賭け

 あまりにも突然の提案だった。

 呆然とする俺をよそに、出雲は淡々と話を続ける。


「メンバー足りてないみたいだし、いつまでもあの人に頼りっぱなしはマズイっしょ。まあ余計なお世話だって言うなら、何か別の条件でも考えるけど」

「だからって、何で霧雨なんだよ?」

「正直音羽ちゃんの実力なら、オレと同じでRAC部のAランクでも充分通用すると思うんだよね。あの才能をこのまま錆びつかせるのは勿体なくない?」

「…………それを決めるのは俺達じゃないだろ」

「じゃあ本人に聞いてみてよ。整列の時に答えは貰うからさ」


 そう言うなり、出雲はRAC部のキャンプへと引き返していく。

 俺も自陣へ戻ると、一葉がムサシさんへ猫のように纏わりつき戯れていた。既に双葉は既に肘当てと膝当て、そしてヘルメットも着用済みなのに困った姉だ。


「ごろごろにゃ~にゃ~……あ! お兄ちゃ~ん、どっちだった~?」

「後攻。泥棒からのスタートだよ」

「なんですと~っ?」

「それと霧雨、ちょっといいか?」


 イヤホンマイクとキャプチャルバンドをチームメイトに渡した後で、抱えていた長いスナイパーライフルを片付けていた霧雨に声を掛ける。

 先程出雲から提案された内容を伝えると、少女は少し悩んだ後で無表情のまま応えた。


「……空也はどうしたい?」

「いや、俺からは何とも……別に強制って訳じゃないんだし、霧雨が好きに判断してくれ」


 霧雨の話なのに、俺に決定権を委ねられても困る。

 相変わらず何を考えているのかわからない表情で、霧雨は静かに答えを出した。


「……じゃあ受ける。勝てば万事解決」

「いいのか?」

「……大丈夫。問題ない」

「何かそれ、駄目な奴の台詞だった気がするぞ」

「……偉い人は言いました。本当に危険なのは、何もしないことだと」


 霧雨が同意したことに少し驚くが、判断を任せると言った以上口出しはしない。

 両手首と両足首にキャプチャルバンドを付け、右手首にバディを装着すれば準備完了。相手が指定した牢屋の枠取りも終わったらしく、消波ブロックに囲まれた中央付近でジャッジのアンテナから赤い光が放たれるのが見えた。


『皆さん、準備はできましたか?』

「オケオッケ~」

「大丈夫ですわ」

『それでは整列に行きましょう』


 チサトさんの指示に従い、互いのキャンプの中心へチームメイトと共に移動する。そこには既にチサトさんと黒山が待っており、出雲や藤林を含めた相手チームのメンバー十五人がずらりと整列していた。


「あの人、誰なんだろ?」

「すげー美人だよな」


 並んでいる相手から、ひそひそと話す声が聞こえてくる。仮に誰なのか聞かれた際の対応としては、俺の従兄弟ということで口裏は合わせ済みだ。

 チサトさんは無月の一員でありながらナビゲーターという裏方だった上、当時は長髪&コンタクト姿。更に今は本名で登録しているため未だ気付かれる気配はない。


《両チームの整列を確認。お互いに礼》


 スポーツマンシップに則り、宜しくお願いしますと挨拶を交わす。警察である五人を残してスナイプストーカーの面々が戻っていく中、出雲が静かに問い掛けてきた。


「答えは?」

「YESだ」


 そう答えた後で、俺達もまた一旦キャンプへ引き返す。

 ここでざっと、ラックの基本ルールについて確認しておこう。


 一つの試合は前半・インターバル・後半で各十分間の、合計三十分で行われる。

 警察陣営にはキャプチャルと呼ばれる先端の切れた双円錐型の拘束用ツールが支給済みで、その数はAからZまで書かれた二十六対、個数にして五十二個だ。

 対となるキャプチャルを泥棒の両手首、もしくは両足首のキャプチャルバンドへ付ければ確保。警察によって連行され、牢屋へ収容されることになる。

 なお手首または足首の片側のみを捕えられた拘束状態に行動制限は一切ない。ただ拘束中は対となるキャプチャルへ光の線が伸び続けるため、相手がキャプチャルを持っていると大体の位置が割れてしまう。

 拘束状態及び確保状態を解除するためには、仲間のバンドと接触させれば良い。牢屋で助けを待つ仲間に対しては勿論のこと、連行の途中で救いに行くのもありだ。

 勝敗はルールによって様々だが、今回は確保した人数と時間から支配率を算出して勝ち負けを決める、ラックにおいて一番メジャーなドミネート戦となっている。


《チーム・スナイプストーカーは指定位置へとついてください》


 相手チームの五人が初期位置である牢屋へと移動を開始する中で、俺は右手首に付けたバディを操作して警察のリストを確認した。

 バディには残り時間を知る腕時計としての機能は勿論のこと、ボタン一つで簡易マップが表示され現在位置と支配率、他にも戦っている相手メンバー等がわかる。


「ナビ、バインドアームズチェック」

『はい。エイマー三人ですが、佐藤がオーソドックス、鈴木がロングレンジ、高橋がラピッドファイヤとなっております。チェイサーの田中はハンドガンですね』

「了解です。ありがとうございます」


 ミーティングでデータは見ていたものの、念のため再確認しておく。

 相手のスタメンはスライパーである出雲に加え三人のエイマー、そして最後の一人はスライプギアを履き、バインドアームズも手にしているチェイサーだ。

 エイマー三人が持つバインドアームズは多種多様。いずれもライフル型ではあるものの、装填できるキャプチャルの数や飛距離、連射力といった性能が異なっている。


「……シェパード」

「ああ、多分な」

「「シェパード?」」

「ああ、悪い悪い。陽動のスライパーが追い回して、姿を見せたところをエイマーが狙撃する作戦だよ。一葉と双葉はエイマーを見つけたら位置の報告を頼む」

「オケオッケ~」

「了解ですわ」


《チーム・スナイプストーカーの移動を確認しました。これよりチーム・甲斐空也と愉快な仲間達の退避時間として、一分間のカウントを開始します》


「よし、行くぞっ!」


 俺の合図を聞くなり、仲間達は弾けるように飛び出した。

 この一分間が泥棒陣営へ最初に与えられる猶予であり、霧雨やムサシさんのように逃げるよりも隠れる専門であるタイプにとっては重要な時間となる。


「ぱにゃにゃんぱ~っ!」

「あんまり飛ばし過ぎてバテるなよ?」

「だいじょ~ぶい!」

「それではお兄様、御武運をお祈りしていますの」

「おう。双葉もしっかりな」


 二人と分かれた俺は、エリア端にあるプレハブ小屋に足を踏み入れた。

 奥の部屋まで進んだ後で、窓際で外の様子を窺う。とりあえず最初は相手の出方を探っておく必要がある上、隠れる場所が少ない今回は体力を温存しておきたい。


《一分が経過しました。只今より、チーム・スナイプストーカーVSチーム・甲斐空也と愉快な仲間達のドミネートマッチを行います。皆さん良い戦いを、グッドラック!》

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