第35話 暴かれた真実
婚礼の儀 当日。
朝から王城で働く人達は忙しなく動いていた。
数日前から各国から貴族や王族、それに伴う人達が大勢アッサルム王国の王都メイヴァインに続々と集まって来ていて、婚礼の儀は国をあげての大イベントとなっていた。
王城は大きく広く、招待された人達が宿泊する場所には何ら問題はなかったが、食事や身の回りの補佐をする者は限られており、王城は婚礼の儀の日まで皆が慌ただしく働いていたのだ。
人が増えればゴミも増える。
ウルスラは休む間もなくゴミを集めては処分に奮闘していた。
早く結婚式が終われば良いのにと、忙しく働きながら自分とは関係のない事だとばかりに、そう思って仕事に精を出していた。
そうして迎えた婚礼の儀当日。
フューリズは王城の一室で純白のドレスに身を包んでいた。
髪も美しく結い上げられ、清楚に見えるように程よい化粧が成されている。
胸元には国王フェルディナンから贈られた、美しく輝く首飾りがあった。そして左手首にはいつ着けられたか分からない腕輪があった。
全ての準備が整い、あとは式が始まるのみの状態となった時、扉がノックされてヴァイスがやって来た。
「フューリズ、用意は出来た……」
「ヴァイス様。もう済ませておりましてよ? ……いかがなさいました?」
「いや……その……驚いてね……」
「何かありましたか?」
「君が美しくてね……言葉が出なかった……」
「ヴァイス様……」
「僕は幸せ者だな。こんなに美しい人と共に生きてゆけるだなんて……」
「あら、私が慈愛の女神の生まれ変わりだから妻として
「そんな事はない! 僕は純粋にフューリズが好きなんだ! この想いに邪な気持ち等微塵もない!」
「ふふふ……分かっていますわ。私はヴァイス様を信じていますもの」
「なら良かった……フューリズ……愛しているよ」
「私も……愛しています……」
ヴァイスがフューリズを抱きしめようとしたその時、また扉がノックされた。いよいよ式が始まるのかと思った二人は、顔を見合わせて微笑んだ。
が、扉を開けて入ってきたのは国王フェルディナンと父親のブルクハルトだった。
「式の前にすまぬな」
「いえ、来て頂けて光栄です」
「フューリズ、おめでとう。本当に美しいよ。自慢の娘だ」
「お父様、ありがとうございます」
「父上、如何なさったのですか? 式まで会わないとばかり思っていましたが……」
「そうなのだが……フューリズに会わせたい者がいるのだ」
「私に? ……それは構いませんが……」
その言葉を聞くと、フェルディナンは侍従に目配せをする。侍従は扉を開けて、外に待機させていた二人の人物を招き入れた。
一人はローブを羽織っており、髪は薄青で長く、端正な顔立ちをしていた。もう一人は10歳位の男の子で、同じ髪の色から二人は親子だと思われた。
それは預言者ナギラスと息子であるリシャルトだった。
この日に何とか間に合ったこの親子は、急を要すとフェルディナンに告げ、フューリズに面会を取り付けさせたのだ。
リシャルトはフューリズをじっと見詰めている。
その視線に不快感を感じたフューリズは、ギリッと歯を鳴らす。何か嫌な予感がするのだ。
「王よ……貴方は何をされておいでなのか……」
そう言ったのはその男の子だ。子供のくせに、放つ言葉が妙に大人びているように感じる。
「リシャルト……? それはどういう事か?」
「この者は慈愛の女神の生まれ変わり等ではございません!」
「なっ!」
「なにを言ってるの?! なんなの貴方!」
「君、フューリズに失礼じゃないか!」
「ヴァイス! 落ち着くのだ! いや、皆落ち着くように! この者は真実を見抜く眼を持つ者! リシャルトに嘘、偽りはない!」
そうフェルディナンが言ってから、チラリと確認するようにナギラスを見る。
「左様でございます。リシャルトの申すことは真実のみ。この者は慈愛の女神の生まれ変わりではございません」
「し、しかし陛下がそう言って私の娘を連れて行かれたのではないですか! 黒髪に黒い瞳だからと言って……!」
「ブルクハルト……それはそうなのだが……」
「僅かに残った力でも分かります。この者は私が預言した者ではありません」
「やはりそうなのか? ナギラス」
「な、なに言い出すの?! 私は慈愛の女神の生まれ変わりよ! そう言って私から自由を奪ったじゃない! お父様から引き離したじゃない!」
「違う……この娘の父親はそこにいる人ではない……」
「えっ?!」
「それは真か?! リシャルト!」
「はい、父様。何かが作用しております。その……腕輪か……」
言われてフューリズはバッと左手首を右手で覆う。これは誰が着けたのか分からない物だった。父親であるブルクハルトからの愛だと思っていたがそれは違うかった。そう知ったのはほんの三日前のこと。
それでもフューリズはブルクハルトを本当の父親だと信じていた。自分が慈愛の女神だと信じていたのだ。
リシャルトがフューリズに向かって手を向ける。それは淡く青く光輝き、フューリズの全身を包み込む。
パリン……
小さな音が鳴り響き、左手首から腕輪が壊れて落ちた。それと同時に、フェルディナンが贈った首飾りも壊れて落ちた。
その時、フューリズの体に変化が起きる。
その姿を見て、皆が息を飲んだ。
「お前は……誰だ……?」
「髪と瞳が……赤い……」
「これが真実の姿です。その腕輪が本当の慈愛の女神の生まれ変わりの力を奪っていたのです」
言われてフューリズはすぐに壁に掛けられた鏡に自分の姿を映す。そこには自慢だった黒髪と黒い瞳ではない、赤い髪と赤い瞳になった自分の姿が映されていた。
それはまるで、三日前に手を下した赤い髪と赤い瞳の女のような姿だった。
そしてその姿を見てブルクハルトは思い出した。一度だけ見た魔女の顔を。その魔女と瓜二つの女が目の前にいるのを見て、驚きと怒りで震えが止まらなかった。
「魔女の……娘……だったの、か……」
「お父様……」
「では……私の娘は……本当の娘はどこに……?!」
「お父様! 私はお父様の娘です! これは何かの間違いなんです!」
「お前は魔女の娘だ! その顔、魔女とそっくりではないか!」
「お父様っ!」
「慈愛の女神が残忍な訳はないと思っておったのだ。これはそういう事だったのか……」
「フェルディナン陛下! 違います! 私は……!」
「これは……この者は対となる存在……復讐の女神の生まれ変わりです。同じ日に生まれた唯一の存在でございます」
「それは真か!? ナギラス!」
「私の力は弱まろうと、こうも溢れ出す邪気を放たれてはその存在を確証する他ございません」
「そんな者を余は大切に保護しておったのか……!」
自分は慈愛の女神の生まれ変わりだと、幼い頃からずっと言われ続けて育ってきた。自分がそうなりたいと思った事は一度もない。そう敬い奉っていたのは、周りにいる者達だったではないか。
それが違うからと言って、いきなりこうも手のひらを返される等、受け入れられる訳がない。一番の被害者は自分なのだ。
フューリズはそう感じ、言われの無い敵意を向けられ憤りを隠せなかった。
「フューリズ……そんな……」
「ヴァイス様!」
フューリズを茫然と見詰めていたヴァイスに手を伸ばし近寄ろうとすると、ヴァイスはそれを避けるように一歩後ろへ後退った。
さっきの言葉はなんだったのか。自分が慈愛の女神の生まれ変わりでなくとも愛していると言ったではないか。
許せなかった。あり得ないと思った。今日は最高の一日となる筈で、誰よりも幸せで気高く美しくあれる日の筈だった。
一気にどん底に突き落とされたようになったフューリズは、キッとヴァイスを睨み付けた。
人の気持ち等簡単に変わってしまう。誰も自分自身を愛してくれていた訳じゃなかった。
愛が憎しみに変わるのは簡単だった。
フューリズは伸ばしたままの手をギュッと握りしめた。
「ぐっ……ぅああぁっ!!」
「ヴァイス!?」
突然大量の血を吐き、苦しそうにヴァイスは呻き、それからバタリと倒れてしまった。
それは一瞬の事で、何が起こったのか誰にも分からなかったが、リシャルトだけは見抜いていた。
フューリズがヴァイスの心臓を握りつぶしたということを……
こいつは見ただけで命を簡単に奪ってしまう。今まで抑制されていた力は解放されてしまった。
全てを理解したリシャルトはフューリズに呪文を放つ。
『邪悪なる力を封印せし聖なる光よ……我に宿り力となれ! 光王の舞い!』
真っ白な光がいくつも表れ、それは眩しく輝きフューリズに纏うようにして包み込んでいった。それは光の竜巻に飲まれたようにも見えた。
その光が少しずつ消えて無くなった時、フューリズは力を無くしたようにその場に崩れ落ちたのだった。
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