4話

最近、母国――これは俺がデスパイネ家の令嬢と共にその隣国に脱出する前の、生まれ育った国のことであるが――にて、とある恋愛小説が流行しているようだ。

部屋で上半身シャツ1枚になって筋トレしていたら、メイドさんが部屋に入ってきて現物を見せてくれた。いや、いくら平民でも一応客扱いなので声をかけるかせめてノックして入ってきて欲しいと俺は思った。


「どれど……んんん――?」


それはとある作家が書いた小説らしい。1人の伯爵令嬢が、王子様と婚約していたものの、王子様は別の女性を愛してしまい。その伯爵令嬢は王子様とその取り巻きにより嵌められ、塔に幽閉されてしまう。等に幽閉された令状を見張るのは、素朴だが真面目な兵士。やがて惹かれ合った2人は手と手を取りその塔から姿を消すのだった……。


「おい、これまんま俺とお嬢様じゃないか!!!」


「つまり、お嬢様に惹かれていらっしゃるのも事実、と。」


メイドさんの指摘には、目をそらしたことが答えである。いや、細かい部分やロマンス部分の所は大分違うが、どう見てもこれは俺とお嬢様のことだよな?

特にこの、赤いリボン。赤に直されているけれど、まんまお嬢様に俺が渡したリボンのことだ。誰だこんな細かいことを書ける奴は。俺は訝しんだ。


とりあえず今日の筋トレは中止。俺はメイドからこの小説を借り、じっくり読むことにしたわけだが。


「何で俺毎回口説いてるんだよお嬢様を。逃げるときだけだったぞおい。」


「おいおい、俺は其処まで手は早くない……!」


「いや、まて。口づけはしていないから。」


突っ込みを入れながら、俺は小説を読んでいた。顔を赤くしたり青くしたり、時々苦言を呈したり、違う所をいいながら。である。

当然、俺の部屋にやってきている誰かの視線に気づくこともなく……。


「アルフレド!!!」


「あ、お嬢様。」


気づいたのは、耐えきれなくなった彼女が頬を膨らませて、俺の名前を呼んだからだった。最初は見守っていようと思ったのだが、此方を見ないのがどうもお気に召さなかったらしい。いや、気づかなかったのは悪かったけれど。


「何を読んでますの?私に気づかない位に熱心に。」


「ああ、これメイドさんに借りた小説なんだが。」


因みに読めるのは其れが俺の母国語で書かれていたからである。しかし翻訳したものでないのに、あのメイドさんはどうして持っていたのか。この国の人なのに。もしかしたら親が俺の母国の出とかなのかもしれない。

お嬢様は其れをふんふん、と読んでおり……。


「わ!私用事を思い出しましてよ!!」


と、慌ただしく去っていくのだった。何時もであれば元気だなぁと微笑ましいのだが。なんとなくもやっとしたのは。多分お嬢様が何時もの様に俺を見つめて話をするのを中断したからだろう。俺の心は大分狭くなっていたようだ。気をつけねば。

俺が自戒していた丁度その頃。お嬢様は自分のお付きのメイドに、俺が呼んでいた小説を買ってもらうように頼んでいたなんてことは、俺の知る由もなかった。


そしてその小説を見ながら、アルフレドはもっとかっこいいですのに!!と叫んでいたことなども、また知ることもなく。

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悪役令嬢は諦めないー兵士は今日も溜息をつくー シルマ @siruma

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