仲間
「――――ってことなんですけど、お願いできませんか?」
日付変わって翌日の朝。普段なら目覚ましで起きるところだが、今日俺を起こしたのは昨晩電話を掛けて繋がらなかった相手からのモーニングコールだった。
連絡を取った理由は勿論ヘルプの要請。寝惚けながらも携帯に表示された
「ほな、一万円で引き受けたる」
「いちっ?」
「冗談や冗談。そもそもそんなんで仲間言うたら、丈二はんに怒られるで」
受話器越しでケラケラと笑う先輩の声に、思わず苦笑いを浮かべた。
この人はかつて俺や霧雨、そして出雲と一緒に組んでいたチームメンバーの一人。近所に住んでいた兄貴分でもあり、俺の親父がジョージであることも知っている。
「ワイに一万払うくらいなら、その金で音羽はんにプレゼントでも買うべきやな」
「プレゼントって言われても、ねりねりくらいしか思いつかないですね」
「一年分くらい買ってあげればええやん」
「あはは……そしたら詳細は追って連絡しますんで、宜しくお願いします」
「了解や。警察なら任しとき」
なんちゃって関西弁を話す先輩との通話を終え、支度を済ませると学校へと向かう。
引っ越してしまった雷神先輩に頼むのは気が引けたが、流石に今回は頼らざるを得ない。親父も知っている相手だし、ムサシさんの抜けた穴を埋めるにはベストだ。
ただ問題なのは、もう一人の仲間である。
「なあなあ聞いてくれよ! この前行ったショップの店長、チーターのジョージそっくりだったんだよ! サインとか頼んだらくれっかな?」
「お前そう言っておきながら、この前だって単なるコスプレイヤーだったじゃんか」
「いやマジで! 今度こそ本物だって! 写真撮ったから見てみろよ!」
教室に入り席に着くと、傍らで話している男友達の声が聞こえてきた。仮にサインを頼んだ日には、全く知らない名前が書かれるんだろうな。
既に引退した身とはいえ、親父が芸能人的存在であることに変わりはない。チームに入るとなれば一葉や双葉については勿論、俺と親父の関係も知ることになる。
協力してくれそうな友人は何人かいるが、そのほとんどが噂を広げてしまいそうな輩しかおらず、どうしたものかと頬杖をつきつつボーッと考えていた。
「おはよう甲斐君。元気になったのかい?」
「ああ、お陰様で。この前はサンキューな」
「気にする必要はないよ」
隣の席に座った裏真をチラリと見る。
ラックに興味がない彼女なら、親父に会ったところで何とも思わないだろう。ただリベンジする相手のレベルを考えると、初心者の裏真に頼むのは流石に気が引けた。
「甲斐君。何か悩み事かい?」
「あ…………いや、早退した時のノートを見せてもらえないかなって思ってさ」
「ああ。それなら別に写さなくても、ちゃんと甲斐君の分を用意してあるよ」
裏真は数枚のルーズリーフを取り出すと俺に手渡す。白黒のコピーではなくちゃんと色分けされており、先生が口にしたポイントまでまとめてある手書きのノートだ。
「えっ? 俺の分って、これ貰っていいのか?」
「勿論」
「悪いな。今度何か奢るからさ」
「気にする必要はないよ。ボクにできるのはこれくらいしかないみたいだからね」
「いやいや、充分過ぎるくらいだっての」
正直言って俺のノートよりまとまっている一品をありがたく受け取った後で、パラパラとめくり内容を確認する。ふと宮本武蔵の名前を目にしてムサシさんを想起すると、気付けば再び代わりのメンバーのことを考え始めていた。
伝説のプレイヤーを見ても吹聴しないような口の堅い奴。
もしくは、そもそもチーターのジョージに興味を持ってないラックプレイヤー。
そんな都合のいい存在なんている筈が――――。
『チーターのジョージって誰っすか』
「…………………………………………いたっ!」
「わっ? いきなりどうしたんだい?」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、裏真が驚いた表情を浮かべる。
そんな少女をよそに俺は教室を飛び出すと隣のクラスへ。見慣れない生徒達がまったりと過ごしている中、まだ朝練中なのか目的の忍者少女は見当たらなかった。
「甲斐空也? 何してるっすか?」
出直そうかと思った矢先、ナイスタイミングで藤林が戻ってくる。出雲と霧雨がいないのを確認した後で、俺は不思議そうにこちらを見る少女へ囁いた。
「話があるんだ。ちょっと来てくれないか?」
「…………怪しいっす」
「何でだよっ?」
「甲斐空也が輪廻に話なんて、絶対裏があるっす。一体何を企んでるっすか?」
「何も企んでないっての。頼み事があるだけだよ」
「頼み事ならここで話せばいいだけっす。本当の狙いは輪廻を連れ出して、事前に手配した屈強な男達と一緒に袋叩きにするつもりっすね?」
「お前の中で俺は一体どんな扱いなんだよっ? 単に人に聞かれたら困るだけだ。別に行き先は指定しないし、場所も藤林が決めていいから話を聞いてくれないか?」
「む……そういうことならいいっすよ」
コイツは普段、どんな生き方をしてるんだろうか。
無駄に警戒されながらも空き教室へ移動すると、藤林は人の隠れられそうな場所を手当たり次第に確認する。そこまで信用されてないと、流石の俺も傷ついてきた。
「問題ないみたいっすね。それで話って何っすか?」
「ああ。藤林にしか頼めないことがあるんだ」
「となると諜報活動か、はたまた監視っすか? 破壊工作も得意っすよ」
「いや、そうじゃなくて…………その、俺のチームに入ってくれないか?」
「…………いきなり何言ってるっすか?」
数秒前に破壊工作とか意味不明な発言をした奴にだけは言われたくない。
そう思いながらも、俺は藤林に向け両手を重ねると頭を下げた。
「頼むっ! どうしてもメンバーが必要なんだっ!」
「メンバー不足ならヘルプで良いじゃないっすか」
「それじゃ駄目なんだよ」
確かに藤林はそこそこ上手いが、それでも出雲の奴には適わない。
俺は膝をついて正座すると、掌を床に置き深々と頭を下げた。
「藤林殿……いえ、藤林様っ! 無理を承知でお頼み申し上げますっ!」
「無理っす」
「どうかわたくしめのチームに入ってくださいませぬかっ?」
「ヘルプくらいなら別にいいっすけど、今はRAC部の練習についていくだけでいっぱいいっぱいっす。掛け持ちなんて絶対無理っす」
「そこを何とかっ!」
「とりあえずその喋り方をやめるっす。忍者舐めてるっすか?」
時代劇っぽく頼めばいけるかと思ったが、どうやら逆効果だったらしい。
土下座から顔を上げるとスカートの中身が見えそうだったが、覗こうとしているのがバレたら確実に暗殺されるので素直に立ち上がり改めて頼みこむ。
「頼む! どうしてもメンバーが必要なんだ!」
「メンバー不足なら他を当たってほしいっす」
「藤林じゃないと駄目なんだよっ!」
頭を上げつつ、声を大にして答える。
しかしそれに重なるように、ホームルーム五分前を告げるチャイムが鳴り響いた。
「そ、それはどういう意味っすか?」
「どうもこうもない、そのままの意味だ」
「た、確かにトリッカーは少ないっすけど、他にもちゃんといるっす!」
「トリッカーとか関係なく、俺は藤林に入ってほしいんだよっ!」
「つ、つまりそれは……その……に、忍法煙玉っ!」
「ぶはっ?」
何故か目をキョロキョロと泳がせた藤林は、唐突に床へ異物を投げつける。明らかに煙の量が少なく、教室の外へ逃げ去っていく後ろ姿が丸見えだった。
「藤林っ! 後でまた行くからなっ!」
「む、むむ、無理っすよ? そんなこと言われても、絶対無理っすからね?」
例え何度断られようと、頼める相手はコイツしか思いつかない。
まるで以前と逆の立場になったかの如く、俺は休み時間になる度に藤林の元へ向かった。
「頼むっ!」
「何度来られても駄目なものは駄目っす!」
「力を貸してくれっ!」
「ついて来るなっす!」
「俺に出来ることなら何でもするからっ!」
「だったら来るのをやめてほしいっす!」
「腹減ってないか? 忍者って焼きそばパン好きだろ?」
「どんな偏見っすかっ?」
こんな調子で藤林に頼み続けるも、首を縦に振られることはないまま放課後へ。それでも諦めることはなく、部活へ行く前の少女に最後のアタックを仕掛けに行った。
「藤林」
「しつこいっす! いい加減に諦めるっす!」
「どうしても駄目か?」
廊下を歩いていた少女は、階段の前で立ち止まる。
そしてこちらを振り返るなり、じっと俺を見つめつつ尋ねてきた。
「…………何でっすか?」
「何でって……何がだ?」
「だ、だから、何で……その…………」
何やらゴニョゴニョと言い淀む藤林。
人差し指の先を擦り合わせていた少女は、何度か咳払いした後で口を開いた。
「な、何で輪廻じゃないと駄目なのか、まだ理由を聞いてないっす!」
「え?」
「ご、誤魔化さずにちゃんと言ったら考えてやらなくもないっす!」
既に話したつもりでいたが、焦るあまり未だ事情を伝えていなかったらしい。
まだ加入すると決まった訳でもない相手に親父のことを言って良いのか悩み所ではあったが、俺は少し考えた後で必要最低限の部分だけ説明することにする。
「じゃあ、ちょっと耳貸してくれるか?」
「み、みみ、耳っすか? し、仕方ないっすね……」
何度か深呼吸した藤林は、何故か目をギュッと瞑った。
窓からは鮮やかな夕日が差し込んでおり、どことなく画になっている。
そんな少女に思わずドキッとしながらも、俺は耳元へゆっくり近づくと小声で囁いた。
「お前がチーターのジョージを知らないからだよ」
「……………………ちょっと何言ってるかわかんないっす」
「いや、だからチーム無月に興味ない奴を探してるんだ」
「…………輪廻を誘ってたのは、そんな理由っすか?」
「え? ああ、大抵の奴は知ってるけど、お前は知らないみたいだから――――」
「忍法まきびしっ!」
「うぉっ?」
一体どこから取り出したのか、足元に画鋲を撒かれる。
ただこんな物では足止めにならず、飛び越えるのは造作もない。すかさず階段を駆け下りていった少女の後を追うつもりだった。
「藤――――」
「さよならっす」
静かに告げた藤林の声。
そして愛想を尽かした少女の表情を見て、俺は思わず足を止める。
「…………」
一体何をしていたのか。
ようやく我に返り、相手の事情を一切考えなかった自分の行動に後悔する。
もう追いかけはしない。
藤林の後ろ姿を黙って見届けた俺は、深い溜息を吐くと画鋲を片付けるのだった.
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