第3話:あんな負け方したのにもう来たんだねぇ♡

「あらぁ?♡」


 天蓋付きの無駄に豪華なベッドに寝転んでいたそいつは、俺の足音に気づくと身体を起こした。


「オタク君じゃなぁい♡ あんな負け方したのにもう来たんだねぇ♡ 偉いねぇ♡」


 そして少女――ガキエルはニタリと笑う。


 桃色ががった色素の薄い茶髪をツインテールにし、大きめの白いTシャツにホットパンツ。カラフルな膝上までの靴下を履いている。僅かに膨らんだ胸部の先にはツンと澄ました突起が浮いている。

 小柄で華奢な体躯といい、常に浮かべる嘲るような表情といい、背中の羽根さえ気にしなければ『ザ・メスガキ』といった風体である。百科事典の『メスガキ』のページに写真付きで紹介したいレベル。


「前の俺と同じだと思うなよ」

「へえ……?♡」


 俺の啖呵に目を細め、笑みを深めるガキエル。


「あのバ……女神様のところに行って戻ってきただけじゃない♡ この短期間に、なにが変わったっていうのかなぁ?♡」


 いまババアって言いかけた? もしくは婆さん? もしまた負けたら絶対チクってやろ。ワンチャンなにか俺に有利な展開になるやもしれん。

 負けないに越したことはないのだが、ぶっつけ本番すぎてこの〝秘策〟が上手くいくかどうかは完全に賭けだった。


「俺には奥の手があるんだよ!」

「おくのてぇ?♡ いったいなあに?♡」

「教えるわけねーだろ……と言いたいところだが、特別に教えてやる! それは、『催眠』だッ!」

「さい……みん……?」


 ガキエルの目が点になった。虚を突かれたせいか、作り笑いのない素の表情だ。そのほうが可愛いと思うけどな。

 だがそれも一瞬のことで、ガキエルはすぐに笑い始めた。


「あっははははは!♡ なにを言うかと思えば、さ、催眠ん? 催眠なんてあるわけないじゃない♡ おっかしい♡」


 ベッドの上で腹を抱えて笑うガキエル。笑いすぎてちょっと涙目になっている。


「きっとエッチなゲームのやりすぎで頭がおかしくなっちゃったんだねえ♡ かわいそうにねぇ♡」


 メスガキの嘲笑を受け流しつつポケットに手を入れた俺は、スマホを取り出した。

 ある画面・・・・を表示した俺は、俺の動作を止めるでもなく興味深げに眺め続けるガキエルにその画面を見せつけた。


「くらえ!」

「きゃっ…………………………なにぃ?」

「とまあこれはダメ元なんだ」

「……」


 当然なにも起こらず、かわいそうなものを見る目を向けられる。ちょっとゾクゾクしちゃうからやめて。

 しかし、やっぱりそっち側・・・・には効かないか。


 俺がガキエルに向けたのは催眠アプリ……なんてものじゃあない。

 黒と白の細い輪のようなものが筒状に連なり、まるでSFアニメのワープゲートのようになっている様が延々と表示される動画だ。ウニョンウニョンってしてるやつ。


 俺はこの動画を、催眠導入のツールとして日常的に用いていた。


 その対象は――俺自身だ。


「俺は、自分自身に催眠――自己暗示をかけることができるッ!」

「……!!」


 俺の言葉に、ガキエルは眼を見張る。


「にわかには信じがたいけれどその自信……ここは侮らず〝できる〟と判断すべきねぇ……」


 ぶつぶつと呟いていたガキエルは、やがてハッとした表情を見せる。


「……! わかったわぁ、道鏡や在原業平、〝校長〟……自己暗示によって歴史に残る性豪になりきる気なのね……!」

「は? いやそんなことできるわけないでしょ」

「えっ」

「まあ聞け。催眠オナニーを日常的にこなしてきた俺は、もとより被暗示の相性がいいんだ」

「さらっととんでもないことをぶっこんできたわねぇ」

「そんな俺が深い自己暗示の力を手に入れたこと、これには悲しい理由があるんだ……」


~ここから回想~


『――さーん、にーぃ、いーち』

「くるぞ……♥ くるぞ……♥」

『……ゼロっ! ゼロっ! ゼロっ!』

「ンほお゛おおおおおっ♥ おおっ♥ おんおん♥♥♥」

まもる~ちょっといい? って、アンタ……なにしてんの……?」

「んお゛お゛?♥ お゛♥ …………おかあさん」


~回想ここまで~


「……………………」

「わかるか!? イヤホンをつけたまま全裸で仰け反って絶頂しているところを母親に見られた俺の気持ちが!」

「お母様のほうも息子のそんな姿見たくなかったでしょうに」

「さすがの俺も心に致命傷を受けた。そこで、考えたんだ」

「ひとの話を聞かない人だねぇ」

「ほら、エロ同人によくあるだろ? 女に〝これは恥ずかしいことじゃない、当たり前のことだ〟って催眠をかけて服を脱がせたりするやつ。アレだよ」

「すっごい良い笑顔でクソみたいなアイデアを披露されて戸惑いを隠せないなぁ」

「さっきも言ったように、俺は催ニーのおかげて被暗示性が高い」

「そうやって略すんだ」

「方法やツールをネットで調べた俺は、さっきの動画を見つけ出し、自らに繰り返し繰り返し、暗示をかけた。涓滴けんてき岩を穿つというが……思い続けることで、なんだか本当に恥ずかしくも情けなくもなくなってきたんだよ!」

「その慣用句もまさかこんな汚い場面で使われるとは思わなかっただろうねぇ」

「いまでは親戚一同の前で催ニーを披露できる!」

「この悲しきモンスター、生き返らせちゃだめなやつだ」


 肩を落としたガキエルは小さく息を吐くと、俺を挑発的な目で見上げてきた。瞳には淫靡な色が爛々と輝いている。


「私が責任を持って、女神様のところに送り返してあげなきゃだねぇ♡ 何度でも、何度でも♡ 心が折れるまで相手してあげるからねぇ♡」

「残念だがそれは無理だな」

「ずいぶん自信があるみたいだねぇ♡ だってそれ、結局はただの思い込みなんでしょう?♡」

「たしかに俺の自己暗示じゃあ、まだ自分の身体能力を上げるようなことはできないさ。だがな――」


 俺はスマホを取り出し、動画を凝視しながらある人たちを強く思い浮かべた。


「俺にはできる。お前の話した言葉を――田中○衛や中○彬の発言だと思い込む・・・・ことがなぁ!」

「ええっ!?」


 さっそくこのとき、ねじねじを首に巻いたおっさんが仰天しているイメージが脳裏に浮かび上がった。メスガキに迫られウォーミングアップとばかりにムズムズしていた相は即座にシュン……となった。



 *



「クッ……わ、私の負けよぉ……」

「勝ったッ! 第三部完ッ!! コロンビアっ!!!」


 悔しそうに膝をつくガキエルの横で、俺は全裸のまま立ち上がってガッツポーズをした。



 自己暗示という強力な技を手に入れた俺は、性の絶対防御将軍であった。

 いかにガキエルが淫語で挑発してきても、目を閉じた俺の脳裏には田○邦衛や○尾彬といったねちっこ……話し方に特徴のあるオッサンの顔が思い浮かび、立ち上がりかけたマイサンは瞬時におネムになる。

 ガキエルに対し、防衛面で俺は無敵だったのだ。


 だがしかし大きな問題があった。


 メスガキに「負けない」ことは、「勝てる」こととイコールではないのだ!


 だって考えてもみてよ。童貞の俺が百戦錬磨のメスガキを絶頂させられるわけないじゃん。当たり前だね。

 この世界では飯を食ったり眠ったりしなくても活動できるらしい。そしたらこのままじゃ永久に勝負がつかないしどうしようってなるじゃん。だから俺はダメ元で「あと三十分耐えきったら俺の勝ちにしよ」って提案しつつガキエルを全力で挑発してみたんだ。


「えええ!? まさか自信が? おありにならない? あの、あの四天使たるガキエル様が? 童貞オタク相手に? ビビってらっしゃる? あ、あまりの驚きに射精しそう」


 これが面白いくらい効いて、顔を真っ赤にしてプルプルしながら「やってやるわぁ!」って乗ってきた。

 で、結果は見てのとおりです。



「鯖読み若作りババア、破れたりィ!」


 再び俺は勝鬨を上げた俺に、ガキエルは目の端に涙を浮かべながら食い下がってきた。


「な、なんてこと言うのよぉ……! 女神様じゃあるまいし、そこまで言われる筋合いはないのに……」


 思いのほかショックを受けている様子に、ついつい俺は訊ねていた。


「えっ、だってどうせ四百歳とかなんでしょ?」

「はああ!? 私はまだ二十二よぉ!」

「……マジ?」


 二十二って俺のひとつ下じゃん。いや二十二でそのロリロリな格好はキッツイ。キッツイんだけど、それはそれでちょっと興奮するな……。


「もうなんなのぉ! 今更やる気出してぇ!」


 悲痛な叫びにも俺は振り返らない。

 ムクムクと無垢イノセントな愛棒がムックリしてきたのを感じながら、俺は次のバトルへと向かったのであった。


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俺VSメスガキ天使軍団!絶頂バトルで勝利しろ!~女神と燃えるエルフの森~(仮) 九泉 @nils00000

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