第34話 命日に
王城の一角にある宿場の食堂で、ウルスラは朝食を摂っていた。
今日は一ヶ月に一度の休みの日だった。多くはないけれど毎月給金も貰えていて、ウルスラはこの仕事が出来て本当に有難いと思っていた。
採掘場で働いていた頃は、僅かばかりの食事のみで給金なんか貰えた事はなく、それが当然のように思っていたからこうやって休みを貰える事と、給金を貰えるこの仕事をウルスラは気に入っていた。
ゴミ収集場がある一角には小さな畑がある。それはウルスラが許可を得て作った畑で、生ゴミで作った堆肥を混ぜて土を良くし、買った種を植えて野菜を作っている。
収穫した野菜を持って、今日はお出掛けだ。
大きなリュックに荷物を詰めて背負い、食料を買い込んでからウルスラが向かった場所は、王都の西側の端、路地裏奥にあるスラム街。
そこでウルスラは毎月休みの日に炊き出しをするのだ。
ウルスラの姿が見えると、小さな子供達は嬉しそうにワラワラと寄ってくる。そこは王都にすむ住人でさえも近寄らない場所であり、だからここに住む人達はフューリズに操られている人はいなかった。
いや、もしいたとしても、ウルスラがここに来た時点でそれは解けるのだ。
王城でフューリズの力が作用しないのは、実はウルスラがいたからで、それを知る者は誰もいないし、ウルスラ自身も分かってはいなかった。
路地裏の更に奥へ進んで行くと、そこは朽ちてボロボロの建物がひしめき合うように建ち並び、そこに住む人々は身を寄せ合うように生活していた。
ウルスラを見つけると、大人も子供も笑顔になって集まってくる。それにはウルスラも嬉しくなって、絶えず微笑んでしまう。
買ってきた食材と収穫した野菜をリュックから出していくと、何処からともなく大きな鍋が用意される。これもウルスラが買ってきた物で、ここに保管して貰っているのだ。
外に作られた釜戸に火を着け、調理を開始する。野菜を切って肉を切って具沢山の野菜スープを作り、そこに乾麺を入れて茹でる。出来上がる頃には行列ができており、皆が手に器を持ってキチンと並んでいる。
全ての人に行き渡るように配給していって、皆が食べている間、ウルスラはこの界隈の清掃をする。ゴミを集めて、いつも王城でするように生ゴミで堆肥を作る。この一角にも小さな畑があって、そこでもウルスラの指導で野菜は作られている。
しかし、全ての住人に行き渡る程収穫できる事はなく、ウルスラが赴いた時にその野菜で料理を作るという具合になっている。
掃除が終わってから、その野菜で日持ちする漬物を作る。壺に調味料を入れて、下準備した野菜を入れて熟成させると、数日後には食べられるようになる。
そうやって皆に食事を提供し、掃除をしてゴミを一纏めにしてから、ウルスラは皆に別れを言って帰っていく。
それはウルスラが王都に来た三年間、休みの度に行われていた事だった。
それまでこのスラムでは日常的に犯罪が横行していて、それを知っているからこそ近づかれなかったのだが、ウルスラが来るようになってからはその犯罪が減っていった。
ウルスラの出来ることは小さな事だったけれど、それでも何か出来ることをしたくて、こうやって休みの度にスラムまでやって来るのだ。
そうするのは、採掘場での経験があったからだった。
あの場所ではいつも皆お腹を空かせていて、リリーと
「いつかお腹いっぱいパンを食べたいね」
って話していた事が、ウルスラには忘れられない事だった。
だから少しでも、そんな気持ちになっている人がいるのなら何かしたいと思った。
そしてウルスラが休みの日は、リリーや採掘場で働いていた人達の月命日の日にして貰っている。自分がしてしまった事を今もウルスラは悔やんでいて、償わないと自分自身が許せないからだ。
償い方が分からないから、出来る事をする。それがこうする事だった。
そうやって一日、スラムで過ごしてから宿場に帰る。それがウルスラの王都に来てからの日常だった。
宿場へ戻ろうとした時、王城から王族の乗る煌びやかな馬車が目の前を通った。
その一瞬、何か懐かしい感覚がしたのを不思議に思い、ウルスラは走り去る馬車を見続けた。
その馬車にはルーファスが乗っていたが、お互い気づく事はなくその場を離れていく……
ヴァイスの婚礼の儀が三日後と迫った頃、ルーファスは王都から離れる事にした。弟を祝う気持ちにはなれない。その日は各国から貴族や王族が集まる。そうなれば国王であるフェルディナンはルーファスを紹介せざるを得ないだろう。
体が万全でなく、弟を祝う気もない自分が他国の重鎮に紹介され、祝いの言葉を聞かされるのは不本意であり、そこには自分がいない方がいいだろうとの事でルーファスは王都から離れる事にしたのだ。
数日後には戻ってくるつもりで、ルーファスは王都を出ていった。行く先はウルスラと過ごした森にある小屋。
今もルーファスはあの頃の穏やかな思い出に心を馳せる日々だった。
これまでウルスラと過ごした時間はほんの僅かで、幼い自分達は辿々しく寄り添うしか出来なかったが、そうだったからこそ我も欲もなく、ただ相手を純粋に想いお互いを支え合えたのだ。
あの笑顔にもう一度触れたい。この目で見る事は叶わなくとも、その存在をこの手で確認したい。そんな思いが常に心にあって、時間があればルーファスはウルスラを探しにあの森へ続く道を探しに行くのだった。
しかし、それを公に城を離れる事は出来ない為、近隣の街の調査と銘打って父親であるフェルディナンの許可を取った。
フェルディナンは、想い人であるフューリズの婚礼の儀に出席したくないのだろうと勘違いをし、ルーファスの意を汲んで申し出に許可を出した。
ルーファスと入れ替わるように、各国から婚礼の儀に出席する重鎮達が次々と王都へやって来る。
馬車の行き来が激しくなるのを見て、ウルスラはこれから忙しくなるのだと気合いを入れる。その手には花束があった。
今日はリリー達の命日だ。採掘場に行くことも出来ないし、リリーの頭部を埋めた森に行くことも出来ない。倒れて気を失っている時に連れてこられたウルスラは、採掘場が何処にあるのか分かっていなかった。ただ、いつもこうして命日には花束を買って飾ることにしている。
花は食堂の窓際に飾ることにしている。そこに自分の分の食べ物を備えて、窓に向かって祈り悼むのだ。
その日が共に暮らしたエルヴィラの命日になった事は、ウルスラが気づく事もなく。
そしてその後に起こる出来事に予測なんて出来る事等なく。
ただ、亡くなった人達にウルスラは、慈愛の念を抱いたのだった。
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