意外

「…………はあ」


 今日もバイトだったため、裏真と共にホビーショップへ。いつも通りスキルテストを受け持ちながらも、最早何度目になるかわからない溜息を吐く。

 当然ながら藤林が来る気配もなく、あっという間に日は暮れていった。


「………………はあ」

「今日は溜息ばっかりだね」

「ん? まあ、ちょっと色々あってな」


 裏の片付けをしていた途中、先に着替えに行ったもう一人のバイトと入れ違いで裏真がやってくる。その手には缶コーヒーが握られており、少女は俺に差し出してきた。


「今朝コンビニで籤を引いたら当たったんだ。甲斐君。貰ってくれるかい?」

「いいのか?」

「ボクはコーヒーが苦手でね」

「そういうことなら。サンキューな」

「甲斐君。時間があるようなら、少し話さないかい?」

「ん? ああ、別にいいけど」


 傍らにあるベンチへ座り缶を開けると、裏真が俺の隣へ腰を下ろす。


「一つ聞いてもいいかな?」

「何だ?」

「…………いや、やっぱり何でもないよ」


 難しい表情を浮かべていた少女はふーっと息を吐く。

 何を言い掛けたのか少し気になったが、裏真はいつもと変わらない調子で口を開いた。


「手伝わないボクが言うのも妙な話だけれど、お陰様で店は助かっているよ」

「大袈裟だな」

「そんなことないさ。この前なんて甲斐君のいる日を聞いてきたお客さんもいたそうだからね。子供は勿論、親御さんからも好評みたいだよ」

「マジか」


 思わぬ話を聞かされ、少し嬉しくなってくる。

 貰ったコーヒーを飲んでいると、裏真は俺を眺めつつ尋ねてきた。


「溜息を吐いていたところから察するに、藤林さんの勧誘は失敗だったのかな?」

「っ? 何でそれをっ?」


 さも知っていて当然のような質問に驚き、危うくコーヒーが気管に入りかける。

 すると裏真は小さく笑みを浮かべ、長い髪をかきあげつつ答えた。


「それくらいわかるさ。今日は一日中追いかけていたじゃないか」

「いや別に一日中って訳でも……あるな」

「音羽ちゃんの次は藤林さんだなんて、本当に女たらしだね」

「言っとくけど、霧雨の代わりのメンバーとして藤林を勧誘してた訳じゃないからな? そもそも霧雨と藤林じゃラックでの役割も違うし……ってか女たらしは勘弁してくれ」


 あははと笑って返す少女に、こちらも苦笑いを浮かべる。

 俺は缶コーヒーを飲み干した後で、少し考えてから正直に答えた。


「藤林を誘った理由は霧雨を迎えに行くチームを作るためなんだ。ただその条件が少し厳しくて、当てはまるのがアイツくらいしかいなかったんだよ」

「どんな条件なんだい?」

「チーターのジョージっていう、ラック界隈の有名人に興味がないこと」

「また随分とおかしな条件だね」

「色々と事情があるんだよ」

「聞いたことのある名前だけれど、興味はないかな」

「まあ、裏真はな」


 藤林が駄目となると、何とかして別のメンバーを探すしかないか。

 すっかり日は沈み、空に浮かぶ星も徐々に見え始める。

 そんな綺麗な景色を見上げた後で、俺は立ち上がると大きく身体を伸ばした。


「くぅ~~~~っと。さて、そろそろ帰るわ」

「…………ああ、そうだね」

「あ、そうそう。俺が探してるメンバーの条件については内緒で頼……裏真?」


 店に戻ろうとしたところで、不思議と身体が引っ張られる。

 何かと思って振り返ると、俯いている裏真が俺の服の裾を摘んでいた。


「――――かい?」

「え?」

「ボクじゃ……駄目かい?」


 顔を上げた裏真は、真剣な眼差しで俺を見つめる。


「初心者のボクなんて足手まといかもしれないけれど、甲斐君の力になれないかな?」

「裏真……いいのか?」

「ボクは嫌と言った覚えは一度もないよ」

「でも練習の時間も結構取るし、相手が相手だから色々大変だぞ?」

「構わないよ。それとも迷惑だったかな?」

「い、いやっ! 全然そんなことないっ! 寧ろ手伝ってくれるなら本当に助かるっ! だけど、その、何て言うか…………裏真が入ってくれるなんて意外でさ」

「甲斐君の頭の中は、いつもラックのことでいっぱいみたいだからね」

「ん? どういうことだ?」

「こっちの話だよ。単に手助けできるなら手伝いたいだけさ。それに…………」

「それに?」


 裏真は立ち上がると、俺の隣に肩を並べる。

 そして子供のように小さく微笑んだ後で、こちらに手を差し伸べてきた。


「音羽ちゃんがいない時くらい、ボクに甲斐君のサポートをさせてくれないかい?」

「普段からサポートされっぱなしな気もするけどな」

「そんなことないさ」


 微笑む裏真につられて笑みがこぼれる。

 少女に感謝を込めて頭を下げた後で、俺はガッチリと握手を交わすのだった。

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