ギヴンランド・クルセイド ~転生聖王と聖騎士たちの聖地奪還聖戦記~

大久保 裏海

第1話 初陣そして覚醒(1)

〈主な登場人物〉

ソマス・ウェ・ターリエ  シュレーン王国オルトモンテ侯領出身の貴族

イレーネ・ルン・フィーラ ズィーメリー王国ウィンガルト伯領出身の貴族

モーガン・ウェ・スーレ  シュレーン王国サナユン伯領出身の貴族

パール・シャン・カットン シュレーン王国オルトモンテ候領出身の騎士

テレジア         イレーネの従者

エリーゼ・シャン・クロー シュレーン王国フォーセイン伯領出身の貴族

ランクト・シャン・ユイ  シュレーン王国シュヴァルラント候領出身の貴族

カミツヒコ・ヨイヅキ   アメシロス朝の聖地遠征軍軍師


******


 讃えよ、偉大な聖王を!

 主は彼をして巡礼者たちの権利を回復せしめ

 進軍の道を塞ぐ異教徒たちを焼き払う

 敬虔な戦士たちが彼に続いて行進するさまを見よ

 彼らは同時に天国へと続く階段をも踏みしめている

 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 彼らの行う殺人は、正しい殺人である

 燃やせ! 燃やせ! 燃やせ!

 彼らの放つ炎は、聖なる炎となる

 身分ある者は司祭のもとにひざまづいて参加を申し出で

 身分なき者は自らの領主の呼びかけに応えよ

 武器を持つ者が立ちはだかる障害を振り払い

 武器を持たぬ者の巡礼の道を開くべきなのだ

 讃えよ、主の加護の下にある聖王を

 悦べ、無敗の軍と共に征けることを


******


 彼の名は、ソマス・ウェ・ターリエ。


 前世の記憶を持つと主張する、その奇妙な騎士が「目覚めた」のは、ポッドス戦役の途中であったという。魁湖をはさんでシュレーン王国の南に位置している、ポッドスという異民族の地は、良い聖氷石の産地だったのだが、その取引を巡ってシュレーン王国から来る商人と決裂したのだ。シュレーン国王はただちに諸侯に令を発し、この経済的な紛争を武力によって解決することを命令した。普段は国王の命令に従ったり従わなかったりする貴族たちだったが、この点においては利害が一致した。


 シュレーン王国南部に所領を持つオルトモンテ候シャロン・ウェ・ターリエも三百騎の騎士と五十人の戦闘神秘術師を引き連れて南へと向かった。その中にシャロンの二番目の息子である齢十五のソマスも含まれていた。彼にとっては初陣であった。


「シャロンどのの次男坊! ずいぶん大きくなったわね。ついに初陣か?」


 ポッドスへと向かう船の中で、やけに慣れなれしい女騎士に話しかけられた。そ

の尊大な態度とまだ少し幼さの残る顔立ちは、パール・シャン・カットン。シャロンに仕えるオルトモンテ候領の騎士だった。普段水戦など想定していない騎士たちは軍船など持っておらず、ビタリーの海運都市から提供された輸送船に詰め込まれる形となっていた。自分よりやや年上のこのおせっかいと顔を付き合わせて船旅を過ごさなければならない憂鬱さから、ソマスはため息を漏らした。


「そんな顔をするな。私がついていれば百人力だぞ? 困ったことがあったら、なんでも私に相談してくれ」


 と言ってくれた。このときソマスは「困ったことがあったら父に相談する」と即答し、相手を苦笑させた。



 ポッドスの北端・シルキの港には合計約四千騎の兵力が集結していた。従者や傭兵を含めたら兵力は一万五千人を下らないのではないだろうか。戦闘前の高揚感が街全体を包んでいた。


「よく来てくれました。どうか早くあの裏切り者を成敗してください」


 到着早々出迎えてくれたのはポッドス現地民族の中でもシュレーン王国に協力的なヌィヴァーカという青年だった。ポッドスの民の中でも権力争いがあり、シュレーン王国に反発する主流派が酋長のアミュラとそのスィンカッサであり、そのスィンカッサの弟がヌィヴァーカである。つまり、この戦いは両者の次期酋長の座をかけた争いという側面も併せ持っていた。


「焦らずとも、すぐにでも仕掛ける。駒は揃った」


 この半要塞化された港町を最後の砦にして大きく勢力範囲を削がれていたシュレーン側だったが、兵力を得た以上、これ以上じっとしている必要はなかった。


 シャロンたちが到着した翌日には既に、シュレーン王国側は動き出していた。城門を開いて兵を展開させたシュレーン軍に対しポッドス側は勢いよく襲いかかってくる。この時初めてシャロンはポッドス軍の全容を見ることができたが、その兵力は味方の約二倍ほどあるように見えた。


 シュレーン側の騎士・兵士が神秘術によって物理的衝撃力を吸収・緩和する鎧を身にまとった重武装なのに対し、ポッドス側はほとんど鎧らしい鎧を用意できておらず、主な攻撃方法も原始的な槍や弓による物理攻撃しか用いていなかった。技巧的な戦術をとることもなく、ほぼ数恃みで勝負を仕掛けている状況だったが、しかし、どれほど数が多かろうと、シャロンにとっては烏合の衆だった。


「”シェクリオ・エナ・ボレタ(稲妻の中隊)”、前に出ろ」


 雷属性の神秘術師で編成された遠距離攻撃部隊が城壁の上に姿を現す。


「攻撃、開始!」


 シャロンの合図で一斉に雷が放たれる。聖氷石を大量に装備しているだけあってその威力は絶大で、神秘術師たちの作り出した光の円陣から放たれたその閃光は、わらわらと集まっているポッドス兵たちの上にまっすぐ降り注いでいく。ポッドス兵は必死に攻撃から逃れようと散開し始めた。


「敵を逃がすな。”シェクリオ・エナ・ステーマ(竜巻の中隊)”、用意」


 今度は風属性の神秘術師が強風を起こして砂を巻き上げる。視界を奪われた敵兵はまっすぐ進むこともままならない。


 とはいえ、次第にシュレーン側の陣まで到達してくるポッドス兵もちらほら現れ始めた。各貴族は歩兵に陣形を整えて盾を構えるように指示を出す。歩兵の盾と盾の間から突き出される槍が、突撃してくる敵兵の肉を切り裂いていく。しかしそれも鉄壁の守りではなく、次第に力まかせに歩兵を押し倒し、こちらの陣に侵入してくるポッドス兵も出てくるようになり、混戦状態に突入し始めた。


「そろそろ、我々も行くか」


 こうなると、神秘術師たちによる遠距離攻撃が味方に当たってしまう可能性もある。シャロンは神秘術師の各部隊を下がらせ、代わりに騎士たちに号令をかけた。


「突撃を敢行する。騎士ならば私に続けッ!」


 その言葉を受け、集められた騎士は各々自分の馬に鞭をくれる。もちろんその中にはソマスの姿もあった。初陣だからといって、他の騎士に遅れてはいけない。いま歩兵が展開されている城門とは別の城門が開き、馬が風のように駆けていく。ソマスは乗馬はそこまで苦手ではなかったので、こうして無事に戦場に出ることができた。


 自分たちに向かってくる騎兵隊を見たポッドス兵たちはそれだけで恐慌に陥った。騎士の繰り出す槍に串刺しにされる者、馬に蹴殺される者……一人としてその突撃の勢いを止められる者はいなかった。


(本当に、俺の槍の一突きで人が死んでいるのか……)


 槍の扱い方に関して様々な訓練を受け、槍試合では他の貴族に勝ったり負けたりしていたソマスだったが、いざ戦場に出てみるとがむしゃらに人影目指して槍を突き出すだけで精一杯だった。


 ともかく、勝敗はついた。ポッドス兵の群れ(もはやそれを一つの軍勢と認めることはできなかった)は騎兵突撃によって切り裂かれ、勢いを失う。優勢に乗じて各貴族たちの歩兵も突撃を始め、その日のシュレーン側の勝利は確定的なものとなった。


 *


 ポッドス側による反攻について説明するには、一人の青年について語らなければならない。ムカインアサは、ポッドスの聖氷石採掘労働に従事していた名もないその日暮らしの青年だったが、酋長アミュラが蜂起した際に呼応してその軍勢に加わることに決めた。武術・格闘の類の心得は特になかったが、体力には自信があった。


 だが、体力だけでは乗り切れないのが戦場だった。シャロンの巧みな戦術によってポッドス兵は翻弄される一方だった。ムカインアサも例外ではなく、神秘術師の落とす雷光に驚き、巻き起こされるつむじ風に視界を遮られ進退の自由を奪われた。なんとかその地獄を生き抜き、敵歩兵との混戦が始まったが、そこでもムカインアサは戦況の厳しさを思い知った。身体能力に秀でた彼は機敏に動いて敵の一人に狙いを定め、手に持った槍を繰り出す。しかし、その攻撃は空しく歩兵の重厚な走行に弾かれた。


(ポッドスとシュレーンには、これほどの差があるのか)


 シュレーンの騎士は馬上から簡単にポッドス兵を突き殺すことができる。それに対し、ポッドス兵は敵歩兵との戦いですら、装甲を破って敵の肉体にダメージを与えることが難しい。味方は敵の数の二倍はいるというものの、その程度の数の優位ではカヴァーできない戦力差だった。


(これは、必敗だ)


 一兵卒ですら、そのことが分かった。既に敵の優勢は決定的で、ポッドス兵は次々と敵に背を向けて逃げ始めている。ムカインアサ自身も目の前の敵歩兵に体当たりを食らわすと、皆が逃げている方角に向かって一目散に駆け走った。


 多くのポッドス兵は戦場近くに散在している林や茂みに隠れて日が落ちるまでやり過ごすことを選択した。足の速い者でも騎馬による追撃を逃れることはできない。そのため、シュレーン側による掃討は日暮れまで徹底的に行われることになった。ムカインアサも例外ではなく、背の高い“太陽の涙”草の茂っている林に逃げ込んだ。


「痛っ」


 草の葉に擦れでもしたのだろう、ムカインアサの腕のあちこちから血が滲んでいる。もっと体を休めるところはないだろうか。辺りを見回すと、草に覆い隠されてはいるが、洞窟の入り口があるのがわずかに見えた。


(これはいい。ここに隠れていれば絶対に見つからないに違いない)


 少しじめじめして心地悪かったが、問題なく隠れていられそうだ。洞窟の奥に向かって進んでいくと、そこに何か赤く硬い人工物が転がっているのに気付いた。


(これは……鎧か?)


 洞窟の奥の方には、いくつかの人骨とともに、やたら鮮やかな赤色をした甲冑が横たわっていた。おそらく昔誰かがここで最期を迎えたのだろう。そんなのはよくあることだが、違和感を覚えるのは、その甲冑が全く色あせていないことだった。まるで今日か昨日完成したばかりの新品のような鮮やかさを保っている。戦士ならば魅かれないわけはない。ムカインアサは気づけばその甲冑に手を伸ばしていた。


「うわっ」


 すると、甲冑が強烈な光を放って輝き始めた。ムカインアサはたまらず目を閉じる。その光は当然洞窟の外にも漏れ出ていく。今のが誰かに見られなかっただろうか。彼は心配になって洞窟の外を窺った。


「そこに隠れているのか! 出てこい!」


 案の定、シュレーンの兵士がこちらに向かって呼び掛けている。ムカインアサは諦めて彼らの前に出た。


「ポッドス兵がいやがった。おい、捕らえろ」

 

 槍を手放したムカインアサに複数の敵兵が近づいてくる。馬に乗った騎士が三人と、歩兵が五人。とても一人で立ち向かえる相手ではなかった。大人しく降伏しよう。そう思った時だった。


「やけに小綺麗な格好をしてる奴だ。ポッドスの中の富裕層か? こいつはいじめがいがありそうだ」


 ムカインアサにはシュレーンの言葉は分からなかったが、その物言いにひどく侮蔑的なニュアンスが含まれていることは察知できた。殺される、と本能的に思った。敵兵同士とはいえ、本来は降伏すれば人道的な扱いが保障されているはずだが、それはあくまで対等意識が前提なのかもしれない。シュレーンの人間など、ポッドス人のことを虫けら程度にしか思っていないに違いない。ムカインアサは拳を握りしめた。


 すると、彼は自分があの赤い甲冑を着ていることに気づいた。いつの間に身につけたのか、全く覚えがない。気が動転していたのだろうか。しかし、兜から足先の装甲まで完璧に装備しており、腰に大刀まで履いている。不思議なことだったが、これはラッキーだ。いちかばちか、戦ってみる価値はある。彼は、ぱっと腰の大刀を引き抜いた。


 詳しい戦闘の経緯は、実のところよく覚えていない。多勢に無勢で勝てるとは思っていなかったので、無我夢中に武器を振り回すことしかできなかった。しかし、気づいた時には無残な敵兵の亡骸が転がっており、ムカインアサだけが無事のまま立ち尽くしていた。


「倒したのか……俺が……?」


 起こったことが彼自身すぐには呑み込めなかったが、段々と状況を理解してきた。


「この力があれば……!」


 数時間後、日が傾いてもなお残党狩りを続けていたシャロンの一隊は、こちらに向かってくる集団を発見した。大胆にも反撃を仕掛けようとしてきたのは、まさしくポッドス側の残党だった。


「やけくそな突撃か。矢を振らせて撃退せよ」


 シャロンが命じると、弓手たちが一斉に矢をつがえ、向かってくる敵軍の上に降り注がせる。次々と倒れていくポッドス兵だったが、戦闘を走っている赤い鎧武者だけは幾本もの矢が当たろうとも意に解せず走り続けている。


「なんだあいつは…?」


 兵たちが訝しむ中、シャロンは顔を真っ青にした。


「急いで全軍に通達しろ! 聖具使いが現れた!」


 その鎧武者はムカインアサだった。あの赤い甲冑は降り注ぐ矢をいとも簡単に跳ね返してくれる。もともと足の速いムカインアサは、徒歩で突撃を行うと、あっという間にシャロン隊の戦闘にたどり着いた。それに続くポッドス兵たちはさっきムカインアサがかき集めてきた残存兵だ。皆昼間の敗戦を取り換えそうと士気旺盛にとびかかってくる。シャロンは覚悟を決めて自らの刀を抜いた。


「シュレーン全軍の陣形が整うまで、我らが敵を足止めする!」


 そう叫ぶシャロンの姿を、ムカインアサは遠目で発見していた。


(あれがこの軍の大将か……)


 そう認識するや否や、ムカインアサは他の敵兵には目もくれず、まっすぐにシャロンに向かって走っていく。シャロンは聖氷石の埋め込まれた刀をムカインアサに向けると、詠唱を開始した。


「イム・ヌ・サンクトゥス・ドゥミヌス・エナ・ボレタ(聖なる主により与えられたボルタナの秘技よ)」


 閃光が走ったかと思うとムカインアサの体が少し宙に浮いた。シャロンの起こした雷による凄まじい衝撃が彼を襲っていたのだ。しかし、赤い甲冑に焦げ目がついたものの、肝心のムカインアサの肉体は全く無傷だった。ムカインアサは衝撃を耐えきると、そのままシャロンの乗る馬に体当たりした。シャロンは馬から投げ出され、地面に転がった。


「おのれっ……」


 シャロンが立ち上がろうとした時には既にムカインアサの繰り出す刃がその喉に突き立っていた。


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