3話

俺は現在、頭を抱えていた。何をか?答えは勉学で、である。


この国で働き紐を脱出するには、まずこの国について知っておかねばならない。どこに勤めるにしろ最低限その国での常識は知っておかねばならないのだ。

あと文字。というか文法。ほぼ母国と同じだが微妙に綴りが違う。会話も隣国だからできるが、細かなニュアンスがやはり違うらしい。

というのを、平民が学べる機会はとても貴重である。紐の権利を最大限使い、俺は新しいデスパイネ家の蔵書室から本を借り受け、必死に知識を頭に叩き込んでいた。


と、なるとどうしてもお嬢様との接触や会話は少なくなるわけで。

現在お嬢様に俺は絶賛壁ドンされていた。どうしてこうなったか。大体俺のせいだ。


「アルフレド。」


「な、何ですかお嬢様。」


お嬢様はジト目である。お嬢様も理解はしているからだろう。この国で生きていくために必要な知識を今詰め込んでいることは。だからこそ、名前を呼んで暫し無言になっているのだ。多分文句を言いたいんだろうことはわかる。何故放置されているのかとかそういうたぐいの。だが、それを言わない分別をお嬢様は持っており。それが自分の我儘だと知っているから。唯俺の名を呼び。寂しいのだと無言で伝えているのだと俺は理解した。


いじらしい。というのはきっとこういうことなんだろうな。そして寂しがらせているのは俺だ。酷い男だな俺、うん知ってる。


「……お嬢様。」


「何ですの……。」


お嬢様は俺を壁ドンしたまま、不安そうな眼差しで見あげている。綺麗なドレスを着て、すっかり艶やかさを取り戻した金の髪をしていて。なのに彼女の一房残っている長い髪についているのは、俺があげた青いラッピングのリボンである。

それを見て仄かに嬉しいと思う心と。この国でお嬢様が幸せになるには、俺が早くここから出ていくべきだという気持ちがせめぎ合う。

彼女の命が助かるなら、自分の職も何もかもを捨てても良かった。その気持ちは変わらない。だからこそ現在取るべくは、早くなるべく自立できる能力を身に着けてこの家を出る事であると知っているのに。


なのに、そんな綺麗な、焦がれるような青の目を見てしまえば。其の儘抱きしめたくなってしまう。俺はいつからこんなにも意志が弱くなったのやら。

俺は気合を入れなおして、淡々と告げる。


「俺は文字を覚える最中でして。」


「し、知ってましてよ……。」


「なるべく早く身に着けたいと思っております。」


「私は嫌ですわ……もっとゆっくりでも……。」


お嬢様は少し、いやかなり悲しそうにしている。俺はそれを見てつい、口を滑らせる。


「文字を覚え会話できなければ、お嬢様を街に連れ出すこともできないでしょう。」


いや、本来そんなことしたら不敬で首刎ねられてもおかしくないから、冗句だからって言おうとしたら、お嬢様すっごい顔を明るくして俺を見た。そして抱き着いてきた。


「確かにそうですわ!!!!お勉強頑張ってくださいましね、アルフレド。」


必要なものがあったらおっしゃってくださいまし!と途端に元気になるお嬢様。あああこれついこうだったらいいなぁっていうのを言ってしまった俺は何をやってるのだろう。後お嬢様とても柔らかいです。何がとはいいませんが。

俺は零れた水は盆に返らない。という故事を思い出し、天を仰いだ。

俺はお嬢様とのこの攻防で勝てるのだろうか。勝たねばならないのに……お嬢様の、幸せのためにも。だがどうも前途多難な、ようである。

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