第3話 初陣そして覚醒(3)
ポッドス兵たちの宿営場所に近づいてくるソマスの隊に最初に気づいたのは、徹夜で建築工事にあたっていたポッドス兵たちだった。シルキ港の要塞を攻め落とすための攻城兵器を、彼らは現地で製作しようと日夜働いていたのだ。
「ワッ、奴ら、攻めてきた!」
木材の運搬を行っていた彼らはすぐさま自分たちの将にそのことを伝えようと走ったが、ソマス隊の放った矢が、彼らの頭上から容赦なく降り注いだ。
「あの者たちを血祭にあげろ!」
ソマスが叫ぶと同時に、騎士たちが馬に鞭をくれる。接近してくるシュレーン人の騎士たちに対しポッドス兵たちは武器を取る暇もなく、木材や工事道具で戦おうとしてはあっけなく槍で突き殺されていった。
「なに!? 作業ちゅうの同胞が奇襲されて殺された?」
睡眠をとっていたムカインアサも起こされてこの知らせに接した。
「おのれ卑怯な! すぐに出陣する。あの間抜けどもにそんな時間稼ぎは無駄だということを思い知らせてやる!」
ムカインアサは“深紅の十字架”を身にまとい、いつものように徒歩で戦場に繰り出した。彼が現場に到着した時、ソマス隊はまだ殺戮の真っ最中だったが、赤い鎧の戦士の姿を見ると、一斉に踵を返して退却を始めた。
(俺とは戦わないというのか、臆病者め)
ムカインアサは刀を握りしめ、雄たけびを上げながらソマス隊のあとを追い始めた。
「ちょっと待て。敵を追い払ったんだから、追う必要は無いのではないか」
同じ時その場にいたポッドス軍の副将・スィンカッサは彼に忠告していた。実際、攻城兵器を作る作業員が殺されたことでシルキ港攻略の予定はやや遅れるかもしれないが、逆に言えばこの奇襲による損害はその程度だった。未開部族の軍の将は、決して大局が見えない人物ではなかった。
しかし、ムカインアサはすっかり戦うムードに入ってしまっていた。
(ここで奴らを痛い目に遭わせてやらなければ、きっとまた襲ってくる。ちょこまかと妨害工作されて図に乗られるのはごめんだ)
ムカインアサは再び獣のように吠えた。
(それに俺は絶対に死なない。この鎧に守られている限り、時間が許す限りできるだけ多くの敵兵を殺して、仲間への弔いにする!)
騎馬で逃げてゆくソマス隊に対して、ムカインアサたちは徒歩で追いかけてゆく。それでも離されないだけの素早さと体力を、ポッドス兵たちは持っていた。やがて、ソマス隊は小さな林に入っていく。それを見てムカインアサはニヤリと笑った。林の中では騎馬の移動速度が遅くなる。
「奴らに追いつくチャンスだ!」
彼が叫ぶと、オオーッという掛け声とともに、ポッドス兵の士気が上がっていく。そのまま彼らも無我夢中に林の中へと突入した。木々の幹や根が直進しようとする者の行く手を塞ぎ、自分の脚で歩く者にとっても決して楽な通り道ではない。しかし、そこはこの地の出身者たち。軽々と身をこなしてあっという間に林を抜けた。するとソマス隊はもうすぐ目の前にいた。
「追いついた! このまま突撃するぞ!」
ムカインアサが勝利を確信した時、とてつもない轟音と共に、彼の視界が明るくなった。同時に背中に感じるほんのりとした熱。彼が先ほどまで通っていた林が、一瞬にして燃え上がっていた。
*
「“シェクリオ・エナ・エンフェレナ(業火の中隊)”は、うまくいったか」
その様子を見ていたソマスは、長槍を握りしめた。作戦は成功している。炎属性の神秘術師部隊による人為的な火災。これがこの作戦の肝となる部分だった。これにより、赤い鎧武者の後ろに続いて林に入っていたポッドス兵たちは焼け死に、また、まだ林に突入していなかった兵たちは進路を阻まれ、赤い武者だけがその味方から引き離されて孤立することになる、という計画だ。実際、ムカインアサの周りに味方は十数名しか残っていなかった。その十数名も、反転して迫りくるソマス隊の放つ矢の雨によって次々と倒れていく。
(罠だったか)
ムカインアサはすぐさま引き返して燃え盛る林の中に逃げ込もうとする。この無敵の鎧が炎からもすら我が身を守ってくれると信じて。事実、古の強力な神秘術の力が秘められた聖具にはそのような効果を期待できるかもしれない。ソマスは、彼に逃げて生還されてしまうのを危惧していた。
「パール、ゆくぞ!」
浮かれそうになる心を抑えて、ソマスは馬を駆けさせる。それに続いてパールも声を上げつつ前進する。二人の騎士が近づいてくるのを見たムカインアサはくるりと敵の方に向き直った。
「退却するにしても、せめてあの二人を屠ってからにしてやる」
ムカインアサは向かってくるソマスの馬の両前足をぐっと掴むと、物凄い怪力で宙に持ち上げた。
(聖具の力、これほどとは)
とはいえ、敵が怪力を使ってくるのは昨日の戦いの様子を見ていた兵から聞いて知っていたので、ソマスは素早く馬から飛び降りた。すかさずムカインアサが刀を抜いて追い打ちを仕掛けてくる。“赤い十字架”によって強化されたムカインアサの剣撃をソマスが槍で受け止めると、槍は真っ二つに割れてしまった。
(奴の攻撃をまともに受け止めてはだめか)
ソマスは腰に差していた剣を抜き、今度は敵が打ち込んでくるのに対して相手の剣を横から払い落とす。ムカインアサの構えが崩れたところで、ソマスは一気に間合いを詰め、剣を相手の腹部に突き立てた。しかし、“赤い十字架”の分厚い装甲でソマスの剣の刃は止まってしまう。ソマスは間合いを離してはムカインアサの刀の餌食になってしまうため、そのまま相手と組みあう形になった。
(パール、今だ!)
ソマスは頭の中で願ったが、パールも同じことを考えていたようだ。彼女はソマスともみ合っているムカインアサに背後から近づくと、自らの刀をムカインアサの鎧の肩と首の間の隙間に向かって差しこんだ。
「ムッ」
ムカインアサは素早くソマスを突き飛ばすと、軽く首をひねった。ここまでしてもなお、パールの剣はムカインアサの肉には到達していない。それほど聖具の護りは強かった。
しかし、パールは自らの役割を完璧にこなしていた。ソマスは気を集中させて、神秘術詞を唱え始める。
「イム・ヌ・サンクトゥス・ドゥミヌス……」
空気がずんと重くなるのを感じる。これほどまでに切迫した状況で神秘術を使ったことはこれまでなかった。自分の力がどれくらい通用するのか……。ソマスは息をのんだ。
「……エナ・ボレタ!」
電気エネルギーが空中から生まれ、ソマスのイメージした通りに動いてゆく。やがて一筋の雷が生まれ、ムカインアサの鎧に差し込まれた剣に向かって轟音と共に落ちてゆく。
「まさか!」
敵が気づいた時には、もう遅かった。雷は剣を伝わり、鎧の中でムカインアサ本体の肉を焦がす。朝日が昇った時には、ソマスが真っ黒になったムカインアサの首を高々と掲げていた。
*
ソマスがあの厄介な戦士を討ったと聞いたシュレーン全軍の士気はたちまち高揚した。すぐさま撤退は取り消され、全面攻勢が再開された。ポッドス軍は敗走し、酋長アミュラは捕らえられて処刑され、スィンカッサは追っ手を逃れてどこかへと落ち延びていった。
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