試合
試合開始の合図であるブザー音が鳴り響く。
相手が動き出すなり、早々に仲間達から通信が入った。
『眼鏡のエイマーの方がH8へ移動中ですわ』
『こっちもほうこ~く。おっきい人が……えっとね~、A1に向かってるよ~』
「了解だ」
マップの端に陣取るエイマー達……となると、残り一人はA8だろうか。
『……足音あり』
「場所は?」
『……空也のH』
「何でだよっ?」
囁き声で、ふざけた答えが返された。
普通に考えれば敵が近くにいるための小声だが、少しドキッとしてしまう。
『……人に場所を聞く時は、まず自分から言うべき』
「H1。プレハブの中だ」
『……空也はH』
「お前それが言いたかっただけだろっ?」
緊張感の欠片もない、いつも通りの霧雨だった。
呆れて溜息を吐きつつも、張っていた気が少し緩み何だか安心する。
『……A8ブロックねりねり隙間。足音が美味しく近づいてる』
「ねりねりと報告をはっきり分けろ。ブロック上に陣取るだろうから気付かれるなよ?」
『……偉い人は言いました。東大物は良しと』
「それを言うなら灯台下暗しだ。何だよ東大物って」
『……赤門ちゃんマジ天使?』
戦艦に刀と色々ブームはあったけど、今度は大学の擬人化かよ。
くだらない雑談を切り上げるが、お陰で敵の配置は大体理解できた。プレハブを除く三方向からエイマーが狙い、チェイサーの男は恐らく牢屋で待機するガードだろう。
『うわっ! やばっ!』
「どうした一葉っ?」
『てきしゅ~っ! てきしゅ~っ! スライパーが来たよ~っ!』
「ナビ、一葉ポジション」
『D3W、スライプワン、エスケプです』
チサトさんが答えたのは移動方向。この場合はD3からWEST、つまり西であるC方向へ進んでおり、スライプワンはスライパーが一人。エスケプは逃走中の意味だ。
本来ラックでは情報を素早く伝えるためこうしたコールが行われるが、俺達のチームでは一葉や双葉に合わせて基本的には使っていない。
『やばいやばいやばい~~っ! にょあああああ~~~っ!』
耳元で喚声が聞こえ続ける。
そして数秒後には通信が切れたことを示すように、一葉の声が突然消えた。
《ビーッ!》
同時に、仲間が捕まった合図である確保音が耳に入る。
誰が捕まったかは既にわかっているが、チサトさんから報告の通信が入った。
『一葉さんが手首を拘束、そして確保されました。開始約一分、A2です』
『もう、これだから一葉は…………お兄様、どうしますの?』
開始早々に捕まるとは何とも一葉らしいが、相手が出雲なら仕方ない。
ただしあの落ち着きのないわんぱく少女は、普段から捕まる割合が高かったりする。俺は少し考えた後で、困り者の姉に呆れる双葉へ指示を出した。
「とりあえずまだ様子見だ。ただ出雲……相手のスライパーが追ってきたら、迷わず救出に向かってくれ。その時はタイミングを合わせて俺も行く」
『わかりましたの』
仮に一人が九分間捕まっていようが、三人を三分間捕まえていれば支配率は帳消し。一葉には悪いが、今はまだ相手の警戒を牢屋へ集める囮になっていてもらおう。
「!」
微かに聞こえたスライプギアのホイール音が近づいてくる。
しかしスライパー相手なら、俺は出窓から逃げれば問題ない。ジャンプはスライパーにとって上級スキルの一つであり、流石の出雲でもこの高さを飛び越えるのは無理だ。
気を付けるべきは、脱出の瞬間を待っているエイマーの狙撃だろう。
「見いつけたっと」
一葉の連行はチェイサーに任せたらしく、やってきたのは出雲だった。
その姿を見るなり、逃走経路である出窓から飛び出す。
「っ」
すかさず足元を目掛けて、正面からキャプチャルが飛んできた。
しかしそれを予想していた俺は素早く回避する。
《ピピッ》
…………避けた筈だった。
しかし耳に入ったのは、紛れもない拘束音。
そして俺の左足首のバンドには、どういう訳かキャプチャルが貼りついていた。
『空也さんが左足を拘束されました。H1です』
『お兄様っ?』
「っ! 大丈夫だ!」
一瞬思考が停止したものの、すぐさまブロック地帯へ身を隠すため走り出す。
確かに正面からの狙撃はかわした。
しかし俺を狙っていたエイマーは一人じゃなかったらしい。
「双葉、どこにいる?」
『C7ですわ』
「G7に来れるか?」
『行きますの!』
左足首のキャプチャルから伸びる、エメラルドグリーンの光。その線を辿った対角線の位置にいるエイマーに注意しつつ、ブロックの間を素早く移動する。
まさかこの距離を狙ってくるとは、久々のロングレンジ相手で少し甘く見ていた。
「…………」
出雲の奴が追ってくる気配はない。
俺を撒き餌代わりにして、助けに来た仲間もろとも一気に捕まえるつもりだろうか。
《ビーッ!》
「へ?」
そんな考えを巡らせていた最中、唐突に確保音が耳に入った。
あまりにもいきなりで混乱する中、チサトさんから状況を報告される。
『音羽さんが手首を拘束、そして確保されました。開始約二分半、A8です』
ブロックの隙間という小柄な体格を生かした潜伏先だったが、隠れる場所が少ないこのフィールドではプレハブにいないとなれば限られてくる。
出雲の奴が俺を追って来なかったのも、アイツの狙いは最初から霧雨だったからだろう。そのお陰というのも何だが、俺はこの隙に双葉と合流を果たした。
「悪いな」
「御安い御用ですわ」
左足首のバンドへ双葉がバンドを当てると、キャプチャルが外れ光の線が消える。
しかし状況は劣勢。二人目の確保を聞いた双葉が不安そうに尋ねてきた。
「お兄様、どうしますの?」
うちのチームは逃走三人潜伏二人であるため、脚を持っている一葉や双葉が捕まってしまうと救助に向かいにくく一気に形勢が悪くなるのが欠点だ。
ただ今なら出雲がA8で霧雨を連行中だし、手薄な牢屋を狙うチャンスかもしれない。
「一葉の救出だ!」
「行きますの!」
全速力でフィールドの中心、牢屋へと移動を開始。見張りのチェイサー一人くらいなら、俺と双葉の二人がかりで何とかなるに違いない。
―― 一分後 ――
「………………上手くいくと思ったんだけどな」
「お兄ちゃん、恰好悪~い」
「も、元はと言えば最初に捕まった一葉のせいですわ」
「む~。双葉だってあっさり捕まったくせに!」
「……喧嘩は駄目」
「だって一葉はお兄ちゃんなら大丈夫だと思ったんだもん! こうズバッ! シャキンッ! スイスイ~って避けて恰好良く助けてくれるのを期待してたのにな~」
一葉の救出へ向かった俺と双葉を待ち構えていたのは見張りのチェイサーに加えて、連行をエイマーに任せて牢屋へ戻って来ていた出雲による強襲だった。
どうやら俺達の救出は完全に読まれていたらしく、それこそ普通のケイドロのようにキャプチャルを両手首へタッチ。一葉を助けるどころか、あっという間に確保されてしまい四人仲良く牢屋行きである。
「これってムサシンが見つかったら絶体絶命ってやつだよね?」
「ムサシさんなら確保されることはないだろうけど、俺達四人が残り六分近く捕まったままと仮定すると逆転するには…………」
「……全員確保」
「じゃないと厳しそうだな」
ドミネート戦において、支配率を無視して勝てる一発逆転のルール。仮に両チームが全員を確保した場合は、確保に掛かった時間が短い方の勝ちだ。
「でもムサシおじ様は本当に凄いですわ。全く見つかる気配がありませんの」
「実は海に遊びに行っちゃってたりして~」
「かくれんぼの途中で勝手に帰る一葉とは違いますの」
「む~。だって見つからないとつまんないんだもん」
ぷくーっと頬を膨らませる一葉だが、プレイヤーの情報はキャプチャルバンドからジャッジに送られているため、エリア外へ出ている間は確保扱いになり支配率にも加算される。
今みたいに四人が確保状態であれば、五人目がフィールドの外へ出た瞬間に全員確保となり即終了。勿論そんなヘマをあの人がする筈もない。
「――――でね~、あの強いスライパーがギュインギュインってジグザグして――――」
お喋りを止めない一葉の雑談を話半分で聞きながら、後半の作戦を考える。
予想通りムサシさんが確保されることはないまま、半分以上を牢屋で過ごした前半戦が終わりを告げた。
《時間になりました。十分間のインターバルの後、攻守を入れ替えた後半戦を行います》
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