(この世界での人々の心の支えになっている聖地を、絶対に異教徒に明け渡してはいけない)
ソマスを乗せた船が聖地へと近づくにつれ、その決意は強さを増していった。
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