決着
『双葉さんはA1Nへ、藤林さんは至急牢屋へ戻って援護をお願い致します』
残り時間が二分半になって、潜伏していた出雲を一葉が見つける。
間髪入れずチサトさんから指示が入るが、相手は藤林が戻ってくるより先に一葉と双葉の追跡をかわしながら牢屋へ向かってきた。
「空也君さ、その足で守れんの?」
挑発しながら、出雲は俺をかわしにかかる。
ここだけは譲れない。
「くっ!」
相手の動きはわかる。
しかし身体がついていかなかった。
「しまっ――――」
「はい、オレの勝ち」
「させるか~っ!」
捕まっている仲間へ腕を伸ばした出雲が、慌ててターンして回避する。
キャプチャルを投擲して救出を防いだ一葉は、俺と出雲の間へ割って入った。
「ちっ! 惜しかったんだけど…………っと、こりゃ参ったね」
「ここは……通さないっすよ……」
救出を諦め退こうとした出雲の前に藤林が立ちはだかる。
一見バテバテの少女ではあるが、それでもかつてのチームメイトかつトリッカー。一体何をしてくるかわからないため、そう簡単には抜けないようだ。。
『ジェイル・トライアングルです』
チサトさんの指示通り、一葉と双葉と藤林が三方向から囲む。
流石の出雲も、この状況では逃げ場がない。
そう思っていた。
「オレ一人に四人掛かりとか、流石にやり過ぎじゃない?」
出雲は笑ってみせる。
その笑いは、諦めによるものではない。
逃げ道ならいくらでもあると、そう言わんばかりの余裕に溢れた笑みだ。
(アイツ……まさかっ?)
予感がした。
こんなこと、普通なら考えもしない。
しかし五十嵐出雲という男なら充分にあり得る。
寧ろアイツは、昔からそういう危険なことをする奴だった。
「!」
出雲がフェイントを掛ける。
そして包囲網が僅かに崩れた瞬間、あらぬ方向へ向かって加速した。
瞬間、俺は理解する。
一体アイツが何をしようとしているのかも。
この機を逃したら、勝ち目がなくなることも。
『行け、バカ息子』
そんな声が聞こえた気がした。
迷っている暇はない。
気付いた時には、既に身体が動いていた。
『――――』
通信越しに何か言われたが、耳に入ることはない。
頭の中は、目の前にいる一人の男に勝つことしか考えていなかった。
三人の虚を衝き逃走した出雲は、道なき道を滑り続ける。
それはスライパーにとっては行き止まりである、エスカレーターの手摺りだった。
『大事なのは右足から左足への重心移動だ』
加速した俺は、先程出雲がやってのけたように左足だけで滑る。
そして右足を上げ、手摺りへと車輪を乗せた。
「くっ?」
スーパーレベル6、ステアライド。
…………いや、スペシャルスキルであるウォールライドに近いかもしれない。
どちらにせよ今の俺では明らかに技術不足……上手くいくかは運次第だった。
『幸運は祈るもんじゃねえ。掴み取るもんだ』
「!」
ホイールが手摺りへと乗り上げる。
身体がよろめくが、ここで倒れる訳にはいかない。
手摺り上で滑り続けながら、俺はキャプチャルを構えた。
「いっけええええええええええええええええええええええっ!」
大声で叫びつつ投擲する。
真っ直ぐに飛んでいくキャプチャル。
やがてそれは、出雲の足首へと貼りついた。
「…………ふう、今のは流石にヤバかったね」
左足首から伸びる光の線。
その色は確保を示す赤ではなく、拘束を示すエメラルドグリーンだった。
右足首にキャプチャルは付いていない。
あと一歩届かず手摺りに衝突した後で、一階へと落下していく。
「何はともあれ、これでオレの勝ちっと」
…………ここまでか。
そう諦めかけた時だった。
『ロックオン』
イヤホンマイク越しに聞こえた裏真の声。
それが聞き間違いでないことを示すように、エイマーの少女は静かにコールする。
『シュート』…………と。
「!」
瞬間、後方から一対のキャプチャルが飛んでいく。
手摺りという細い道を滑るが故に、予測しやすい動きをしているスライパーへ。
完全に勝利を確信し油断している、恰好の的と化した出雲の元へと。
「なっ?」
エスカレーターの手摺りを上り終えた出雲が、着地した後でターンしつつ止まる。
その数秒後に同じ道を滑ってきた俺もランディングを決めようとするが、着地した振動によって右足首が痛みバランスを崩すと派手に転んだ。
「おぐはっ! 痛ぅ…………っ!」
悶絶していると、ふと手を差し伸べられる。
その男の足首は、赤い光の線で繋がれていた。
「何だ、生きてたんだ」
「勝手に殺すなよ」
「ま、今回は負けってことにしておこうか………………なんて言うと思った?」
ニヤリと笑う出雲を見て、慌ててバディを確認する。
そこに表示されている点数は、今まで捕まえてきたメンバー同様1点だった。
「俺が6点だと思った? 残念、1点でしたってね」
イタチの最後っ屁とばかりに、べーっと舌を出す出雲。
そんな好敵手に苦笑しながらも、まだ時間は一分残っていることを確認する。
「藤林、連行頼んでいいか?」
『最後の一人がまだ残ってるっすよ?』
「大丈夫だ。こっちに来てくれ」
俺の代わりに見張りをしてくれていた少女は、エスカレーターを上がってくる。藤林へ出雲を引き渡した直後に、一葉と双葉もスロープを経由して二階へやってきた。
「お兄様っ! 足はっ?」
「大丈夫だ。心配掛けて悪かったな」
「本当だよ~っ! でもでも、お兄ちゃんすっごい恰好良かったよ!」
『恰好良くありません』
「!」
『あれだけ無茶をしないよう言ったにも拘わらず空也さんは…………と、言いたいことは沢山ありますが、今は試合中です。音羽さんを捕まえに行きましょう』
「はい。一葉、双葉、俺に付いてきてくれるか?」
「えっ? お兄ちゃん、キリウのお姉ちゃんの隠れてる場所わかるのっ?」
「まあ、多分だけどな」
もしかしたらチサトさんは最初から分かっていたのかもしれない。
そうなると霧雨を最後にしてくれたのは、彼女なりの粋な計らいだろうか。
『甲斐君、ちゃんと捕まえられるのかい?』
「ここまで御膳立てしてもらったら大丈夫だよ。ありがとうな」
「お兄様、わたくしの肩を使ってほしいですわ」
「一葉も肩貸してあげる!」
「大丈夫だって」
「い~からい~から」
「どちらに向かいますの?」
二人の肩を借りつつ、俺は行き先を指示する。
チサトさんから何の反応も返ってこなかったため、場所は間違ってないみたいだ。
「二人はここで待っててくれるか?」
素直に首を縦に振ってくれた一葉と双葉の頭を撫でる。
先程まで痛みがあった筈の足は、不思議と何も感じなかった。
試合中とは思えない程に、気持ちは落ち着いている。
「…………」
足を止めたのは、このショッピングモールに一つしかない店。
ミーティングでフィールドマップを見た時から、ここしかないと思っていた。
見慣れた名前の店やお洒落なショップが並ぶ中、場違いなくらい随分と古めかしい雰囲気が残っている駄菓子屋の看板を眺めた俺はゆっくり歩を進めていく。
「………………悪い。待たせたな」
少女はそこにいた。
好物であるねりねりは既に食べてしまったのか、空になった容器が置かれている。
いつも通りの何を考えているか分からない顔。
ただ心なしか、その表情は笑っているように見えた。
「……遅い」
「これでも苦労したんだぞ?」
「……ハーレムなのに?」
「何でそうなるんだよ」
どうやらチームメンバーが女子ばかりであることに御立腹らしい。
そんな少女へ、俺はポケットに入れていた少女の好物を差し出した。
「約束だからな」
ねりねりを受け取った霧雨は、腕を伸ばしたまま不自然に動きを止める。
その意味を理解した俺は、手首へそっとキャプチャルをつけた。
「戻って来てくれるか?」
「……勿論」
少女の手首へ、糸のように赤い光の線が現れる。
そしてもう二度と逃がさないよう、その小さな手をガッチリと握り締めるのだった。
《――――この勝負、チーム・甲斐空也と愉快な仲間達の勝利とします――――》
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