休息

 終了のブザー音とアナウンスが聞こえると、俺達の両手首・足首を繋いでいた赤い光の線が消える。縦横高さ2mの空間を描いていた格子状の光も消滅した。

 ジャッジがフィールドに残っているキャプチャルを回収しに移動し始める中、俺達がキャンプへと戻ろうとすると軽く息を切らした出雲と出くわす。


「やっぱあの人凄いわ」


 すれちがいざまに呟かれるが、五分も残して最後の一人が捕まらないというケースは実際珍しい。一体この狭いフィールドのどこに隠れていたというのか。

 既に牢屋で充分休息は取っているが、水分補給と後半の準備にキャンプ地点へ戻る。一足先に帰還していたムサシさんの姿を見るなり、一葉が元気良く滑り出し飛び付いた。


「ムサシン、おっ帰り~」

「…………」


 少女が精一杯手を伸ばすと、ムサシさんはその場にしゃがんでハイタッチを交わす。


「ムサシさん、すいません」

「……申し訳ない」


 まあまあと言わんばかりに、掌を下に向けてひらひらさせるムサシさん。そんなジェスチャーを見た一葉が、意気揚々とポーズを取りつつ応えた。


「見ててねムサシン。一葉、おめ~ばんかいするから!」

「それを言うなら名誉挽回、汚名返上ですわ。わたくしも後半に全力を尽くしますの」


 気合を入れる仲間達を眺め自分も気持ちを切り替えつつ、体力が余っているので散歩がてらジャッジのキャプチャル回収を手伝いにフィールドへと戻る。

 本来なら試合に出ないメンバーの仕事だが、俺達のチームに補欠はいない。だからといって相手チームだけに任せるというのも流石に申し訳ない話だ。

 ただ今回は大して散らばりもせず、既にスナイプストーカーの面々が回収に駆り出されていたこともあり、フィールドにはほとんど残っていなかった。


「ん?」


 キャプチャルをジャッジの元へ取りに行く途中、ふと藤林と出雲を見つける。スライプギアを外した二人は、のんびりとキャンプの方向へ歩いていた。


「あの程度も見つけられないなんて、五十嵐出雲もまだまだっす」

「いやいや、くノ一さんの言う場所に隠れてたとは言い切れないでしょ。そもそもチーターのジョージじゃあるまいし、そんな風に隠れるなんて普通考えないって」

「チーターのジョージって誰っすか? お猿の方なら知ってるっすけど」

「え…………一応ラックで伝説レベルのプレイヤーなんだけど、くノ一さん知らないの?」

「過去の偉人には興味ないっす」


 さらりと歴史上人物扱いされる親父。ラックのプレイヤーなら九割以上は知っていると思われるが、藤林は色々と風変わりだし知らないのも納得である。

 そんなことを考えながらも、ジャッジに集められたキャプチャルを回収。チームで二十六対、五十二個という制限は俺達にあまり意味を為さない。


「……お帰り」

「おう。持ってきたぞ」

「あっ! お兄ちゃん、ちょ~だいちょ~だい!」

「ありがとうございますの」


 ムサシさんは必要最低限の五対しか持たないし、霧雨も愛用のスナイパーライフルの装填数である六対のみしか持たない主義だ。

 一葉と双葉に至っては投擲技術がなく三対もあれば事足りるため、結局残った九対全ては俺が所持。ホルダー代わりにも使える両手首のキャプチャルバンドへと四対ずつ付け、残る一対を握りしめる。

 スポンジのような重みと質感だが、投げれば紙飛行機のように遠くまで真っ直ぐ飛び、フィールドに転がっていても邪魔にならず当たっても痛みはない。一体何でできているかは知らない不思議物質を弄りつつ、集中するように大きく息を吐き出した。


「すぅー……ふぅー……」

「……負けない」

「ああ、そうだな」


 流石に前半戦での結果が堪えたのだろうか。本日何個目かわからないねりねりを食べ終え、いつもより少し真面目な雰囲気になった霧雨は銃を抱えつつ静かに頷いた。


「一葉と双葉はとにかく走り回ってくれ。霧雨の狙撃で確保した場合は、逃がさないようサポートに入ること。いつも通り守りは考えず、とにかく攻めていこう」

「わかりましたの」

「オケオッケ~」

「ムサシさん。牢屋はお願いします。頼ってばっかですいません」


 問題ないといった様子で、ムサシさんは握り拳を上げる。守りを無視した攻撃的なスタイルは、この人のような凄腕のガードがいるからこそできる戦法だ。


「……偉い人は言いました。逆境における仲間は、苦難を軽くすると」

「霧雨。狙撃は任せたぞ」

「……了解」

「チサトさん、残り時間コールをお願いします」

「わかりました。御健闘を祈ります」


 この作戦に問題があるとすれば、ブロックの中を走る一葉と双葉か。

 直進する分には問題ない。しかしカタカナのコを描くような相手のターンに対して、同じコでも弧を描く軌道でしか移動できない二人が敵を捕まえるのは難しい。

 フィールドの七、八割方はブロックが置かれている地帯。基本的には陽動で霧雨と連携してもらって、最悪の場合はブロックのない外周部を頼むしかなさそうだ。


《十分間のインターバルが終了しました。チーム・甲斐空也と愉快な仲間達は指定位置へとついてください》


 時間になると、ジャッジの音声が鳴り響いた。

 俺達五人は指定した牢屋であるプレハブ小屋の中、奥の部屋へと向かう。牢屋に入ってからバディで泥棒の顔ぶれを確認するが、そこに出雲の名前はなかった。


《チーム・甲斐空也と愉快な仲間達の移動を確認しました。これよりチーム・スナイプストーカーの退避時間として、一分間のカウントを開始します》


 相手メンバーは総入れ替えしており、藤林を含めた五人全員がスライパー。評価の数値も3か4程度であり、俺と霧雨とムサシさんなら充分に太刀打ちできる。

 短いようで長く感じる一分……ゆっくりと深呼吸して時が来るのを待った。


《一分が経過しました。只今より、チーム・甲斐空也と愉快な仲間達VSチーム・スナイプストーカーのドミネートマッチを再開します。皆さん良い戦いを、グッドラック!》

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