条件
「こちらです」
映画館の入口みたいな大扉が並ぶ廊下を進んだ後で、関係者以外立ち入り禁止の出入り口を抜ける。階段を上った先にあるCホールと書かれた部屋の扉を、チサトさんは召使のようにゆっくりと開けた。
「どうぞ」
中に足を踏み入れると、目の前に広がっていたのは遺跡を模したようなフィールド。それこそ古代ローマだとか、そういう雰囲気を醸し出した文明を感じる。
「コロッセオ……? 何かイメージと違いますね」
壁に貼られていたフィールド名を見て疑問を呟く。コロッセオだとかコロシアムという言葉がら連想されるのは、円形で何一つ障害物がない闘技場だ。
一応俺が今いる位置は周囲に広がる観客席っぽい場所ではあるが、本来舞台となる階下の中央部は迷路のような長い壁でゴチャゴチャしていた。
「コロッセオの構造は地下、アリーナ、そして観客席となっています。空也さんの想像を含め、一般的にイメージされやすいのはアリーナですね」
「じゃあこれは地下なんですか?」
「はい。本場イタリアにあるコロッセオも、今では地震の倒壊で地下にあった施設……剣闘士や猛獣の待機場所がむき出しになっているんですよ」
「へー。そうなんで――――」
「やった~っ! クリア~っ!」
数週間ぶりなのに随分と懐かしく感じる、威勢の良い声が聞こえてくる。
手摺りに近づき階下の奥にある広めのスペースを見れば、そこには二人の少女とムサシさん……そして親父がいた。
「甘ぇんだよ一号。一つミスってんじゃねえか」
「え~っ? 一個くらい外してもいいじゃん!」
「駄目に決まってんだろうが。ほれ、いつでもいいぜ二号」
「行きますの!」
親父の合図を受けて、キャプチャルを握り締めた双葉が滑り出す。
少女が進む先にはカラーコーンが置かれ、道路標識みたいな的が左に二つと右に二つの計四つ用意されていた。
「っ?」
まさかの光景に、思わず目を丸くする。
双葉はカラーコーンの間をジグザグと切り返し移動すると、そのまま
ノーマルレベル8、ターンシュート。
つい数週間前まではターンも投擲もできなかった筈の少女は、四つの的全てにキャプチャルを命中させて滑り終えるなり振り返る。
「おう。二号はクリアだな」
「やりましたの!」
「一葉だってできるもん! おじさん! もっかい!」
「却下だ。どんなスキルも一発勝負だって何度も言ってんだろうが。一号は基礎トレ十セット、二号はムサシに次のスキルを見せてもらえ」
「え~っ?」
「頑張りますの!」
頬を膨らませた一葉は、ブーブー言いながらも遺跡の中を滑り出す。
彼女もまた双葉同様に華麗なターンで障害物を避けつつ、コースの中に用意されていた的へキャプチャルを的確に投げていた。
「元々はお二人が言い出したんです」
「え……?」
「もっと空也さんに頼られたい。ラックが上手くなりたいと。休日くらいは身体を休めてどこかへ出掛けませんかとお誘いしても、御覧の通り練習ばかりしてますね」
「そうだったんですか……」
「何だ根性無し。来てやがったのか」
欠伸をしながら客席に上がってきた親父が、俺を見るなり興味なさそうに口を開く。入れ違いにチサトさんが二人の元へ向かうが、その後には付いていかなかった。
「親父。頼みがある」
「却下だ」
「まだ何も言ってないだろっ?」
「俺様がテメエの頼みを聞く必要はあんのか?」
出入り口の扉に手を掛けた親父は、振り返ることもなく外へと出て行く。
本当にふざけた大人だと思うが、ここで意地を張っていても始まらない。変なプライドは捨てて大人しく親父の後を追い、Cホールから出ると階段を上がった。
「親父、話がある」
「断固拒否だ」
「そうじゃない。一葉と双葉のこと、ありがとうな」
「あん?」
「何て言うか……俺は二人に自由に楽しんでほしいと思ってスキルを教えなかったけど、本当は自分が上達したってわかる瞬間こそ一番楽しいんだなって気付いてさ……」
階段を上った先の扉を開けると、そこには屋外用のフィールドが広がっていた。
親父は傍らにあるベンチへ腰掛けると、空を見上げつつ口を開く。
「何しに来やがった」
「聞いてくれるのか?」
「勘違いすんじゃねえ。見ての通り俺様は日向ぼっこ中だ。話すなら勝手にしやがれ」
「出雲の奴にリベンジがしたい。俺も上手くなりたいんだ」
「自分で勝手になりゃいいじゃねえか」
「…………この前の試合はアイツ一人に4タテされた。今のままじゃ再戦しても勝てないし、普通に練習しても追いつけない。だから、俺に指導してくれないか?」
親父が顔を下ろしこちらを見る。
いつもと違う鋭い眼光。
ただ睨まれているだけで、身体が微かに震えた。
「我儘だってのはわかってるけど、今度の戦いだけはどうしても負けられないんだ。一葉や双葉へ教えたみたいに、俺にも親父の力を貸してほしい」
「そもそも俺様は指導なんてしてねえよ。好き勝手に言いたいことを言っただけだ」
「ならそれを俺にもやってくれ!」
「やなこった」
「何でだよっ?」
「テメエに教えることはねえからだ」
親父と黙って睨み合う。
こうして断られることは、薄々予想できていた。
やっぱり自分の力で何とかするしかないのかと、俺は親父に背を向け扉に手を掛ける。
「おい根性無し。一つだけ聞かせろ」
「…………答えたら指導してくれるのか?」
「黙って答えろ。テメエがそんなに焦ってまで勝ちたい理由は何だ?」
理由だって?
そんなものは決まっている。
「霧雨のため……アイツを迎えに行きたいからだ」
振り返った後で俺は答える。
親父の目を真っ直ぐに見据えて、一切隠すことなく本心を告げた。
「ラックから離れて、霧雨がいなくなって、自分一人じゃ何もできないってわかった。いつも傍にいてくれた仲間の大切さに気付いた。きっと俺が頼めばアイツは戻って来てくれる……だけど、それじゃ駄目なんだよ。そのことを教えてくれたアイツを、俺の手で捕まえに行きたいんだ」
「けっ、随分と粋な台詞を吐くじゃねえか。惚れた女のためならば……ってやつか?」
「悪いかよ?」
「…………条件は三つだ」
「!」
「一つ目。ムサシ抜きでやれ」
「ああ、分かってる」
「二つ目。足りねえ二人分の仲間は自分で探してこい。俺様の情報を漏らさないで、テメエのために協力してくれる『甲斐空也と愉快な仲間達』のメンバーをな」
「大丈夫だ。ちゃんと探してくるよ」
「三つ目。まあ、こんなのは条件に加えなくても当然だが――――」
「やるからには勝て……とか?」
親父がきょとんとした表情を浮かべる。
そして不敵に笑った後で、再び空を見上げると大きく息を吐いた。
「わかってんなら、さっさと行け。メンバーが集まるまでチビ助達との顔合わせは無しだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます