信頼

 仲間達が弾けるように散っていく。

 普段なら一緒に飛び出すため、その後ろ姿を見届けるのは不思議な気分だった。


『冬野さん達は相手を見つけた次第、サイドアタックに向かってください。二階へ逃げる場合は藤林さんが、万が一中央へ逃げた場合は……裏真さんがお願い致します』

「投擲なら俺でも大丈夫ですよ」

『わかりました。無理だけはなさらないでくださいね』


 裏真のいる100均は牢屋からでも見える位置にある。ただその視野や射線を考えると、どちらかと言えば二階の敵の方が狙いやすいだろう。


『見つけましたの! G7S、スライプワンですわ!』

『オケオッケ~っ! ぱにゃにゃんぱ~っ!』


 チサトさんの読み通り、相手スライパーを双葉が発見。すかさず一葉は笑顔で俺の目の前を横切ると、挟み撃ちにするため高速で目的地へ向かった。


『G1・サイドです。カウント、5、4、3、2、1――――確保、お疲れ様です』


 これが伝説のチーム『無月』のナビゲーターだ。

 まるでそう言わんばかりに、試合開始から僅か数十秒で幸先良く一人目が捕まる。

 バディを確認すると追加された点数は1点。どうやら均等割り振りではないらしい。


『油断せずいきましょう。双葉さんは連行してからH1、一葉さんはB1・E2・G1、藤林さんは二階H8・G5・H2です。恐らく一人隠れているかと』

『了か……いたっす! H8E、トリックワンっす!』


 何と言うか、まるで未来を見通しているようだった。

 次から次へと休む間もなく入る指示。今度は藤林と一葉による挟み撃ちを狙う一方で、双葉が一人目の確保者であるスライパー少女を連行して戻ってくる。


「お兄様、お願いしますの」

「ああ」

『空也さんはトリッカーのリリースを警戒、裏真さんは援護をお願い致します』

「は、はい」

「心配すんなって裏真。そう簡単には――――」


 双葉が滑り去って行き、チサトさんから通信が入ったほんの数秒後だった。

 不意に背後に感じた気配。

 慌てて振り返ると、既にトリッカーのゴーグル男が救出へ来ていた。


「ジェイル・トリックワン!」

『ロ、ロックオン』


 すかさず報告してキャプチャルを構えると、裏真からもコールが入る。

 しかし相手は犬のように機敏に動き、中々狙いをつけられない。抜刀の構えから足首のキャプチャルバンドを目掛けて素早く投擲したが、キャプチャルは空を切った。

 いよいよ持って距離が近づく。

 ゴーグル男が間合いに入るなり、俺は手首を捕まえるべく腕を伸ばした。


「っ?」


 瞬間、相手は高々と跳ぶ。

 それは最早跳躍というより、空を飛んでいるようだった。

 俺の頭上を舞い、牢屋の上空をも飛び越えるムーンサルト。

 そしてスライパー少女が伸ばした手首へ、器用にも空中でタッチする。


「くっ!」

『双葉さん』

「!」


 反射的に追いかけそうになるが、チサトさんの通信で足を止める。

 スライパー少女とゴーグル男は散り散りに逃げ出す……が、どこからともなく飛んできたキャプチャルによってゴーグル男の右足首が拘束された。


『拘束確認。狙ってください』

「わかりましたの!」


 キャプチャルを付けたのは、牢屋へ戻ってきた双葉の投擲。フェムトレーザーによるエメラルドグリーンの線が示す先で、ゴーグル男はエスカレーターを駆け上がる。

 追い打ちをかけるように双葉はキャプチャルを投げたが、段差を上がっていた相手は高く飛び上がり回避。そのまま二階へと逃げられてしまった。


「外しましたの! 二階E2W、トリックワンですわ!」

『双葉さんはA8から二階へお願いします。そして裏真さん、緊張なさってますね』

『すいません……狙いを定めるのが精一杯で……』

『ご安心ください。仮に裏真さんが外しても、サポートしてくれる仲間がいます。狙撃は何が大事かジョージに言われたことを思い出して、落ち着いて狙ってください」

「わたくしも失敗してしまいましたけど、次こそは完璧にサポートしますの!」

「元はと言えば俺が逃がしたのが原因だ……悪い」

『誰にでも失敗はつきものです。空也さんも裏真さん双葉さんも、今の悔しさをバネにしてください。リベンジのチャンスはまだまだ残ってますよ』

『『「はい」』ですわ』


 気持ちを切り替えるべく、大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出した。

 俺達を励ます一方で、チサトさんは戦況を見逃すことなくナビを続ける。


『二階H1・コーナーです。カウント、3、2、1――――確保、お疲れ様です。一葉さんは連行を、藤林さんはトリックパシュートをお願いします』

『了解っす!』

『え~っ? また1点~?』


 無事に捕まえたトリッカーの点数がバディに表示されるが、先程の捕まえたスライパー少女同様の1点。二人目がわかると、相手の割り振りが少しずつ見えてくる。

 恐らく相手は四人が1点で一人が6点だろう。そして前半戦の動きを見ても、二年生三人より実力のある出雲の奴が6点に違いない。


『焦ってはいけませんよ一葉さん。今は捕まえられる相手を確実に一人ずつ捕まえましょう。最終的には全員捕まえる予定ですので』

『お~っ! チサ姉、恰好いい!』


 サラリと言った内容は俺達への励ましか、はたまた本当にそのつもりなのか。

 やがて藤林が戻ってくると、エスカレーター上に転がっていた双葉のキャプチャルを回収。そこから伸びている光の線を確認し、指示通りゴーグル男の追跡を始めた。


「たっだいま~」


 そして一葉もまた、捕まえた相手の連行を終えて帰ってくる。間髪入れずにチサトさんから次の指示が入り、少女は勢いよく滑り出していった。

 今度こそ逃がさない。

 そう思いつつ、俺は周囲を警戒しながら仲間達の吉報を待つ。


『一葉さんと双葉さんは――――』

『見つけましたのっ!』

『オケオッケ~っ!』


 残り時間が少しずつ減っていく。

 しかし不安はない。

 あるのはこれ以上ない頼もしさだった。

 チサトさんの指示をしっかりと仰ぎ、逃がすことなく着実に追いつめる仲間達。

 そんなチームメイトを信頼している。

 そして俺もまた、仲間達の期待に応えたかった。


「お兄ちゃん!」

「行きましたの!」


 一葉と双葉が追いかけているのは、先程逃がしてしまったスライパー少女。二人の追跡から逃げ切れないまま、相手は俺のいる牢屋へと突っ込んできた。


「おう!」

『二階E2S、トリックワンっす』


 スライパー少女に向けてキャプチャルを構えた矢先、藤林から通信が入る。

 慌てて振り向くと、確かにエスカレーターの上にはトリッカーのゴーグル男がいた。


『空也さんはスライパーを。トリッカーは裏真さんが狙ってください』

『「了解です」』


 今度は外さない。

 スライパー少女の動きを読んだ後で、俺は切り返しのタイミングを狙い投擲する。


「っ」


 右足首の痛みにより浅くなる踏み込み。

 いつもに比べ速度の遅い投擲を、スライパー少女は軽々と避けた。


「くそ――――っ?」

「とうっ!」


 しかしその直後、一葉が手にしていたキャプチャルを相手の左手首へ貼り付ける。

 確保を避けるため、スライパー少女は素早くターンを決め一葉から離れた。


「捕まえましたの!」


 待ち構えていた双葉が、キャプチャルを右手首へと貼り付ける。拘束なら問題ないとばかりに逃げる相手だが、現れたのは確保を示す赤い線だった。

 状況がわからず呆然とするスライパー少女をよそに、二人はハイタッチを交わす。


「「イエ~イ」ですわ!」


 一葉と双葉がやってのけたのは一種のトリックプレー。一対のキャプチャルを二人で一つずつ持ち、各々が片側を捕まえるシャッフルと呼ばれる技だ。

 そんな技術まで身に付けていたことに驚きを隠せないが、喜ぶには少し早い。


「逃げるぞっ!」


 再びキャプチャルを手に取り構える。エスカレーターを下りていたゴーグル男はスライパー少女が捕まったのを見て、救出は無理と判断したのか踵を返した。


『ロックオン……シュートっ!』


 しっかりとコールした裏真が、逃げる相手にキャプチャルを撃つ。

 霧雨のようなダブルシュートではなく、至極一般的な偏差射撃。飛んでいったキャプチャルがゴーグル男の右手首を拘束した後で、対となる二つ目が放たれた。

 しかし相手は二発目を回避。キャプチャルは男を追い越し飛んでいってしまう。


「忍法飛び猫!」


 そんな威勢の良い声と共に、二階の物陰から唐突に姿を現したのは藤林。高々とジャンプした少女は、裏真が外したキャプチャルを空中でキャッチした。


「忍法車がえし!」


 そのまま手裏剣を投げるように構えると、受け止めたキャプチャルを投げ返す。

 回避した直後の油断に加え、藤林の予想外な動きにゴーグル男も仰天。硬直していた左手首にキャプチャルは命中し、エメラルドグリーン色の線は赤色へと変化した。


『藤林さん! 助かったよ!』

「フォローするって……言ったじゃないっすか……」


 確保したゴーグル男の点数を確認すると、バディに表示されたのは1点。捕まえた人数こそ三人と上回ったが、点数では3対5と未だに負けている。

 ただチサトさんの采配もあって残り時間は四分と、まだ慌てる時間ではなかった。


『あと二人ですね。改めて一葉さんは一階B7・A5・B2、双葉さんは一階G2・H5・G7、藤林さんは二階A8・D7・G8の順で三箇所をお願いします』

「ふぇっ? チサ姉、まだ調べてない場所あるけどいいの?」

『はい。今の間に移動された可能性が高いので、改めて一から調べ直します』

「了解ですわ」

「藤林、大丈夫か?」

「まだまだ……大丈夫っすよ……」


 サムズアップして応える藤林だが、肩で息をしており額には汗を浮かべている。

 前半戦は休める時もあったが、後半になってからは走りっぱなし。親父の特訓を受けたとはいえ、先程のトリックプレーもあって流石の忍者少女も疲れ始めていた。

 それでも彼女は速度を緩めることなく、一葉と双葉に同様に飛び出していく。


『続けて一葉さんはB1・E2・G1、双葉さんはG8・E7・B8、藤林さんは二階H8・G5・H2です。今回は念入りな探索をお願いします』


 これがドミネートマッチなら見張りを強化して守りに徹すれば支配率の差で俺達の勝ちだが、ポイントマッチである以上そうはいかない。

 出雲や霧雨が救助に来ることも警戒し続けていると、ついに待望の通信が入った。


『見っけ! G1W、スライプワンだよ~っ!』

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