第2話 初陣そして覚醒(2)

 シャロンの戦死によりシュレーン軍は崩れたち、シルキ港の要塞の中に再び立てこもることになった。対するポッドス軍の士気はますます上がり、このまま一気にシルキを攻め落とそうという声も多く上がっていた。


「歴史的遺物であり強力な神秘術を使って作られたという聖具……それが何故、敵の手に……」


「おそらくあれは“深紅の十字架(クルシス・エナ・レージャ)”ね。長い間行方が分からなかったのだけれど、ポッドスにあったってわけか」


「聖具に対抗できるのは聖具しかない……ここは一旦退却し、帝国の保有する聖具を借りて出直すしか……」


 遠征してきたシュレーン軍の将の殆どが、撤退を唱えていた。


「ねえ、ソマス。みんな撤退の準備を始めてるよ。うちはどうするの?」


 パールが話しかけても、ソマスはぼんやりしたまま返事をしようとしない。


「お父上のことは残念だけど、名誉の戦死だったわ。それに、ソマスは初陣にしてはよく戦ったじゃないか」


「そうだね……」


 本来ならば、シャロン亡き後はソマスがオルトモンテの兵を率いなければならない立場だ。しかし、初陣したばかりのソマスにその役目を期待するのは酷だった。


(私がお姉さんとして、面倒を見てあげるしかないか)


 パールはそう決意すると、ソマスの頭を優しく撫でた。


「今日のところはもう寝るといいわ、ソマス。あとのことは私がやっておくから」

 ソマスはパールに促されるままに寝室へと向かった。


「……さてと」


 パールは、指示を与えられず途方に暮れているシャロンの部下たちのもとへ向かった。


「ソマスさまの命だ。近いうちにオルトモンテ候領に帰還する。船の準備をしろ」


 *


 その夜ソマスは不思議な体験をすることになる。寝室に戻った後横になり、しばらくした時のことだった。


(この感じ……何かに似ている。大切な存在が奪われた感覚……)


 以前にも、こんなことがあった。いつなのかは思い出せない。ずっとずっと、何十年も昔の出来事のような気がする。しかし、高々十五年しか生きていないソマスが、そんなに昔のことを知っているはずがない。


(気のせいだろうか……だが、確かに、前にもこんなことがあったような……)


 そう思った時、ソマスの頭の中に一気にイメージが流れ込んできた。それは、確かに自分がどこかで見た光景。けれど全く知らない、この世界とは全く違う場所での体験だった。この世界の建物よりもずっとずっと高い建物が天に向かってそびえたち、色とりどりの服装をした人たちが道を行き交っている。


(つまりこれは……前世の記憶?)


 と思うと、突然雷のような銃声がソマスの鼓膜を震わせた。周りにいる人たちが次々と苦しそうなうめき声をあげながら倒れていく。その中には、大切な人もいた。ソマスの前世の、妻と子ども。かけがえのない人たちが飛び交う銃弾に胸を射られ、絶望の断末魔をあげながら崩れ落ちていく。あまりに突然の凶行に立ち尽くすしかないソマス。そのうちに、ソマス自身の体にも痛みが走った。


(死ぬのか……? こんな意味不明な死に方で……)


 撃たれたところから血が抜け出ていくが分かった。視界がぼやけていく中で、ソマスは自分の運命を呪った。


(主よ、こんなことがあっていいのですか?)


 この世界を創造するだけの力のある神も、こんな時には一向に助けてくれようとはしない。最期に残った感情は、憎しみだった。


(そうか……前世の私は、異教徒の無差別殺人によって、妻子もろとも殺されていたか)


 イメージが頭の中に流れてくるのが止むと、ソマスの意識は元の世界に帰ってきた。


(しかし主は私をこの世界に転生させた。そして今また、この世界での父が辺境の蛮人によって殺された。このことが指し示す意味はなんだ?)


 ソマスはふと顔を上げる。そこにはソマス専用の長槍が置かれていた。初陣で使ったばかりの、新しい槍。それを見たとき、ある考えが頭をよぎった。


(戦うためか。自分自身で)


 ソマスは槍を手に取る。


(前世では、私は妻も子も、そして私自身も守れなかった。でも今は違う。刀も馬も神秘術もある。そして何より、率いることのできる軍勢がいる。すべて、主がお与えになったものだ)


 *


 就寝したと思っていたソマスが起きてきたので、パールはびっくりした。


「どうしたの? 眠れないの?」


「パール、さっきは気弱になってしまいすまなかった。皆に伝えたいことがある。至急主な者を集めてくれないか」


 パールは急な言いつけに首をかしげながらも言われたとおりにオルトモンテの騎士たちをソマスのもとに集めた。


「なんだ、みんな起きていたのか」


 やけに集まるのが早かったのでソマスはそうぼやいた。


「はあ。パールどのが、撤退の命が下ったと言うもので、準備をしておりました」


 騎士の一人が答える。ソマスがパールの方を見ると、彼女はばつが悪そうに視線をそらした。


「撤退などしない。それよりも、攻撃だ。明日、我が隊は敵に奇襲をかける」


 騎士たちは皆一様に驚いた顔をした。パールもこの時はソマスの気が変になったかと思った。


「奇襲って……そのことは他の諸侯には伝えたんですか?」


 パールが質問する。普段はソマスの子守りのような態度をとっている彼女も、皆の前ではソマスに対して丁寧な言葉遣いをする。


「伝えるも何も、今思いついた。そして、今後伝える必要もない。私たちの隊だけで行動するからだ」


 皆の顔が一層険しくなる。誰かが堪えきれず「そんな無茶な……」と呟いた。


「無茶ではない。目的は敵全体の壊滅ではない。ただ父の仇にして敵軍の英雄である、あの赤い武者を討つことだ」


 ソマスの言葉はだんだんと熱を帯びてくる。


「細かい作戦はパールと、各隊の代表者だけで話し合いたい。無謀かどうかは、それから判断しても遅くはあるまい。他の者たちは只今より仮眠をとれ」


 彼にとって勝てるかどうかは問題ではなかった。必ず成し遂げなければならない、聖戦だ。


「夜明けにここを発つ。日が昇りきる頃には勝利を手にしているだろう」

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