新月
「起きて~っ! お兄ちゃん! 朝だよ~っ!」
「ん……んぅっ?」
騒々しい声に目を覚ますと、ベッドで寝ている俺の上に一葉が馬乗りになっていた。
「…………ああ、夢か」
「なんですと~っ?」
俺が一葉を起こすならまだしも、その逆なんてある訳がない。
そう思い再び目を閉じると、馬乗りの一葉(夢)が身体をゆさゆさと揺すってきた。しかしこの振動がまた心地良く、起こされるどころか余計に眠くなる。
「起~き~て~っ! あれ? 何か硬いのが当たって――ぎゃんっ!」
慌てて身体を起こし、素早く一葉を布団の上から押しのけた。床へ団子虫のように転がった少女は、勢いよくジャンプすると意味不明なポーズを取る。
「とうっ! おはようお兄ちゃん!」
「おはよう一葉。お陰様でバッチリ目覚めたよ」
「そう? へへ~」
「全く、一葉の起こし方には問題がありますの! おはようございます、お兄様」
時計を確認すると、時刻はまだ目覚ましがセットされた七時少し前。そんな時間帯にも拘わらず、既に二人は着替えており布団は折り畳まれていた。
そして一体いつの間にそんな物を手に入れていたのか、台所から顔を覗かせたのはエプロン姿の双葉。フライパンで炒める音がする辺り、朝食の支度をしているらしい。
「二人して、一体どうしたんだ?」
「チサトお姉様と相談して、お手伝いのバリエーションを増やしましたの」
「いつまでもお兄ちゃんに甘えてられないもんね。丁度お兄ちゃん怪我してるし、今日からは背中を支えるだけじゃなくて料理も掃除もどんどん手伝うよ~」
二人なりの気遣いといったところだろうか。
俺としては一葉と双葉には感謝してもしきれない程の恩があるのだが、それはまた別の機会に返すことにしよう。
「さあさあお兄様。朝食の支度はできていますので、顔を洗ってきてほしいですわ」
「お兄ちゃんは脚が使えないから、全部一葉がア~ンってしてあげるよ!」
「いや別に脚は関係ないだろそれっ! それにもう治ってるから大丈夫だって」
「なんですと~っ?」
両手を頬に当てオーバーリアクションをする一葉をよそに、顔を洗い着替えを終えた俺は成長した二人と一緒に食卓を囲むのだった。
「……それで、今朝はおはようのチュー?」
「何でそうなるんだよっ?」
「あんまり一葉ちゃんと双葉ちゃんに悪いこと教えたら駄目だよ」
「だから違うっての!」
俺と霧雨と裏真の三人は普段通り、掃除しながら談笑する。
あれから霧雨はRAC部を抜けて再び俺達のチームの元へ。チームメンバー(というか主に男子)から別れを惜しむ声は多く、早速ヘルプを頼みに来る輩までいた。
逆にRAC部へ戻った藤林は、新たな忍法開発に勤しんでるとか。トリッカーへ転向したためバイト先に来ることはないだろうが、割と学校で顔を見掛けることは多い。
「ところで甲斐君、脚の方は大丈夫かい?」
「ああ。今日から復帰だな」
「それなら良かったけれど、あまり無茶はしないでほしいね」
「その件はチサトさんに散々怒られたから、もう勘弁してくれ……」
ちなみに怒られたのは俺だけじゃなく、出雲の奴も黒山にこってり絞られCランクへ降格された様子。厳しい顧問ではあるが、安全面はしっかりしてたみたいだ。
もっともアイツがその程度で落ち込んだりするようなタマじゃないのは、試合後の一件から考えてもわかりきっていることなので全く問題ないだろう。
『そうそう、過保護な保護者にお礼でも言っておいたら?』
『何だよ、藪から棒に』
『あーあ。こんなことなら「向上心も持たずに滑るだけで満足してるバカ息子をコテンパンに叩きのめしてやれ」なんて変な頼み、引き受けなきゃ良かったかなー』
『…………あのクソ親父』
確かに考えてみれば、出雲の奴が霧雨を引き抜く提案をするなんておかしな話だ。
あの親父の掌の上で踊らされたのはムカつくが、その結果として裏真もラックに興味を持ってくれたことだし、今回ばかりは良しとしよう。
「……」
「ん? 何だよ霧雨」
そんなことを考えながら裏真を見ていると、霧雨が俺の制服の裾を掴む。
ジーッと黙って見つめてくる少女へ首を傾げつつ尋ねると、何かに気付いたのか裏真が小さく笑いながら口を開いた。
「そんなに心配せずとも大丈夫だよ。ボクは音羽ちゃんと違って、甲斐君と一緒にお風呂に入る勇気はないからね」
「なっ!? ちょ、ちょっと待て裏真! そんなこと、誰から聞いたっ?」
「音羽ちゃんから」
「おいこら霧雨っ!」
「……偉い人は言いました。逃げるが勝ちと」
「逃げんなっ! 待てっ……?」
霧雨を追おうとした直後、ポケットの中で振動を感じた。
携帯を取り出し、届いていたメッセージを確認する。
『お疲れ様です。本日がチーム・新月の活動初日となります。空也さんには早速ですが志願者二名のテストをお願い致します』
「……何だって?」
「チサトさんから。志願者が二人だってよ」
「良かったじゃないか」
「……楽しみ」
「だな」
窓の外に浮かんでいる白い月を見上げながら、俺は拳を握り締めつつ答えるのだった。
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