第2話:異世界のエルフの里が焼き討ちに(5・7・5)

「あっはははは! みて! 見てください! 燃えてますよお! すっご! すごお!」


 女神とコタツを囲みながら、俺はレトロなブラウン管テレビの画面を放心状態で眺めていた。

 曲面のあるアナログ画面に映し出されているのは、異世界のエルフの里が焼き討ちに遭っているリアルタイム映像だ。


 そう、焼き討ちである。映像が始まった頃には風光明媚だったエルフの里は、いまや悲鳴と怒声が飛び交う地獄と化していた。

 死んだ目をしている俺とは対照的に、なにが楽しいのか、女神は凄惨な映像に大はしゃぎである。


 画面の向こうでは逃げ惑うエルフたちが、覆面をつけた者たちによって次々に捕らえられていく。

 者たちっていうか、エルフを捕らえているのは天使だ。覆面で顔こそ隠しているが、華奢で小柄な体躯、そして炎の中でも輝きを失わない純白の羽根が、これみよがしに背中で踊っている。


『エレナ!? エレナアアアアアアア!』

『い、いやぁああああああああああああ!』


 恋人か、それとも兄弟だろうか。捕まった年若い男女のエルフが、羽交い締めにされ引き裂かれていく。

 女の方へ、数人の天使が近寄っていく。覆面越しにも下卑た表情を浮かべているのがわかる。彼(?)らはエルフの少女を組み伏せると、華奢な体躯に不釣り合いな、禍々しく巨大な一物を曝け出した。うへぇ……。


『ヒイッ!?』

『お前らなにを!? やめろォ! エレナを離せ! お、俺はどうなってもいい! エレナを離せええ!』

『嫌あッ!? やだやだやだ! やめてぇええええええええ!!』

『やめてくれ……! 頼む……あ……あぁ……!』


「あららそんなところで……あらあらまあまあ……♡」


 目を覆いたくなるような情景を、座布団に腰掛けた女神は煎餅を齧りながら鑑賞していた。狂ってやがる……。

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、女神が煎餅を齧るボリボリという音が妙に噛み合って(煎餅だけに)おり、頭がおかしくなりそうだ。

 これはあれか。子供が楽しそうに捕まえたトンボの羽を毟り取ったり、蟻の巣を水責めしたりするのと同じ感じなのだろうか。


 捕らえられたエルフたちだが、労働奴隷や性奴隷として使われる・・・・、らしい。「天使たちは男の子にも女の子にもなれるから、どっちも使えてお得よねえ」と、親切な女神様が聞きもしないのに教えてくれた。


 ……しかしこれも、俺が敗北したせいだ。この地獄は俺が作ったのだ。せめてもの償いとして、俺はこれを目に焼き付けよう。



 * * *



 数刻前。戦場へと強制的に送られた俺は、メスガキ天使軍団の先鋒・ガキエルに挑み――為すすべもなく無様に敗北した。


 ――大人なのに負けちゃうんだぁ♡ だっさいねぇ♡


 ――あれえ♡ 負けちゃいそうだねぇ♡


 ――あははぁ♡ もうだめみたいだねぇ♡


 ……耳を舐め回すようなねっとりとした口調が、脳裏に焼き付いて離れない。


 メスガキ天使軍団先鋒・ガキエルは、オーソドックスなタイプのメスガキだった。

 ……オーソドックスなタイプのメスガキってなんだ。自分でもよくわからなくなっているが、と、とにかく大人を舐めている、煽り口調の美少女だ。


 俺はいままで、そういったタイプには強いと思っていた。マンガや同人誌はもちろん、イラストサイトや、小説、SNSのなりきりアカウントまでフォローして、メスガキウム(メスガキ成分)を常日頃から摂取している。もちろんASMR音声も積極的に聴いて鍛えているから耳への対策もばっちりだ。

 そんな俺だから、いまさらメス・スタンダード・ガキが登場したところで、そう易々と負けるわけがない。大人の怖さを見せてやる。そう思っていたのだ。


 だが、結果は惨敗だった。

 勢いをつけて飛び込んだバトルフィールドには、俺の想像を遥かに超えた存在が待ち受けていた。


 悪戯っぽく目を細め、ニヤニヤと厭らしく笑う微少女(誤字ではない)を目の当たりにして、俺は前傾姿勢のまま一歩も動けなくなってしまったのだ。そしてあとはもう、されるがままだった。思い出しただけでも股間がピクピクしてしまう。


 ――じゃあねぇ弱いお兄さん♡ また負けに来てねえ♡


 そして十分後、ひらひらと手を振るガキエルに見送られ、俺は『女神の間』行きのエレベータへと乗り込んだのだった。デトックスの清々しさを覚える自分を必死に抑えながら。



 * * *


 

 必ず勝たねばならない。無様な敗北を思い出し、俺はその決意を新たにした。


 一部の異世界転生の主人公たちとは違って、俺には天才的な頭脳も無いし、鍛え上げた肉体も無い。

 もちろんチート能力も貰ってない。チートで無双でハーレムなんて今の状況じゃ夢のまた夢だ。

 口元に手を当てて欠伸をしている女神へ恨めしげな視線を送れば、やれやれと肩を竦められた。 


「生き返りのチャンスがあるだけでラッキーなのに、この状況でチートまで望むなんて人間は強欲ですねえ」


 ぐ……確かに。それはそのとおりだ。

 自業自得で命を落とした俺は、文句を言わずに拾ったチャンスを活かすべきだろう。


「そもそも貴方、転生してないでしょうに。まあここ女神の間は貴方にとって異世界のようなものですから、ある種の『異世界転移』ではあるのかもしれませんが」


 言われてみればもうここは日本でも、地球でさえもないんだな。

 主観が地続きだったからどこか現世の延長のように考えていたが、この場所もここにいる人(?)も超常存在であることを改めて自覚した。


 そうか……青少年保護育成条例も、児童淫行罪も、ここには存在しないのだ!


 そもそもアイツら見た目からは想像できない年月を過ごしているだろうし。いわばロリババア……いや、メスガキババアなのだ。

 小市民が染みついた俺は相手の見た目でもう萎縮してしまっていたが、相手がメスガキババアならばやりよう・・・・がある。


「……よし、あった」


 俺はポケットに手を入れ、その感触を確かめる。


 ――このとき俺は、メスガキ天使に対抗する秘策を思いついていた。

 だがそれを、ここでわざわざ説明したりはしない。

 女神と天使たちがグルじゃないって保証はないからだ。むしろグルである可能性のほうが高いと思っている。わざわざ手の内を明かすようなことは極力避けるべきだろう。


 ブラウン管テレビからは相変わらず凄惨な映像が垂れ流されていた。


「しかし……なんか〝燃やして・犯して・殺して・攫って〟ってワンパターンで飽きちゃいますね」


 酷い言いようだ。


「まあまだ初回ですし。次はもう少し趣向を凝らしてみることにしますね」

「残念ですけど、その機会は永久に訪れませんよ」


 すっくと立ち上がった俺に、女神は今日イチの笑顔を向けてきた。


「あれだけ無様な敗北をしてきたのにその自信、ちょっと怖いですね」


 ノーモーションで心を折りにくるのはやめろ。ドSかな? たぶん邪神の類だと思う。

 言葉の槍で丁寧に抉ってくる女神を無視し「もう少し自分を客観視してみては?」


 無視し……「やだあ、ちょっと涙目になってるじゃないですか」


 無視、し……!「震えちゃって。かわいいですね」


「もうやめてよお……ゎぁあああああああああああああああああああああああ!?」


 泣きながら訴えかけたところで床が抜けた。

 ちくしょう、現世に戻ったら絶対に訴えてやるからな!

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